2009年10月29日木曜日

小田急線



寝起きの、会話として成立してないようなつぶやきのようなものだった。
それは睡眠の延長線上にあるもので、実体をともなわなず
ただ浮遊するだけの言葉のはずだった。
しかし、hanaはそれを約束されたものとして捉えていたようだった。

丸いテーブルを囲んで遅めの朝食を食べている時の事だった。
「これから小田急線に乗って知らない町にいこうよ」hanaが言った。
「え?」と僕は味の薄いコーヒーを飲みながら言った。
「この前言っていたでしょう?小田急線、各駅停車に乗って
どこか知らない町に行こうって。それを実行するのよ」hanaが言った。
「でも今日は雨が降ってるよ、どうせ遠くに出かけるんだったら
もっと天気のいい日にしたほうがいいんじゃない?」僕は言った。
「傘をさせばいいでしょう、雨の日に外を歩くのもいいものよ」hanaが言った。
「そういうものかな」と僕は言った。
それほど嫌だという気持ちはなかった。
雨の日に二人が知らない遠くの土地に出かける、面白そうじゃないか。
「じゃあご飯をさっさと食べちゃおう、ぐずぐずしてるとお昼になっちゃうからね」
僕はコップに少しだけ残っていたコーヒーを一口で飲み干した。

それぞれが支度をして、家をでたのは午前11時の事だった。
「寒いね」明るい配色の傘をさしながらhanaは言った。
「そうだね、冬がもうすぐそこまで来ているんだ」僕は言った。
工事をしている山手通りは車の通行を鈍らせていて、
車の運転手は気だるそうに煙草を吸って信号を見ていた。
そんな雑踏を抜けて閑静な住宅街に入る。
こじんまりとした、けれど店主の趣向が一目で分かるような店が
住宅と住宅の間にひっそりと居をかまえている。
店先には『closed』の看板が下げられている。まだ午前11時なのだ。

住宅街を抜けると代々木上原駅に着いた。
suicaを使って改札を抜けてホームに行くと、そこで初めてどこへ行くのか
という話がなされた。
「小田原に行こう」hanaが言った。
僕はそれに同意して、各駅停車ではなく急行電車に乗った。
小田急線に乗ると、ある地点から田園風景が続くようになる。
僕はそれを眺めるのが好きだった。今回は隣にhanaがいる。
普段とはどこか違って見える風景をバックにして、
僕はhanaをカメラのファインダーの中に納めた。

12時を回りしばらくすると小田原駅に到着した。
空気の密度が東京とは違うように感じる。寒さは変わらないのだけれど
小田原の方が、東京に比べて寒さがリアルなのだ。自然が作り出したリアルな温度だ。
雨は相変わらず降っていた。傘をさしながら歩いていると
雰囲気のいいイタリア料理の店を見つけた。
「ここでご飯を食べましょう」とhanaは言って木製のドアを開けて中に入った。
僕もそれに続いた。hanaは奥の椅子に腰掛けて、着ていた薄手のコートを脱いだ。
中年の女性がメニューと水を持ってテーブルにやってきた。
ランチのセットを頼むと、その女性は厨房に向かってイタリア語で注文を告げていた。
僕たちの他に2組の客がいた。一組はひっそりと話をしていたが、
もう一組の、おそらくは夫婦であるが、
対岸の人に向かってるかのように女性の方が大きな声で話をしていた。
男性はただ頷くだけであった。

シチュー、サラダ、ライス、牛肉と順番に運ばれてきて、
僕はそれを順序よく胃の中に入れていった。非常においしい料理だった。
最後に砂糖多めのコーヒーを飲んだ。
会計を済ませて外に出る時も、対岸の男性に話しかける女性の声が
雨の音に混ざって聞こえた。男性の声はやはり聞こえなかった。

僕たちは小田原城へと歩みを進めていった。
城は駅近くにあった。城を囲んでお堀があり、
城内に入るための赤い橋が雨で白くかすんだ中で静かに浮かんでいた。
入場料を払って中に入ると、戦国時代の甲冑や刀が
巨大なしゃちほこなどとともに並んでいた。
天守閣には土産物屋があった。威厳もなにもない天守閣だった。

