「絶対楽しいから」と花さんにずっと口説かれていた。
なにかといえば、韓国においての洋服事情である。それも赤ちゃん、子供用のものが可愛いから、僕が見たらきっと、確実に、絶対楽しいはずである、と断言していた。
花さんは、理子を連れて二人で韓国に行ったことがあったのだけど、その時に大量の洋服を買って帰ってきた。
どれもこれも500~1500円くらいのもので、確かに可愛い。
いわゆる子供の服にありがちな、妙な派手さ、わけのわからないフリルといったディテールではなく、大人の服をそのまま小さくしたような可愛さであった。ドロップショルダーになってたり、ガウチョパンツだったり、
その時のトレンドを感じるものが落とし込まれていた。
そういったわけで2日目は、今回の旅行のほぼメインと言っても過言ではない、洋服狩りに行くのであった。
花さんのナビゲーションのもと、問屋街のように同じ商品を扱った店が軒を連ねている場所へと行った。もはやなんという街なのかは、僕にはよくわからない。ただ花さんについていくだけである。
通りを歩いていたら、一目で偽物と分かるようなものを普通に売っている店もあった。路上に簡易的に店を出しているところでは、supremeとタグのついたものが大量にワゴンに乗せられて売られていた。売っているおじさん、もしくはおばさんは、それがsupremeというブランドであることを知らなそうな顔をしている。
「おいおい」と思う。以前来た時も、ファッションビルの近くで、当時発売されていたGIVENCHYのバンビ柄のスウェットが路上で売られていて、「それの偽物作るか?」というニッチな商売をしていた。タオルを首に巻いてタバコをぷかっと吸っているようなおじさんがそれらを売っているのであった。
今回行った子供服売り場のエリアは、印象としてはBONTONなのだけど、クラシカルな可愛らしさに、少し大人の流行をアレンジしてあるようなものだった。
「どう?」と花さんが聞くので「確かに可愛い」と僕は答えた。
答えてる間に、幾つかの商品が花さんの手に収まっており、爆買いののろしが静かに上がった瞬間であった。
くどいようなのだけど、ここの店員さんたちは、みんな「ファッションなんて興味ないのよね」といったふうだ。「ここの区画を割り当てられて『これを売りなさい』と言われたから売っているのだ。」とでも言わんばかりであった。自分の持ち場に行くには、服の置かれたカウンターを乗り越えなければいけない造りになっていて、そういった姿勢からもなにかしら感じるものはあった。
それよりも自分のメイクアップに余念がない(朝だったからかもしれないけれど)。もしくはご飯を食べている。韓国の全体がそうなのかはわからないけれど、店員さんたちは各々の店の前で普通にご飯を食べている。
そういった慣習的なところを物珍しく見ている間にも、やはり花さんの手には理子の洋服の量が着実に増えていった。
商売の姿勢うんぬんは置いて考えても、確かに服は可愛いから仕方がない。僕は理子を抱っこしながら花さんの狩りを眺めている。僕は横から口を出すだけ出して戦況を見守る。
僕はふとお店の奥にディスプレイされた服に目を奪われてしまう。「COMME DES GARCON」と殴り書きされたキッズ服が売られていたのだ。実際、ギャルソンのライダースジャケットにそういったデザインがあるのだけど、やはり「おいおい、おい」と思うのであった。僕は花さんに「ねぇ、あれ見てよ、ギャルソンって書いてあるよ。やりすぎじゃない?」と言うと、店員さんは日本語が理解出来るのか知らないが、苦笑いしていた。
結局、アウターやらトップス、パンツまで、10枚近く買っていた。「今日のところはこれくらいにしといてやる」と花さんの背中は語っていた。すごく満足そうだ。
狩りをしたので、お腹が減ったということで、食事をすることにした。若者が集うような小洒落たお店に行った。僕は花さんに旅のリクエストとして、キンパを食べたいと言っておいたのだ。キンパの盛り合わせと辛ラーメンを注文した。そして昼からビールである。実に旨い。
辛ラーメンは、ごくごく普通で、日本で売られているもので作っても同じものを味わうことができると思われる。
食事を堪能した我々は、一度ホテルに戻って小休止することにした。
