休日にしては、比較的早く目が覚めた。
枕元に置かれたiPhoneを手にとり、
それぞれのアプリを起動してニュースやらSNSを徘徊する。
特に注意をひく出来事はなかった。
隣で寝ているHANAを起こさないようにこっそりとベッドを抜け出した。
キッチンのシンクには、昨日の夕飯の支度をした残骸が残っていた。
まずは、コーヒーを淹れる。
「ボコボコ」
と水が沸騰し、挽かれたコーヒー豆を通過して行く。
ラジオと相まって、そんな音が流れる。
オーブントースターに、チーズを乗せた食パンを投げ込み、タイマーをセットする。
「ジジジジ」
とメモリが刻まれる音がする。
焼き上がる前に、シンクに溜まった食器やフライパンなどを洗う。
頭の中では宇多田ヒカルの「光」のプロモーションビデオが再生される。
あそこに映し出されている食器よりは丁寧に洗っているつもりだ。
「チンッ」
パンが焼き上がった事を知らせる音が鳴る。
それを白いプレートに乗せ、コーヒーをコップに注ぐ。
しるし程度に砂糖と、牛乳を入れる。
それらはあっという間に僕の胃袋の中に流し込まれる。
ラジオからは無害な音楽が流れ続けている。
家族と話をしたいなと思っていたので、
まずは祖父に電話をする事にした。
「トゥルル」
呼び出し音が鳴る。
「はい」
祖父の声が聞こえる。
名字を名乗らないのは詐欺の電話を予防してのことだそう。
僕が名前を名乗ると、「おー元気か?」と僕よりも覇気のある声だった。
僕が電話をするといつも喜んでくれる。
一緒に住んでいた頃は、普通にしていた会話なのに、
距離があると、電話をかけるなどのワンアクション必要だ。
それが手間となり、連絡をすることが減ってしまう。
いつもと同じような話をする。
体調はどうだ?次はいつ帰ってくるのか?
酒ばかり飲むなよ。
祖父とひとしきり話をした後は祖母と話をする。
声に張りがあって、元気がいいようだ。
「まだ80歳になってないからね」彼女は言う。
祖父と話をしたようなことを祖母とも話をする。
すると電話の向こうで祖父は、僕が答える前に祖母に返事をしていて可笑しかった。
また祖父と少し話をしてから電話を切った。
「元気でな、また電話してくれよ」と彼は嬉しそうに言った。
ディスプレイを見ると15分も話はしていなかったけど、
きっと時間の長さは問題ではないだろう。
その後、実家に電話をかける。祖父母は別の棟に住んでいるのだ。
「はい」
父親が受話器を取ったようだ。
祖父と話をした際に、父はでかけたということを聞いていたので多少驚いた。
「変わりはない?」と聞くと元気にやっているようなことを言っていた。
これから近所にある幼稚園の卒園式に行ってビデオを撮るらしい。
身内に卒園する者など誰もいないのに、だ。
今も昔も彼は変わらない。
その後、母親と電話を変わった。
最近はどうだ?元気か?と聞く。
花粉症にやられているらしく、声がくもっている。
最近、家に誰それが子供を連れてきてくれたんだ、とか
先週は家族みんなで少し早い花見に行ったんだ、と彼女は言った。
「『facebook』で見てるよ」と僕は答えた。
すると、突然「鯖には生姜を入れないとだめだよ」と彼女は言った。
「え?」と聞き返すと、どうやら先日の僕の日記を読んでの事らしい。
生姜を入れないと魚の臭みがとれないよ、と僕の懸念していた事を指摘された。
台所で一緒に料理していて、その場で指摘されるような、嫁と姑の会話のようだ。
ひとしきり、30分ほど話をしてから電話を切った。
僕はウッドデッキに座り、煙草を吸いながら電話をしていたのだけど、
気分は今日の天気のように風もなく朗らかで、温かだった。
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