城を後にすると、海まで歩く事にした。
地図を頼りに歩いて行くと、風に乗って潮の香りがするようになった。
「海が近くなって来たね」hanaは言った。
国道が海よりも高い位置にあって防波堤の役割をしていた。
その道路の下の一部に小さなトンネルがあって、その先に海が見えた。
それはまるで額縁に入れられた絵のように見えた。
トンネルの暗がりを抜けていくと人がまるでいない広い海があった。
小さく控えめに作られた階段を降りて浜辺に降り立った。
細かく波が立ち、右前方にはカモメの大群が身を寄せあって羽を休めていた。
カモメの世界にも彼らの秩序がありそこで生きているのだと思った。

あまりにも巨大で静かな海だった。
まるで手つかずの生まれたばかりのような海だった。
僕たちは口数も少なくただただ遠くを見ていた。
海の向こうはかすんでいて何も見えなかった。
このような海は今まで見た事が無かった。
「もう行こうか」と僕は言ってその場を後にした。
ふと振り返ってみるとカモメはまだ羽を休めていた。
彼らはこれからどこまで飛んでいくのだろう。
僕の知らない風景を彼らは見るのだろうか。
彼らの秩序は保たれ続けるのだろうか。
僕たちは僕たちの世界へ、傘をさして戻っていった。

sketch












2009年10月14日水曜日

gray

「『gray』ってどういう意味だっけ?」
僕の隣に座っていたhanaが言った。
hanaは僕のiphoneの液晶をタップしていた。
「どれどれ?」僕は液晶を覗き込んだ。
そこには英単語を覚えるためのアプリが表示されていた。
「grayってグレーって色でしょう?」と僕は言った。
「そっか、あまり英語でgrayって見ないから違う単語かと思った」と言ってhanaは笑った。
午後になる前、食後のお茶を飲んでいる時の事だった。

その後、お互い別の用事があってその場で別れた。
僕は目的地に向かう為に小田急線に乗った。
午後の日差しは雲に隠れる事無く地面を照りつけていて
僕は屋根のあるホームのベンチに腰掛けて、
レールの上を漂う秋の日差しを見るとも無く見ていた。
やがて駅員のアナウンスとともに各駅停車の電車がホームに到着した。
乗車客はまばらだった。
僕は鞄から一冊の本を取り出し、ipodを使って坂本龍一の新譜を聴いた。
イヤホンから静かに流れるピアノの音色、ページをめくる乾いた音、電車のノイズ。
そんなものが僕の周りを包んでいた。

その時、ふと頭の中でなにかがよぎった。
なんだろう。注意深く、その反応の元を探る。
そして一つの事に思い至った。
僕が読んでいた本の文章中に「グレー」という言葉が使われていたのだった。
「そうか、これか」僕は不思議な高揚感を覚えた。
二人で話した「グレー」を別の事柄で僕がなぞる事によって、
二人だけの秘密をも共有したような気持になった。

日常にありふれた時間の、たわいもない会話の中のたった一つの単語。
ただそれだけのことなのに、僕の中でそれは二人で共有した物として
捉えるようになっていた。
きっとまた明日、たわいもない話をするだろう。
その時に交わした言葉、単語の一つ一つが次につながる。
そういった、ものを共有していく事が二人の土台を作っていくのだろう。
少なくとも僕は、そう思う。

hanaはgrayの事を覚えてるだろうか。

2009年10月8日木曜日

nonfiction

クリーニング屋のドアを開けると、カウンターには
誰もいなかった

ただカウンターの向こうの大きな洗濯機が大きな音を立てて回っていた

すいませーん
と何度声をかけても返事はない
くるくると回る洗濯機の音にかき消されてしまう

どうしたものか
目の前の棚には僕の名前が書かれた伝票のついたシャツが見える
よっぽど伝票をカウンターに置いて持っていこうかと思ったけど
タイミング悪くなったら強盗に見られるだろうと思いやめた