僕たちの旅行において、いつの頃からかシエスタが導入された。それがあるから昼からビールを摂取できるわけである。また理子は食事の際に服を汚すので、シャワーを浴びたり着替えたりもできるし、荷物も整理できる。これは旅のしおりに記載される重要な項目なのである。
小一時間くつろいだ後、漢江クルーズへと行った。遊覧船だ。
花さんが事前にツアーの予約をしてくれていたので、待ち合わせのホテルロビーへと行き、日本語を巧みに操る添乗員さんと20人くらいの日本人たちとともにバスに乗り込んだ。ツアー内容としては、レストランでご飯を食べてから船に乗って川下りする、ということだった。
しかし、実際にバスに乗ってみると、道が渋滞しており、進みがとても悪い。添乗員さんは大丈夫だ大丈夫だ、とみんなを安心させようと、陽気にしていたのだけど、途中から事態は深刻になっていったようで、「ごはんはもう用意されている。もう調理器具はセットされている」と蕎麦屋の出前の言い訳のようになり、最終的には「すでに肉も焼けている。着いたら30分で食べてください。そしてすぐにバスに戻ってください。少しでも遅れてはならない」と、とても辛い状態となっていった。
そして雨も降り始めていた。
果たしてレストランに着くと、案の定、肉なんて焼かれていなかった。僕たちはプルコギを発注していたのだけど、味わう前にとにかくお腹に入れることを優先した。右隣の席には、小学生くらいの子供を連れた4人家族がいたのだけど、お母さんは若干ヒステリーを起こしながらまだあまり焼けてなさそうな肉を子供達にご飯を食べさせていた。店員さんはのんきにお酒いかがですか?などと聞いてくるのだけど、とてもそんなことをしている余裕はなかったのだった。
食事を終えるとバスに戻り船乗り場まで行く。
「ご飯いかがでしたか?」と添乗員は聞くが、それに答える者などいなかった。
目的地に着くと、船のある場所まで急いだ。大きな橋の下を通ったのだけど、そこではおばあさんたちが楽しそうに宴を開いていた。
日本と違って韓国では湿度を感じることが少なかったし、また緯度も青森と同じくらいらしく夏場でも涼しいのであった。
「そりゃ外でお酒を飲みたくなるよね」と僕は言った。
チケットを受け取って乗船すると、様々な国籍の人たちがいた。大人気のイベントのようだ。
このツアーの見所は、川から眺める夜景はもちろんのこと、川にかかる橋から水が噴き出して、そこを船でくぐるというのがあるらしかった。しかし椅子に座って発車時間を待っている間にも雨脚は強まった。
船員から救命胴衣の説明がなされ、注意事項等の説明があった。「この船が沈没したら船長は真っ先に逃げるのだろうか」と頭をよぎる。
定刻になりゆっくりと船は進んでいく。岸がだんだんと離れていって、ビル群の夜景がとても綺麗に見える。雨が降ったことで余計に綺麗に輝いて見えているのかもしれない。
座席の前の方にはちょっとしたステージがあり、いくつかの楽器が置かれていた。ジャズの生演奏があるとのことだった。川下りをして夜景を眺めながらジャズの生演奏を聴くなんて、字面にするとなんだか少し小っ恥ずかしい。
雨は降っていたけれど、甲板に出てみることにした。理子は雨でもへっちゃらと言ったふうで、無邪気に走り回っていた。
ステージで始まったジャズの演奏は甲板にあったスピーカーによって聴くことができた。
「せっかくの生演奏なのにもったいないね」と花さんは言ったけれど、外で聴くことのほうが気持ち良かった。
カップルたちはスマートフォンで自分たちのデートを写真に収めたり、母親は子供に新しい景色を見せようと遠くの方を指差したり、老人たちは音楽を聴いて楽しんだりしている。
理子は夜景を見ながら「きれぇい」と感想を言った。思ったことを言葉にできるようになったのだな、とこんなところで成長を垣間見る。毎日毎日、木が年輪を作るように、この1日が理子をまた成長させているかと思うと嬉しくなる。
船はやがて乗船コースを無事に運行し、着岸した。
船を降り、バスに戻ったのだけど、橋の下ではまだおばあさんたちが陽気な宴を続けていて、笑い声が響いていた。
帰りのバスの道中は実にスムーズだった。
そしてホテルに戻り、近くのコンビニで物足りなかった食事の穴埋めをするための買い物をし、ビールを買って、まるで日本にでもいるかのような晩酌をして韓国2日目の夜を終えるのであった。
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