2017年5月19日金曜日

旅行記 出発編

朝、目を覚まして、枕の近くにあるはずのiPhoneを手探りで探した。いつもより少し離れたところにあったのは恐らく、理子の足で蹴られたためだろう。ここのところ理子の寝相がすさまじく悪い。まるで子供の頃の自分を見るようで、血は争えないものだな、と思う。

寝ぼけ眼のままiPhoneのロックを解除して、朝一で確認する必要も特にないのだけど、夜寝てから、朝起きるまでの時間に更新されたネットの世界をスワイプしていく。
gmailに受信がある。送信者は隣で寝ている花さんだった。時間は2:28となっていて、添付ファイルがあった。開くとそれは旅のタイムスケジュールだった。花さんはいつも旅行の前にはしおりを作成する。さながら遠足前の準備をする先生のようだ。
数ヶ月前から本棚には、バリ、シンガポール関連の幾種類かの旅行本が追加されていて、それらから、必要な情報をスクラップし、情報を組み立て、しおりという形に落とし込んでいた。

少し前に「今回はしおりの作成が遅れているの」と花さんが申し訳なさそうに言っていたことを思い出した。そもそもしおりを作ることは当然義務ではないのだけど、本人曰く「この準備しているときが何よりも楽しい」ということなので、本人にとっては旅の要素の3分の1くらいは占めている行為なのだろうと思う。

朝起きるのがめっきり早くなった僕は、6時に目を覚ましていたため、隣で寝ている二人を起こさないようにそっと布団を抜け出した。
リビングではスーツケースが2つ並ばれていた。その鍵はまだ閉められていなかった。僕は旅の最終支度をすることに、まずは花さんが夜遅くまで時間をかけて作ってくれた旅のしおりを印刷することにした。


しばらくすると、花さんと理子の声が寝室から聞こえてきた。とりあえず、僕は二人分のコーヒーを煎れパンを焼いた。
今回の旅は飛行時間が7時間近くある。理子にとってはこの時間の飛行は経験がないので、花さんのプランでは、夜便にすることでそれを克服しようとしていた。子供は夜になったら寝るものだ。家を出発するのは18時頃を予定していたため、食事を終えてから二子玉へと出かける余裕すらあった。
家に戻ると、旅の間に着用する洋服のコーディネートを確認した。花さんと初めて旅行した時から始まった儀式的な行為である。
昼食を家で作って食べ、冷蔵庫の中身を空にしていった。そして掃除機をかけ、お風呂の排水口の掃除をしたりと長期間の不在に向けての準備もした。


予定より早く、出発することにした。いつなにがあるかわからない。理子がいきなりウンコを漏らして着替えなければならないかもしれない。そして何より、大きなスーツケースをふたつと、ベビーカー、理子を連れて移動をするということがスムーズにいくとはとても思えなかったからだ。
僕がスーツケースを、花さんが理子を連れて駅まで向かい、そこでタクシーを拾った。そして、羽田空港行きのバスの停留所まで行った。
コンビニで飲み物を買い、バスの到着を待った。理子はこれから何が起こるのか理解しているのかどうかわからないけれど、バスに乗れる、飛行機にこれから乗れるということを喜んでいるようだった。
定刻が近づくにつれて、乗客が少しずつ増えていった。平日ではあるのだけど、様々な人が列に並んでいた。中には別れを惜しむカップルの姿もあった。いろいろな事情を載せて、バスは羽田空港へと向かった。
いつも混む道が実にスムーズに進んでいって、幸先の良さを物語っていた。理子も車内ではおとなしく座っていた。池尻大橋から長いトンネルを抜けるとそこには新幹線の車両基地があり、海が見え始める。旅に向けての気運が一気に高まっていく瞬間だ。
めっきり鉄道が好きになった理子は、新幹線を見るや否や大興奮状態となった。

空港に到着すると、荷物をカートに載せて、チェックインカウンターへと向かった。花さんによって既にネット上で手続きは済んでおり、滞りなく荷物がベルトコンベアーに乗せられ運ばれていった。
出国する前に食事をすることにした。世界の空港ランキング第2位の羽田には実に様々な飲食店が出店している。日本的なものを食べたいということで『つるとんたん』に行こうとしたのだけど、行列ができているので諦め、その他の店も、かなり賑わっていた。結局のところ少し離れたところにあった吉野家で牛丼を食べた。

その後、空港内にあるシャワールームに行き、あとは飛行機で寝るのみ、といった具合に準備を整えた。ドリンクのサービス券をもらったのでアイスコーヒーを飲み、これからの旅に向けて、バリの素晴らしさを説く花さん。シャワーを浴びたせいもあるだろうけれど、表情からすごく高揚しているように見える。

もろもろと手続きを済ませると、いよいよ離陸となった。飛行機の座席に深く腰を下ろし、早々に寝床をつくる。座席にあるモニターを航空空路に設定し、これからの旅に思いを馳せる。
キャビンアテンダントのアナウンスとともに機体はゆっくりと滑走路へと進み、そして加速した。体に感じる重力は、もはや体に心地よくすらある。
機体が空に浮かんだことを確認する間もなく、どういったわけか僕は眠りに入る。
目を覚ました時、隣で座っている花さんはビールを美味しそうに飲み、不敵に笑った。



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