ふと足下を見ると、亀がいた

微動だにしない亀

ただのオブジェかと思っていたら
いきなり首が動き出した

生きてる!
亀の放し飼いかよ
しかも下手すりゃ踏まれる位置で

僕は必要以上に戸惑い
一度店の外に逃げ出した

そして、裏に回れないかと思い見回したが
塀に囲まれているので、正面からしか入れない

もう一度ドアを開けて入り、声をかける
すいませーん

この言葉を叫び始めてもう5分は経過した

なす術も無く立ち尽くしていると
普通におばさんが、すーっと現れて
僕の伝票を受け取って棚から僕のシャツを見つけ出し
渡してくれた

僕はありがとうございます
と言って外に出た

心なしか亀も頭を下げたように見えた

fiction

クリーニング屋のドアを開けるとそこには新聞を読んでいる亀がいた

僕は戸惑った
僕はただ、日曜日に着るための白いシャツを
クリーニング屋に出していて
それをピックアップしにいっただけなのだ

亀は何も言わなかった
ただそこに佇んで新聞を読み
甲羅のなかに首を引っ込めたり出したりしている

僕は冷静さを失って一度ドアを閉じた
そして、そこが確かにクリーニング屋であることを確認した
「間違いない、確かに僕はここに白いシャツを出した。
そして250円払ったはずだ。人間に」

深呼吸をして、もう一度ドアを開ける

「いらっしゃいませ」
亀が喋った

僕は言う
「こんにちは、亀さん」

現実を飲み込まないと先に進まないという事は
世の中にたくさんあるのだ

「シャツを引き取りに来た長橋です」
と伝え、伝票を渡した

亀さんは甲羅から足を伸ばせる限り伸ばして伝票を受け取った

僕の目の前の棚には「長橋」と書かれた伝票が貼られた
白いシャツが見えている

亀さんはゆっくりとした動きで振り返り
棚を探し始める

5分が過ぎた

実にゆっくりしている
僕はよっぽどカウンターを乗り越えて
「これが僕のです」と言おうかと思った
しかし、亀さんの自主性を重んじるべきではとも思う

また5分が経過した
亀さんは、見当違いの棚を探している
僕は言う
「亀さん、あなたは遠くばかりを見ている。
もっと近くを見た方がいいってウサギさんが言ってるよ」

亀さんは言う
「ウサギさんほど信じられない者はいないよ。
僕は僕が思ったように動くんだ。」

僕は瞬間的に思う
そういえばサメさんも騙していたっけな、うさぎさんは

やはり僕は見守る事にする
亀さんには亀さんのやり方があるのだ

しばらくすると亀さんは、僕の伝票を見直した
どうやら僕のシャツを発見したようだった

「お待たせしました、ながはしさん、あなたのシャツはこれですね」
亀さんは自分の力で目的のものを見つける事ができた

「亀さんありがとう、これを着て僕は結婚式に行くよ」

「そうですか、おめでたいですね、よい結婚式を」

亀さんはそういうと、新聞紙を広げ直し
ガソリンの値上げの記事を見て唸っていた

僕はドアを開けて日常に戻った

ウサギさんが目の前を通り過ぎていた

oneday

僕がその店のドアを開けたとき
席の大半が埋まっていた

レジにも数人の客が並んでいて
店員が忙しなく注文を受けていた

レジに立っていたのは
控えめに言っても、かなりかわいい女の子だった
おそらく大学生でアルバイトなのだろうと思う

僕の番になり、
茄子とベーコンのパスタを注文した

「お飲物はいかがですか?セットにしますと
サラダもついてお得です」
店員のかわいい女の子は控えめに、
しかし確実に注文をとる声で言った

「いや、いいです」
僕は言う
そんなことに惑わされてはいけないのだ

空いてるテーブル席が無かったために
レジの横にあるカウンターの席に座る事になった
そして、料理が出てくるまで
「パン屋再襲撃」を読む事にした


iPodは使っていなかった
レジでの受け答えの声がずっと聞こえた

「◯◯をお願いします」
汗の張り付いたシャツを着たサラリーマンのおじさんが言う

「お飲物はいかがですか?セットにしますと
サラダがついてお得です」
甘い声が仕事に疲れたおじさんを襲う、いや、癒す

おじさんは
「お願いします」と
若干上ずった声で返事をしていた


その後、ずっとそれが繰り返されていた
ものの見事に、おじさんたちはサラダのセットを注文し
1000円近くをランチ代に払っていた
これで恐らく、本日の煙草代は消えただろう

僕はそんなおじさんたちを横目に、
パスタを平らげ、
水を飲んだ

そして思う
あぁコーヒーが飲みたい、と
最初からおじさんたちと同じようにセットにして
女の子の営業的スマイルを受け取り
アイスコーヒーを頼めば良かったのだ
そしてサラダも食べ、栄養バランスを
整えて食事をするべきだったのだ
店員の女の子はきっとそこまで考えて
セットを勧めていたのだ
おそらく きっと そうだろう

