2017年5月20日土曜日

旅行記 楽園への入り口編

バリへ行くために、シンガポールのチャンギ空港で別の飛行機に乗り換えることとなっていた。ここは世界第1位と評価される巨大でエンターテイメント性に富んだ空港で、とにかく広い。キッズスペースもあり、理子は飛行機内での窮屈さをここで取り戻すかのように遊んだ。当たり前だけど、いろんな国の子供がそこで遊んでいた。2歳くらいの子供というのは公共の場の遊具で遊んでいても、自分のものだと所有権を主張するものだけど、理子もこの場でも控えめに「りこちゃんの」と言っていた。そして大人たちはお互いに「Sorry」「It's ok」を言い合うのであった。
僕と花さんは、いたるところにあったフットマッサージ機で足を休めたり、軽めの食事をとったりした。
定刻になり、乗り継ぎの飛行機にのった。日本からシンガポール行きの乗客は日本人ばかりだったのだけど、バリ行きはインドネシア圏の人たちの姿が多く見られた。当たり前のことだけれど。

3時間ほどでバリのデンパサール空港に到着した。入国審査を終え荷物をピックする。ベビーカーに理子を乗せると出口へと向かった。すると目に飛び込んでくるのは、ホテル業者と思しき人たちがそれぞれに客の名前を書いた紙を持っている姿だったり、タクシー業者の客引きだった。圧倒的な外国感。もはや軽い混乱状態だ。タクシー業者は日本語で話しかけてきたりするのだけど、そのしつこい姿はボッタクリにしか見えない。
その喧騒から逃げると、花さんはまず日本円を現地通貨であるルピアへと両替した。両替所のおじさんは、花さんのパスポートを見ると日本語で挨拶した後、「ワンオクロックがスキ」と言っていた。
それから、売店で水を買ったり、トイレに行ったりした。バリでは日本のように紙を水洗で流すことができない。便座の脇には小さなシャワーがついており、それで尻の汚れを落として紙で拭くスタイルらしい。空港というのは勝手知ったる人たち以外が使うことも多いわけで、便座の周りは水浸し、ということもあった。僕は当初、そのシャワーシステムがわからず(紙が流せないのはわかっていたけど)、シャワーで汚物を粉々にしてから流すのね、と意味不明の解釈をし実行していた。

トイレから出ると、ホテルへ向かうためにタクシーを探した。といっても業者がガンガン話しかけてくる。ある3人組が我々に話しかけてきて、まだ乗車すると決めたわけでもないのに、まるで空港づきのポーターのような2人が我々の荷物を運び、タクシー運転手が車へと誘った。結局タクシーには乗らなくてはならないわけなので、およその値段を聞いて乗ることになった。てっきり空港職員かと思っていた2人にはチップを要求された。
2、30分の乗車の間に、さまざまな景色を見た。なにか神話などの物語を模したような巨大な像たちだったり、朽ちかけたコンクリートの建物、スプレーで描かれたグラフィティ。かと思いきや、熱帯地域特有の巨大な植物たちが人間の支配を遮るようにはびこっている。車窓からは混沌しか感じなかった。運転が荒い車や3人乗りのノーヘル原付バイクたちはクラクションを何回も鳴らして自分の存在を周囲へと告げていた。僕は思った。「とんでもないところに来てしまった」と。


花さんが予約したホテルはサヌールという地区にあった。タクシーの車窓からはビーチリゾート感はまるで感じなかった。しかし、だんだんと雰囲気が落ち着いてきて、佇まいが瀟洒な店などを見ることができた。しばらくするとようやくホテルの看板を見つけた。建物自体は通りに面しているわけではなく、小路を入ったところにあるらしい。路の両脇には、熱海に生えているようなそれではない超巨大なヤシの木たちが、我々を奥へ奥へと誘導している。道中にはセキュリティがあり、警備員がタクシーのトランクをチェックし、確かに我々が宿泊客であるかを確認した。手動のゲートが開かれしばらくすると、いよいよそこにはホテルの受付ラウンジが現れた。そこはまさにリゾートへの入り口であり、静かで穏やかな空間であった。聞いたことのない鳥のさえずり、虫の音。そこかしこに置かれたこまかな細工が施された調度品。風雨にさらされて、しかし確かに月日を重ねてきたことを伝える像たち。バリ様式の服を着たホテルマンは穏やかに我々を出迎え、チェックインとともに大きな鐘を鳴らした。
「ようこそ、タンジュンサリへ」。

ポーターは我々の荷物を部屋まで運んだ。その小路は緑に溢れ、花の香りが漂っていた。部屋はそれぞれ独立した建物になっていて、プライベートが保たれた空間だった。部屋の入り口前にはゆったり寝そべることができる大きさの籐の椅子が置かれ、また小テーブルには花が飾られていた。室内は現代的なものが排除されており、冷蔵庫は木製の扉で隠されていたり、そもそもテレビなど存在しなかった。天蓋付きのベッドは白いシーツで見るからに清潔であり、改めてホテルのコンセプトを言われなくとも確かに伝わってくるような、そんな部屋だ。当たり前かもしれないがポーターはチップを要求することなどはなく、去っていった。


「ウエルカムドリンクがあるみたいだから、レストランに行ってみよう」と花さんが言った。高揚した気持ちを抑えつつ、僕たちは3人は緑あふれる小路を歩いた。雨が降った後なのか、植物たちは水で濡れてキラキラと光っていた。理子にとっても、目に入るものがどれも新鮮なようで「これなあに?」と楽しそうに質問していた。
歩みを進めるとその先には実に開放的なレストランがあった。彫刻が施された石壁につけられた、木製の小さな扉の向こう側に広大な海が見えた。「アプローチを歩いて、レストランに入り、まず見えるものがこの景色だなんて、なんという素晴らしい場所なんだ!」と僕は感動すらしら。
ウェイターに声をかけるとバーカウンターに通された。大人二人にはモヒートのようにさっぱりとした飲み物を作って出してくれた。アルコールは入っていない。
バーカウンターの向こうには、綺麗な砂浜が広がり、白いパラソルとウッドデッキチェアがある。カラフルな配色がなされた船の姿もあった。

次いで僕たちはビンタンという名前のインドネシアビールを注文し、またいくつかの料理を頼んだ。ウェイターは実に美味しそうにグラスに注いでくれた。理子にはしぼりたてのフルーツジュースを頼んだ。熱帯地域であるからなのか、ビールはキリッと辛く実に美味い。

バーカウンターと海の間には、小道があって、様々な人が行き交っていた。自転車に乗っている人、ジョギングしている人、散歩している人、野良犬。
花さんと理子は、海に行った。「ここにしばらくいるよ」と僕はバーに止まった。そしてビールを追加した。
海。照りつける太陽。鳥の鳴き声と花の香り。楽しそうに海に向かう二人。笑いあう声。美味いビールと妙に僕の舌にあうバリ料理。
「なるほど、これがリゾートだ。バリだ。きっとこれが楽園なんだ」とリゾートなるものを斜で見ていた僕の価値観を根底から覆した。

僕はやはり思った。「とんでもないところに来てしまった」と。

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