2016年9月14日水曜日

家族旅行 3日目

それぞれの国にとっての当たり前を、渡航前に知っておいたほうがいいわけなんだけど、韓国においてトイレットペーパーを水洗で流してはならない、ということは知っておいたほうがいいことのうちの一つであろう。これはトルコも同じであった。

韓国の下水事情なのか、トイレットペーパー事情なのかは知らないけれど、とりあえず流しちゃいけない。とはいえ、お尻を拭いたらそのまま紙をポイして水に流すというのは、日本人にとっては、呼吸をするような、右足出した後は左足を出すような、考えずに行うことの一つである。韓国旅行3日目にしてもなお、僕はそれに慣れずにいて、朝からトイレで格闘するはめになる。
3日目の朝は、ホテルの近所にあるキンパ屋さんに買い出しに行くことから始まった。8時前くらいには、すでにお店が開いており、テーブル席ではおじさんがテレビを見ながらキンパを食べ、若い労働者たちは、通勤前にテイクアウトしていった。我々ツーリストも、3種類ほど買った。オモニは手際よくご飯と具材を丸めてアルミホイルに包んで手渡してくれた。やはり海苔巻きにはアルミホイルがいい。そして、店の近くにあったコーヒーショップで、コーヒーを二つ買った。ここのおばちゃんは日本語が達者だった。
ホテルに帰るとテレビをつけた。すると、本当に奇跡が起きた!と思ったのだけど、アンパンマンが放送されたのであった。この旅行で一番の笑顔を理子は見せた。ご飯もろくに食べず、テレビにかじりつく理子。僕たちの問いかけには反応しないが、アンパンマンの話が終わる際には「バイバーイ」と手をふる理子。アンパンマンは思考、行動の源である。その後も、どういったわけか日本の番組が放送され、それを見ながらご飯を食べるのであった。
支度を済ませると、地下鉄に乗って、壁画村と呼ばれている一帯へと向かった。その近くでは小劇場が集まっていたり、路上にモニュメントがあったりと、芸術関連の色が濃い場所のようであった。
この辺りは傾斜地で、階段や坂が多かった。建ち並ぶ建物は様々な色でペイントされ、またその壁には動物や植物、メッセージが描かれていた。花さんの作成したしおりには階段に描かれたものを見るという項目があったようなのだけど、それは今作成中のようで、白く塗りつぶされていて見ることはできなかった。
「とりあえず上の方まで行ってみましょう」と花さんが言うので、階段を上った。しかしながらこういう時に限って理子は惰眠をむさぼっており、抱っこ紐によって僕に抱っこされていた。普段は午前中は起きているにも関わらず、だ。果たして、階段を登りきると理子は目を覚ました。やれやれ。
それなりに坂を登ったため、見晴らしのいい場所までくることができた。湿度のない風が心地よく、汗で濡れたTシャツを乾かしていく。屋根のついた休憩スペースがあったので、そこに腰を下ろして休むことにした。
景色を見渡してみると、山に囲まれた場所であることがよくわかった。山と青い空。結局のところ、長く足を止めて眺めるものというのは人が意図的に作ったものではなく自然の姿だった。
そろそろお腹が空いた、ということで、坂をおりて街に戻ることにした。その道すがら、写真撮影スポットというのがいくつかあったので、そこで撮影をした。韓国人も中国人も日本人も、行儀よく列を作って並んで順番を待っていた。
花さんは昼食にビュッフェを選んでいた。綺麗でモダンな造りで、老若男女、多くの人で賑わっていた。時間制限はあるものの、なんとビールまで飲み放題だった。この旅において、昼ビールが定着していたので、僕は迷わずビールサーバーのコックをひねるのであった。料理はどれも美味しく、理子が食べられるものも多かった。また、子供対応がきちんとしており、テーブル席にはキッズチェアを用意してくれるし、トイレにはオムツを交換できるスペースもあった。
ビールの飲み放題を満喫してしまった僕は、食事をそっちのけで飲んでしまい、やはり少し酔ったため、しおりに記載されている通り、シエスタをするためにホテルへと戻った。
シエスタの次に行うことは、花さんの脳内しおりにきちんと書かれている。グルメや芸術を幾分か楽しんだので、少しラグジュアリーなエリアへと足を運ぶこととなった。まずはギャラリア百貨店というデパートで買い物をした。そのデパートはデコデコしているわけではなく、品があって高級感があって、日本にこんな場所あるかしら?いやないだろう、と思わせるものだった。伊勢丹とか紀伊国屋とかそういった老舗感ではなく、ラグジュアリー感に徹して店内は作られていた。いたるところに語学に長けているであろうコンシェルジュのような人が立っていて、そういったホスピタリティもラグジュアリー感を出すのに一役買っているようだった。韓国における富裕層というのがどういった人たちなのかはわからないけれど、とてもウケている、ホットスポットなのであろう。花さんはここで韓国海苔を購入していた。
その建物をでると、ラグジュアリーブランドが軒を連ねる通りがあった。僕たちはその流れから逆行して、街を歩いていく。理子はどういうわけか、ユニクロの店の前で立ち止まり、ちょっとした段差を登ったり降りたりしていた。「パパどうぞー」と理子が言うので、僕も理子の真似をして段差を行ったり来たりする。その様子を見て理子は満足したようだったのだけど、しばらく歩くとまた立ち止まり、こあがりで座り込み、「ポーズ、カシャ」と言って、カメラを撮るしぐさをする。僕の真似をしているのだ。本当に子供って大人のすることをよく観察しているなって思う。だから僕は、僕の使ってるデジタルカメラを理子に渡してみる。「こうやって使うんだよ」って教えてあげると、「パパじょうずー」と言って褒めてくれる。僕の目尻は下がりっぱなしだ。
歩みを進めていくと、若者が集っていそうなエリアにたどり着く。ギャラリーと服と飲食が混じったようなお店や、セレクトショップ、こじんまりとした小さなカフェテリア、奇抜な外観をしたコスメショップなどなど。僕は前回の韓国旅行で気に入ったA LANDというセレクトショップへと入る。前回はいいものに何回も出会って、4着くらい服を買った。そういった訳で今回も楽しみにしていたのだけど、どういうわけか触手が全くと言っていいほど伸びない。買ってもいいけど買わなくてもいい、と思ってしまう。こんな時に爆買いをしていた花さんのマインドが降臨してくればいいのに、と思う。だけど花さんも今回の旅では自分自身のものは全く買っていなかった。全ては理子へと注がれている、ということか。
一通り店を見て回ってから、ホテルのある駅に戻り、夕飯を食べることにした。韓国といえば、焼肉である。
店主のおかあちゃんと、兵役あがりで筋肉ムキムキの店員さんは、理子にとても優しく接してくれた。韓国の人は子供をみるとかわいくて仕方がないのかもしれない。
まずは大人二人はビールで、理子はお水で乾杯をする。「カンパーイ!」というと、理子も「かんぱい!」と言ってグラスを重ねてくれる。お肉は、店員のおかあちゃんが面倒を見てくれるので、僕はビールを飲み、ビールを飲み、ビールを飲んだ。そして肉が焼け、その味を堪能した。理子も肉を手づかみして食べている。
ビールを飲み終えると、最後の夜だから、ということでマッコリを飲んでみることにした。
発酵しているから、ふたを開けるとプシュっといい音がする。その白い液体を口に運ぶと、するっと喉を流れていった。「おいしい!」と思わず叫ぶ。「これは水みたいにグビグビ飲んでしまうね」と言って二人で笑う。そうは言っても1リットルくらいは入ったボトルである。持ち帰るかもね、などと言っていたけど気がついたら空になっていた。
二人でこの旅を反芻する。「ほんとに出だしからどうなるかと思ったけれど、楽しかったね」と僕が言うと、「もしダメだったらチケット買い換えてでも来たよ」と酒が入ってるからなのかたくましい発言をする花さん。
「ちょっとしたアクシデントは旅のスパイスだよ」と世界各国を旅していた花さんは余裕の表情であった。
会計を済ませると、筋肉ムキムキの店員さんは不器用そうにはにかみながら理子に飴玉をくれた。
きょとんとしている理子に変わって大人たちがお礼を言った。
「カムサハムニダ」


ホテルに帰る道すがら、「家族みんな一緒だと楽しいね」と花さんは言った。
「その通りだ」と僕は思った。そして3人で手を繋いで帰った。


家族旅行最後の夜が終わる。

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