隣にあるレジを見てみる
しかしそこには違う女の子が立っていた

091007

店「お電話ありがとうございます、◯×△でございます」
私「コンタクトレンズの注文をしたいのですが」
店「はい、ありがとうございます、お手元にポイントカードはお持ちでしょうか」
私「はい」

私「番号を言ってもいいですか?」
店「お願いします」
私「××××-××××」
店「長橋様ですね?いつもありがとうございます」
私「はい」

私「一箱お願いしたいんですが、在庫があれば」
店「在庫はございます、いつご来店されますか?」
私「今日中には伺います」
店「分かりました、ありがとうございます、ご用意してお待ちしております」

来店

店A「いらっしゃいませこんにちはー」
 店B「いらっしゃいませこんにちはー」
  店C「いらっしゃいませこんにちはー」

私「……」
店「本日はどのようなご用件でしょうか?」
私「先ほど電話でコンタクトレンズの注文をした者なんですが」
そういってポイントカードを渡す。
店「そちらでおかけになってお待ちください」

店内は掘建て小屋のようなところ。壁などまさに取ってつけたようなものだった。
店員がかけている眼鏡は、高校生が身につけるハイブランドバッグよりも
もっと根本的なところで似合ってなかった。
待ち時間、iphoneをいじっていると掘建て小屋のドアが開いて
白衣姿にサンダルの男が現れた。
ドアを開けたがすぐにまたドアの向こう側に戻っていった。
白衣にはサンダルだろ、という暗黙のOKというのはいかがなものだろうか。
ただ緊張感のない構図にしか見えなかった。

店員はもう一人の客の接客をしていた。おぼつかない手つきでクレジットカードを触り
ミスタッチし、もう一度暗証番号を押させていた。

店「長橋様、お待たせいたしました、こちら6.00でよろしかったでしょうか」
私「はい」
店「ご一緒に、目薬な…」
私「結構です」
店「失礼しました、ではお会計7980円になります」
私「ではこちらで」
店「では20円のお返しになります。領収書は袋の中にお入れしておきます」
私「お世話様でした」
店A「ありがとうございましたー」
 店B「ありがとうございましたー」
  店C「ありがとうございましたー」

活字にするとすごくスムーズなようにも見えるんだけど、
かなり会話のキャッチボールがうまくいかなかった。
大丈夫かなあの店。

2009年10月6日火曜日

20091006

















平日昼下がりの小田急線の乗客はどこか緩慢な雰囲気がしている。

目の前に座っていたのは、腹回りにかなりの量の肉をつけた中年女性で
買い物袋を膝の上に乗せて、居眠りをしていた。
しかし車両が揺れる度、自分の腹が揺れる度に荷物もまた揺れる。
何度も体勢を立て直しては、決して深くはないであろう眠りについていた。

左の方を見てみると、手ぬぐいを巻いた缶を持って新聞紙を読んでいる高年の男性がいた。
手ぬぐいで隠していても、それがビールである事は自明の理だった。
いや、もしくは発泡酒かもしれない。そこまでは分からない。
とにかく昼下がりの小田急線はシエスタのようだ。
そしてそれに乗っている僕の姿も、傍目から見れば同じように弛緩したものに違いない。
目的地が急行の停車駅であるにも関わらず、下北沢で乗り換えなかった事自体が実に緩い。

成城学園前駅で降りる。
駅から少し歩いたところに、自動車教習所の送迎バスの停留所がある。
数分待っていると小型のバスがやってきて、僕を含めた3人が乗車した。
一人は大学生風の男で、プーマのジャージをセットアップで着ていた。
もう一人は薄いピンクの帽子をかぶった中年の女性だった。
そんな3人を乗せて、バスは教習所へと向かう。

バスに乗る度に思うのだけれど、バスの運転手というのはかなりの確率で禿げている。
都バスでも、送迎のバスでもそうだ。とにかく禿げ、もしくはそれに準ずるものが多い。
帽子をかぶるからなのだろうか。
それが理由だとしたら、そこに不服を申し立てたりしないのだろうか。
帽子の着用の義務を撤廃するよう組合に提出しないのだろうか。
もしくは、自然と禿げあがった人が集まっているのかもしれない。
こればかりはやはり分からない。世の中は分からない事で満ちている。

