「『gray』ってどういう意味だっけ?」
僕の隣に座っていたhanaが言った。
hanaは僕のiphoneの液晶をタップしていた。
「どれどれ?」僕は液晶を覗き込んだ。
そこには英単語を覚えるためのアプリが表示されていた。
「grayってグレーって色でしょう?」と僕は言った。
「そっか、あまり英語でgrayって見ないから違う単語かと思った」と言ってhanaは笑った。
午後になる前、食後のお茶を飲んでいる時の事だった。
その後、お互い別の用事があってその場で別れた。
僕は目的地に向かう為に小田急線に乗った。
午後の日差しは雲に隠れる事無く地面を照りつけていて
僕は屋根のあるホームのベンチに腰掛けて、
レールの上を漂う秋の日差しを見るとも無く見ていた。
やがて駅員のアナウンスとともに各駅停車の電車がホームに到着した。
乗車客はまばらだった。
僕は鞄から一冊の本を取り出し、ipodを使って坂本龍一の新譜を聴いた。
イヤホンから静かに流れるピアノの音色、ページをめくる乾いた音、電車のノイズ。
そんなものが僕の周りを包んでいた。
その時、ふと頭の中でなにかがよぎった。
なんだろう。注意深く、その反応の元を探る。
そして一つの事に思い至った。
僕が読んでいた本の文章中に「グレー」という言葉が使われていたのだった。
「そうか、これか」僕は不思議な高揚感を覚えた。
二人で話した「グレー」を別の事柄で僕がなぞる事によって、
二人だけの秘密をも共有したような気持になった。
日常にありふれた時間の、たわいもない会話の中のたった一つの単語。
ただそれだけのことなのに、僕の中でそれは二人で共有した物として
捉えるようになっていた。
きっとまた明日、たわいもない話をするだろう。
その時に交わした言葉、単語の一つ一つが次につながる。
そういった、ものを共有していく事が二人の土台を作っていくのだろう。
少なくとも僕は、そう思う。
hanaはgrayの事を覚えてるだろうか。
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