2013年3月16日土曜日

電話

休日にしては、比較的早く目が覚めた。
枕元に置かれたiPhoneを手にとり、
それぞれのアプリを起動してニュースやらSNSを徘徊する。
特に注意をひく出来事はなかった。
隣で寝ているHANAを起こさないようにこっそりとベッドを抜け出した。

キッチンのシンクには、昨日の夕飯の支度をした残骸が残っていた。
まずは、コーヒーを淹れる。
「ボコボコ」
と水が沸騰し、挽かれたコーヒー豆を通過して行く。
ラジオと相まって、そんな音が流れる。
オーブントースターに、チーズを乗せた食パンを投げ込み、タイマーをセットする。
「ジジジジ」
とメモリが刻まれる音がする。

焼き上がる前に、シンクに溜まった食器やフライパンなどを洗う。
頭の中では宇多田ヒカルの「光」のプロモーションビデオが再生される。
あそこに映し出されている食器よりは丁寧に洗っているつもりだ。

「チンッ」
パンが焼き上がった事を知らせる音が鳴る。
それを白いプレートに乗せ、コーヒーをコップに注ぐ。
しるし程度に砂糖と、牛乳を入れる。

それらはあっという間に僕の胃袋の中に流し込まれる。
ラジオからは無害な音楽が流れ続けている。


家族と話をしたいなと思っていたので、
まずは祖父に電話をする事にした。

「トゥルル」
呼び出し音が鳴る。

「はい」
祖父の声が聞こえる。
名字を名乗らないのは詐欺の電話を予防してのことだそう。
僕が名前を名乗ると、「おー元気か?」と僕よりも覇気のある声だった。
僕が電話をするといつも喜んでくれる。
一緒に住んでいた頃は、普通にしていた会話なのに、
距離があると、電話をかけるなどのワンアクション必要だ。
それが手間となり、連絡をすることが減ってしまう。

いつもと同じような話をする。
体調はどうだ?次はいつ帰ってくるのか?
酒ばかり飲むなよ。

祖父とひとしきり話をした後は祖母と話をする。
声に張りがあって、元気がいいようだ。
「まだ80歳になってないからね」彼女は言う。
祖父と話をしたようなことを祖母とも話をする。
すると電話の向こうで祖父は、僕が答える前に祖母に返事をしていて可笑しかった。

また祖父と少し話をしてから電話を切った。
「元気でな、また電話してくれよ」と彼は嬉しそうに言った。
ディスプレイを見ると15分も話はしていなかったけど、
きっと時間の長さは問題ではないだろう。

その後、実家に電話をかける。祖父母は別の棟に住んでいるのだ。
「はい」
父親が受話器を取ったようだ。
祖父と話をした際に、父はでかけたということを聞いていたので多少驚いた。
「変わりはない?」と聞くと元気にやっているようなことを言っていた。
これから近所にある幼稚園の卒園式に行ってビデオを撮るらしい。
身内に卒園する者など誰もいないのに、だ。
今も昔も彼は変わらない。

その後、母親と電話を変わった。
最近はどうだ?元気か?と聞く。
花粉症にやられているらしく、声がくもっている。
最近、家に誰それが子供を連れてきてくれたんだ、とか
先週は家族みんなで少し早い花見に行ったんだ、と彼女は言った。
「『facebook』で見てるよ」と僕は答えた。

すると、突然「鯖には生姜を入れないとだめだよ」と彼女は言った。
「え?」と聞き返すと、どうやら先日の僕の日記を読んでの事らしい。
生姜を入れないと魚の臭みがとれないよ、と僕の懸念していた事を指摘された。
台所で一緒に料理していて、その場で指摘されるような、嫁と姑の会話のようだ。

ひとしきり、30分ほど話をしてから電話を切った。
僕はウッドデッキに座り、煙草を吸いながら電話をしていたのだけど、
気分は今日の天気のように風もなく朗らかで、温かだった。

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