15分程で教習所に到着し、運転手にお礼を言って下車する。
建物内に入ると受付で入校の申し込みをする。
「フリーター」と「フリーランス」実際のところ、
僕にはどちらだって同じ事なのだけれど。職業の欄にはフリーランスと記入する。
相手に少しでも印象はよくしておいた方がいいであろう。
30歳手前ぐらいの女性が僕の応対をしてくれる。
手の爪にマニキュアなどの装飾はなし。
シンプルな指輪が左手薬指にそっとはめられていた。
免許ローンを組もうとするが、フリーランスという項目で審査に引っかかるだろう
とのことで、全額を現金で支払う事になった。仕方のないことである。

いくつかの書類にサインをし、スケジュールの説明を受ける。
11月の前半には免許を取得できるであろうとのことだった。
次回の登校日に必要な書類を持ってきてください、という説明を最後に手続きは終了した。

送迎バスが発車しようとしているところを捕まえて乗車する。
久々に机に向かって勉強をすることになるのだなと感傷に浸っていると、
筆箱の不在に気がついた。
学生を終えてから、いつの間にか筆箱が無くなっていたのだった。
バスを降りて小田急線に乗り込むと新宿で筆記用具を買う事にした。

時刻は既に夕方になっていて、昼下がりの緩慢な雰囲気はどこかに消えていた。
新宿の駅ビル内にあるお洒落を気取ったステーショナリーショップに入る。
北欧風で揃えればいいのか、とも思うがここはなにも考えずに
マリメッコのポーチと、ドイツ製のシャープペンシルと消しゴム、赤と青のペンを買った。
新しい事を始める時の、新しい道具を揃えるウキウキする感覚というのは
年齢がいくつになっても変わらない。
仕事を終えた人たちにさりげなく交じって、僕はまた小田急線の改札を抜けていった。

Let's play music with me

004

イカ星人は操縦席から離れると、飛ばされないように機体の外に出た。
そして4次元で繋がっている大きなフープを機体の底部に取り付けた。
「外に出るとほんとに汚染されてるのがよく分かる、最悪だ」
イカ星人は、目に涙を溜めて言ったが涙は風に吹かれて飛んでいった。
機内に戻ったイカ星人は席に腰を下ろして言った。
「さっさとやって帰ろう」
イカ星人が4次元フープのスイッチを入れると、機体は静かに揺れた。
そして何かを吸い込むような音が鳴り始めた。
「俺この音嫌いなんだよね。あんたの言葉を借りて言うならば、
『非常に摩耗する』よ。聞いてるだけでね。」タコ星人は言った。

☆☆☆

テレビカメラは謎の飛行物体の姿をずっと捉えていた。
現場にいたレポーターは興奮した面持ちで、細かな唾をまき散らしながら
状況を伝えていた。なぜかヘルメットを装着していた。
「こちら現場の海野です。5分ほど前からでしょうか、謎の飛行物体は
千代田区上空で停止したままの状態です。望遠カメラを使っても
細部まで捉えることはできませんが、なにやら赤い物体が動いてるようです。例えるならタコのような形をしています。生物のようです。」

特別番組を放送しているスタジオでは、映像からクリップした画像を
スクリーンいっぱいに拡大して映していた。
どこそこの大学教授は「やはり地球外生命体というのは存在していたんだ。
今日という日が歴史に刻まれるのは間違いのないことです。
ここまではっきりと映像として、全国民に見知されたことはいくら
NASAであってもごまかせない事でしょう」と言った。
「なにかしらの生命体が存在したということは分かりましたが、
一体何が目的だと言うんですか?」
ギャラに見合う分の発言をするコメンテーターは言った。
「そんなことは分かりません。なにせ相手とは会話ができないのですから」
と教授は言ってテーブルの上に置かれていたエビアンをコップに
注いで飲んだ。

「ここで視聴者からのファックスをご紹介しましょう。まずはこちらですね…。えー新宿区にお住まいの恋するウサギさんです。『みんな大好きだ!』見事な達筆で書かれてますが、かなり情緒が不安定なようですね。
なんの告白なんでしょうか」冷静に司会者は言った。司会者には
冗談は通じなかった。
「もう一通ご紹介しましょう。こちらはお住まいは書かれてませんが
ジョンさんですね、『WAR IS OVER IF YOU WANT IT』。
でもきっとあの生命体には英語で言っても通じないでしょうね」
やはり司会者は冷静だった。夢がなかった。

