2013年10月13日日曜日

旅の終わりに


快晴の青空の中に、容赦なく光る太陽が一つ浮かんでいる。
「サングラス、持ってくればよかった」とHANAは空を仰いでまぶしそうに言った。
前日の台風が北のどこかへ去って行き、嘘のような天気の良さだった。
僕たちは宿泊先のホテルを出て朝食を摂りに、市場を歩いていた。
魚介類が入った発泡スチロールに、手書きの値札が刺さっている。
まだ生きている大きな蟹が、いけすから逃げ出そうとしている。
店先に立って、店主が大声を張り上げている。
朝からすでに声がしゃがれていた。
そもそも酒でのどが焼けているだけなのかもしれない。

一通り、見て回り、同じところをぐるぐると歩き回った結果、
どこにも決めることができなかった。
こう言っては失礼なのだけれど、似たり寄ったりだったのだ。
「ホテルの朝食は評判が良かったけど、そうする?」とHANAは言って
僕はそれに同意した。

市場の喧噪とは真逆に、クラシック音楽が耳障りにならない音量で流れている。
パリっと糊のきいたシャツを着た店員が
僕たちを窓際の日の当たるテーブルへと案内した。

バイキング形式の朝食で、魚介類が豊富にあり、
もちろん取り放題なので満足のいく食事となった。
食後にコーヒーを飲みながら、どこに行こうかと話し合ってから店を出た。

部屋に戻って荷物をまとめ、チェックアウトをした。
駅のコインロッカーに荷物を入れると、また路面電車の一日パスを買い、
立待岬へと向かった。

この日は平日で、観光客は少なかった。
路面電車はガタガタと心地よく揺れている。
岬の最寄りの駅で降りると、自動販売機でジュースを買って飲みながら歩いた。

太陽は高さを増し、同時に地表を容赦なく照りつけていた。
岬に向かうには、坂道を上らなくてはならなず、汗は止めどなく流れた。
途中、石川啄木のお墓があった。

岬の先端に立つと、とても強く風が吹いていた。
なにもかも飛ばされてしまいそうな強さだ。
そんななかで、近くにいたカップルに頼まれて
記念撮影のシャッターを押すことになった。
風が強くて髪は乱れ、しかも逆光だった。
太陽の光があまりにも強すぎて、モニターでプレビューを見ることもできなかった。
岬で記念撮影などするものではないと思った。

どうでもいい話なのだけど、観光地において
写真を撮ってほしいと頼まれることが僕は多い。
断らなそうな無害な顔でもしているのだろうか。


その場を後にすると、外国人墓地へと向かった。
函館は、貿易で栄えると外国人が居留するようになって、
この地で亡くなった人のために墓地が作られたらしい。
ロシア、中国、プロテスタント墓地を見て回った。
その墓たちは、海の方向を見ていた。
遠い地で亡くなった人たちが、せめて母国を見えるようにとの配慮だったのかもしれない。

函館の地形は、山と海が近いこともあって坂がとても多かった。
それぞれの坂に名前がついており、海を見下ろす景色はそれぞれの坂で異なり
とても美しい景色だった。
地元のようで、地元にはない景色。ゆずの夏色が聞こえてくるようだった。
とある中学校の脇道を通ると、合唱の練習中だったようで、歌声が聞こえてきた。
蝉の鳴き声とあいまって猛烈なノスタルジーを感じた。


旧函館公会堂は、グレーと黄色の配色のいかにも外国風といった建物だった。
入場料を払って中に入る。
バルコニーからの眺めがよいとのことで、早速出てみることにした。
函館の町を見渡すことのできる景色。風が抜けて心地よかった。
近くにいた中年夫婦に声をかけ、写真を撮ってもらうことにした。
「あれ?これフィルムなの?」と驚かれた。
中年の男性にとっても、もうデジタル世代なのだ。
礼を言って建物を後にした。

HANAが函館を調べた際に、行きたい店として『ラッキーピエロ』という店があった。
派手な看板でデコレーションされた、ファーストフード店だ。
とても人気店らしく、多くの人が店の前で待っていた。
チャイニーズチキンバーガーのセットを注文し、20分程度待っていると席に案内された。
果たして、通された席はブランコだった。
公園にある、あれだ。
子供には大人気の席のようだが僕らは体幹が弱い30歳だ。
ブランコに座って貪るハンバーガー。
絵面はシュールだ。
昼時はとっくに過ぎていたのだけど、まだ人が並んでいた。
僕たちは食べ終わるとそそくさと店を出た。


帰京の時間が迫っていた。
ベイエリアに戻り、お土産を買うと
駅のコインロッカーに預けていた荷物をピックアップした。
函館空港行きのバスがあり、それに乗った。
窓の向こうに流れて行く景色。日差しはまだ強かったけれどカーテンは閉めずにいた。

空港に着くと、チケットを発券し、出発時間までロビーで待つことにした。

ガラスで、こちら側と向こう側に分かれていた。旅立つ人と止まる人だ。
そのガラスに沿って一定間隔に電話が設置されていた。
こちら側にいる大学生らしき男が、
その電話を使って向こう側の人と話をしていた。
「東京に戻ってもがんばるよ」なんて会話をしていたのかもしれない。
そうか東京はがんばる場所なのか。


搭乗する時間になって、飛行機に乗り込んだ。
それはあっという間に僕らを日常の待っている東京へと運んだ。
鞄の中には撮り終えた4本のフィルムが入っていた。
現像が終わるまでは旅は終わらない。
フィルムカメラは旅に余韻を残してくれる。


次はどこへ旅に行くのだろうか。


0 件のコメント: