2010年2月13日土曜日

妄想日記

目を覚まして窓の外を見ると世界は雨で濡れていて僕は少し憂鬱な気分になった。
自分の体温で温かくなったベッドの、小さな世界から外に出る事ができないまま僕はサイドテーブルに置いてあったipadを手元にたぐり寄せた。
ホームボタンを押すと、僕が寝てから起きるまでに世界で起きた様々な事象が文字と写真と映像で液晶に映し出される。
どうせ昨日と今日のニュースを入れ替えても対して変わらないいつもと同じ、2018年だ。
部屋の扉の向こうからは煎れたての珈琲の香りがしてくる。母親が朝食の用意をしているようだ。僕はipadを電源プラグに差し込み、スリッパを履いてキッチンへと向かった。
「おはよう」母親は僕に優しい笑みを向ける。「おはよう」僕も答え珈琲を飲む。一日がようやく起動し始める。hello world。
父親はリビングの椅子に腰掛けて珈琲を飲んでいた。寝癖が少し残った髪をかきあげて僕に挨拶をする。「おはよう、調子はどう?」僕はそれにはうまく答えられない。先日テストの事で父親と喧嘩をしてしまったのだ。しかし大人はずるい。昨日の事はまるでなにもなかったかのようにふるまう。僕はまだそのように器用に生きられない。
父親は僕の返事を特に期待していた様子もなくディスプレイをタッチしてページをめくっている。毎朝5時に自動的にダウンロードされるニュースを流し読みしているようだ。
テレビがない我が家ではいつもの光景だ。
母親が用意してくれた朝食を胃の中に流し込む。最後に必ず果物を摂る。今日は林檎だった。
父親は相変わらずディスプレイを睨んでいる。僕はキッチンの流しに食器を置いてさっと洗う。洗面台に行き鏡を見ると父親と同じように寝癖がついていて、鏡の向こうの自分を見て笑ってしまった。
先週の金曜日、テストが終わった後に僕のクラスでは席替えが行われた。ずっと気になっていた女の子の隣の席になったのだ。恥ずかしくて寝癖なんてつけていけない。席替えをして初めての月曜日。今日からあの子とどんな話が出来るんだろう?
少し香料の入った整髪料を髪先につけて、父親の53番をこっそりと首元につける。僕はこの匂いが好きだった。
自分の部屋に戻ってパジャマから洋服に着替える。ipadに宿題のデータをコピーして鞄に入れる。それと体操着、給食着。今週は給食当番だ。支度を済ませるとリビングに顔を出して「行ってきます」と声をかけた。「いってらっしゃーい」間延びした二人の声が揃って聞こえる。
今日からはきっと、いつもとちょっと違う世界。隣の席のあの子にうまく挨拶できるだろうか。先週のテストの結果よりも、僕にとってはそちらのほうが気がかりだった。
玄関の扉を開ける。小鳥の鳴き声が聞こえる。一日が始まる。まだ手つかずの、少しだけ憂鬱な月曜日。

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