「えーなにか動きがあった模様です。現場を呼んでみましょう、
海野さん? 状況を伝えて下さい」

「えーこちら現場の海野です。先ほどから上空からかすかですが音が
聞こえ始めました。それがだんだんと大きくなってきているようです。
えーなんとも叙情的なメロディのようにも聞こえます。
撮影スタッフの顔色が段々悲痛なものになってきました。」
レポーターの声もだんだんとしりつぼみになっていった。
一体なにが起きているというのだ。

☆☆☆

「もっとパワー上げてくれよ」タコ星人は言った。
「僕はこういったメロディが好きなんだよ、でも仕方ないか、
僕もいつまでもここにはいたくないからね」イカ星人はそう言ってパワーを
一気に上げた。するとメロディも一気に大きくなって機体が揺れだした。
そして小さな塵がフープに引き寄せられてきた。しばらくすると段々と
形のあるものが吸い込まれて行った。紙くずや生ゴミ、
土に埋まったビニール袋。古タイヤ。捨てられたラブレター。
海に浮かんだ油ボールまでが吸い込まれて行った。
不要だと思われるものが全て吸い取られて行った。
紛争が起こっている地域から兵器も吸い込まれた。
弾道ミサイルは発射された方向とは逆へ飛んで行った。
それらは全て不要なものだった。
時々人間も吸い込まれた。
「ん? なんか今生命体の反応があったけど、どうしたんだ?」
タコ星人は言った。
「不要なんだろ? この星にとっては」イカ星人はレーダーを見つめて
言った。腐敗しきった国の政治家だった。
「これはまだまだ時間かかるね。どうやら6500万年の間に
ここの生物たちはいらないものをかなり蓄えたらしい」

☆☆☆

人々は立ちすくんでいた。自分の周りから様々なものが空中に向かって飛んで行ってしまったのだから。
渋谷の街に落ちていた煙草の吸い殻一本一本も、側溝に捨てられた
空き缶もメロディに乗ってフープの中へと消えて行った。
街を歩いていた人々全ての動きは止まっていた。みんなが空を見上げていた。
空中に飛んで行ったゴミは、やがて一つの線となって空高く舞いあがった。
その線は、メロディに乗ってフープの中へ消えて行った。
カメラはそんな姿を捉え続けていた。スタジオにもその映像は
流れていたが、誰一人として言葉を発しなかった。
ギャラに見合う分の発言をするコメンテーターですらも何も言わなかった。ディレクターはCMを入れる事すら忘れていた。
モニターに映されていた映像は、段々と吸い込まれて行く量が減っていった事を伝えていた。しばらくするとまた赤い物体が現れ、消えた。

☆☆☆

「終わったよ。フープも外したし、もう帰ろうぜ」タコ星人は掃除の概要を日誌に書き付けながら言った。
日誌には前回に地球を掃除した時の事も書かれていた。そこには当時不要とされた「恐竜」と書かれていた。タコ星人は操縦席に座るとハンドルを手に取って機体を動かした。



しばらくしてからイカ星人は言った。
「でもきっとまた、この星に来る事になるんだろうね」

2009年10月5日月曜日

2009100×

友人の引っ越しの手伝いをするためにhanaと湯島へ行った。
総武線で御茶ノ水まで行き、教えられた住所をiphoneのグーグルマップへ打ちこむ。
現在地と目的地が線で引かれ、その道筋に沿って僕たちは歩いた。

おそらく昔は違う名前で呼ばれていたであろう狭い道を歩いていくと、
数分後目的地へとたどり着いた。
まだそこには友人は到着しておらず、
まだ高い位置にある太陽の光をしばらく体に浴びていた。

唐突にクラクションが鳴る。
そちらに振り向くと、キャラバンの助手席で煙草を吸っている友人の姿を認めた。
運転手は、この友人の引っ越しを3回も手伝っている男であった。
僕たちは挨拶もそこそこに、エレベータなしの5階の部屋までの階段を
何度も往復する事になった。
難儀だったのは、彼が絵描きであることにあった。
洗濯機やテレビ等と言った家電製品がない代わりに
画集や、写真集などの重量のあるものが多くあった。
それに加えて、サイズの大きい真っ白なキャンバスもあって
狭い踊り場で何度も切り返しては階段を上ることとなった。
時折、汗が額を濡らし、グレーのTシャツの首元には黒い染みを作っていた。

何度目かの往復を終えると、キャラバンに積まれていた荷物は奇麗に片付き、
全てのものが無事に新しい部屋に運ばれた。
細かな片付けは友人にまかせ、僕は開かれた段ボールの上にあったカズオイシグロの
「夜想曲集」をベランダに足を投げ出しながら読んだ。

日は傾き始めていた。
開かれた窓からは少し冷たい風が入るようになっていた。
友人が新宿に買い出しに行くというのでhanaとついて行った。
助手席にはもちろん煙草を吸う友人が座った。
新宿で一通りの買い物を済ませると、荷物を家まで運び
キャラバンをレンタカーショップに返却した。
そして居酒屋で夕食を取った。

友人二人が途中で合流し、6人での食事となった。
注文した酒はあっという間にそれぞれの胃の中に納められていった。
それとともに会話の内容はエスカレートしていって
テーブルの下でhanaの手を握っては、大丈夫だよと言うのであった。

酒に、会話に酔ったhanaを自宅まで送る。
タクシーの運転手にはきびきびとした声で行き先を告げていた。
それでもまっすぐに前を見つめるその視線は揺れていて
僕はその目が閉じるまでそばにいようと思った。

alva notoを聴きながら

2009年10月3日土曜日

2009年10月2日金曜日

20091002

一人の布団で静かに目を覚ました。
昨日の深酒で頭にうっすらともやがかかっているようだ。
10時半に目を覚ます必要はないのだけど、切り忘れた携帯電話のアラームが執拗に鳴っていたのでそれを止めた。

テレビもラジオもない部屋では、iMacから流れる音楽だけが沈黙を埋めてくれる。
先日買った坂本龍一のピアノツアーアルバムの「hibari」の音色が、雨で沈んだ空気にしっとりなじむ。
布団の中でiphoneを使ってツイッターを見る。

布団をでると冷蔵庫からペットボトルの水を取り出してそれを直接飲んだ。
冷たい液体が内蔵に染み込んで行く。

しばらくインターネットでニュースをチェックしてから軽く食事をとる。
食べ終わると食器を洗い、身支度を整えて家をでた。

iPodとiphoneと財布を持って、山手通りを歩く。
小田急線に乗り込むと、目の前に座っていたのはワンカップ酒を片手に持ったまま寝ている浮浪者だった。中身がまだ残っているそのワンカップを器用に持っている。
危機管理能力がある人間だったなら、その場から離れるだろう。
しかし僕はそれがこぼれる事を少し期待して、その場に腰をすえた。
新宿駅についてもその浮浪者は起きる事がなかった。僕はホームに降りた。

西口にあるユニクロに行くと、30人ばかりの列が出来ていた。
その列に僕も並んだ。20分ほど待つと店内に入る事ができた。
ほとんど商品からMサイズが消えていた。
一通りの商品を見終わると、なにも買う事無く店を出た。
取り立てて欲しいものがなかった。

フラッグスの中にある無印良品で下着を買い、南口のユニクロで靴下とバスタオルを買った。
そして歩いて家まで帰った。
夕方の甲州街道は、学生で溢れていた。6年前には僕もそこにいた。
そう思うと、不思議だった。
6年前の僕とは逆方向に歩いて行く。


家に着くと、カレーを作った。
BGMはクラムボンにした。
小さな炊飯器でご飯を2合炊く。
変形したまな板で、じゃがいもとキャベツとタマネギと、ガーリックを切った。
厚手の鍋にオリーブオイルを入れ、温まってきたころにガーリックを入れる。
じゃがいもを入れしばらく炒める。色がほんのり変わると
タマネギをいれしんなりするまで炒める。キャベツも入れる。

しばらく炒めて水を入れる。そして煮立ってきたら灰汁をとり、
固形のコンソメとしょうゆを少し入れる。
カレーのルーを2種類入れて弱火で煮続けた。

数分後、カレーが出来上がりご飯も炊きあがった。
白いご飯を皿に盛って、茶色のカレーを隣に添えた。
なかなかいい出来のカレーだった。
部屋にはカレーの匂いが漂っていて、だれかの到着を待っている。
外はまだしっとりとした雨の匂いがしている。