2013年3月31日日曜日

2013年3月28日木曜日

train

「あんなお酒の飲み方しちゃだめだよ」
「うん、水曜日からお酒飲んじゃだめだよね」
彼の胸に体を預けながら彼女は言った。
終電手前の地下鉄車内、ラッシュ程の混みようではないが、
仕事で疲れきった会社員たちで車内は溢れている。

「気持ち悪いの?」
彼が気遣うように言うと、彼女は少し顔を上げて彼に視線を投げ掛ける。
「大丈夫だよ、でも飲み過ぎたみたい」
顔を紅潮させて、少し鼻にかかったような声で彼女は答えた。
しかし、生まれたての子鹿のように膝が言う事を利かないようだ。
彼の支えがなくては彼女は立っていられない様子だ。

「どうやってお酒をたくさん飲めるようになったの?」
彼女が彼に問いかける。
「俺の親父がさ、酒飲みだったんだ。ごく控えめに言ってもすごい量を飲んでいた」
「そんな姿を間近で見ていたら、いつの間にか飲めるようになっていたんだ、親父のようにはなりたくないって思っていたのにね」
「私はまだ21歳だから、これからお酒の飲み方を覚えなきゃ」
「とりあえず、ずっとグラスを手に持っているような飲み方はやめたほうがいい。
もうしゃべらないでいいから楽にしていていいよ」

彼女は安心しきったように彼に体を預けた。
彼は窓に映る自分の顔を見て少し笑った。

時計は深夜12時を回っていた。

2013年3月25日月曜日

from friend

久々に連絡を取った友人と、食事をすることになった。
お店の予約は19時にしたのだけど、その前にちょっと散歩しないか?と言う。
「カメラを持ってさ、公園でも行こうよ」彼は言った。
僕は彼がそこまでカメラが好きだとは知らなかった。

HANAと一緒に家を出た。
食事予定の3時間前に代々木公園で落ち合った。
彼はデジタル一眼レフカメラを肩から下げていた。
相変わらず背が高くてスタイリッシュだ。

「久しぶりだね、でもそんな気もしないね」
久々に会う友人たちへの第一声は大概がこれだ。
僕は、友人から譲り受けたTC-1を彼に見せた。
フィルムカメラを持ってきた僕に彼は驚いた様子だった。

若干日の暮れかけた時刻ではあったけど、春の陽気が気持ちいい。
僕はアウターを脱いで手に持った。
代々木公園にきた事がないという彼は、
芝生で寝転がっている人や、ギターの練習をしている人などを
不思議そうな顔をして眺めていた。

明治神宮方面から歩いて行って、噴水を抜け芝生の上を歩き、
ドッグランをしばらく眺める。
代々木公園のドッグランは大型犬、中型犬、小型犬、超小型犬と分かれている。
休日の、晴れた日のわりには人、犬が少なかった。

そこを後にすると、人通りの少ないコンクリートの道へと出た。
「ここで使えそうだな」と言って、僕はリュックサックに入れていたpennyを取り出した。
リュックサックから取り出したそれに、彼は驚いた様子だったけれど
「昔ちょっとかじっていたことがあるんだ」と彼は言って
それを地に這わせると、でかい体を巧みに操ってスイスイと漕ぎ出した。
僕は彼から預かったカメラを借りて、一眼レフの面白さに興奮していた。


僕らの他にもカラフルなpennyを使って遊んでいる人が多く見られた。
HANAは「私もやりたい」と言って上着を脱いだ。
片足をボードに乗せ、まるで小さな子供が初めて自転車に乗るようにそっと進みだした。
「意外に乗れるわ」と言ったのもつかの間、
ある瞬間に彼女の体は宙に浮かんだ。
そして自然の摂理に乗っ取って体はコンクリートの地面に叩き付けられた。
まったくスピードは出ていなかったものの、
受け身を全く取らずに落下したためか、彼女はしばらくその場から動けなくなった。
転んだ事を現実として受け止められない子供のようだ。
実際彼女の肘は擦り剥け、腰から太ももを強打しており、目には涙を浮かべていた。

それでも彼女は負けず嫌いな性分で、その後も何度もトライしていた。
僕はそんな彼女をファインダー越しに見つめシャッターを切った。
日が暮れ、肌寒くなった頃、ボードに乗る事をやめ僕たちは渋谷の雑踏へと消えて行った。



後日、彼から写真が送られてきた。
一部を拝借して、ここに載せる。














2013年3月16日土曜日

電話

休日にしては、比較的早く目が覚めた。
枕元に置かれたiPhoneを手にとり、
それぞれのアプリを起動してニュースやらSNSを徘徊する。
特に注意をひく出来事はなかった。
隣で寝ているHANAを起こさないようにこっそりとベッドを抜け出した。

キッチンのシンクには、昨日の夕飯の支度をした残骸が残っていた。
まずは、コーヒーを淹れる。
「ボコボコ」
と水が沸騰し、挽かれたコーヒー豆を通過して行く。
ラジオと相まって、そんな音が流れる。
オーブントースターに、チーズを乗せた食パンを投げ込み、タイマーをセットする。
「ジジジジ」
とメモリが刻まれる音がする。

焼き上がる前に、シンクに溜まった食器やフライパンなどを洗う。
頭の中では宇多田ヒカルの「光」のプロモーションビデオが再生される。
あそこに映し出されている食器よりは丁寧に洗っているつもりだ。

「チンッ」
パンが焼き上がった事を知らせる音が鳴る。
それを白いプレートに乗せ、コーヒーをコップに注ぐ。
しるし程度に砂糖と、牛乳を入れる。

それらはあっという間に僕の胃袋の中に流し込まれる。
ラジオからは無害な音楽が流れ続けている。


家族と話をしたいなと思っていたので、
まずは祖父に電話をする事にした。

「トゥルル」
呼び出し音が鳴る。

「はい」
祖父の声が聞こえる。
名字を名乗らないのは詐欺の電話を予防してのことだそう。
僕が名前を名乗ると、「おー元気か?」と僕よりも覇気のある声だった。
僕が電話をするといつも喜んでくれる。
一緒に住んでいた頃は、普通にしていた会話なのに、
距離があると、電話をかけるなどのワンアクション必要だ。
それが手間となり、連絡をすることが減ってしまう。

いつもと同じような話をする。
体調はどうだ?次はいつ帰ってくるのか?
酒ばかり飲むなよ。

祖父とひとしきり話をした後は祖母と話をする。
声に張りがあって、元気がいいようだ。
「まだ80歳になってないからね」彼女は言う。
祖父と話をしたようなことを祖母とも話をする。
すると電話の向こうで祖父は、僕が答える前に祖母に返事をしていて可笑しかった。

また祖父と少し話をしてから電話を切った。
「元気でな、また電話してくれよ」と彼は嬉しそうに言った。
ディスプレイを見ると15分も話はしていなかったけど、
きっと時間の長さは問題ではないだろう。

その後、実家に電話をかける。祖父母は別の棟に住んでいるのだ。
「はい」
父親が受話器を取ったようだ。
祖父と話をした際に、父はでかけたということを聞いていたので多少驚いた。
「変わりはない?」と聞くと元気にやっているようなことを言っていた。
これから近所にある幼稚園の卒園式に行ってビデオを撮るらしい。
身内に卒園する者など誰もいないのに、だ。
今も昔も彼は変わらない。

その後、母親と電話を変わった。
最近はどうだ?元気か?と聞く。
花粉症にやられているらしく、声がくもっている。
最近、家に誰それが子供を連れてきてくれたんだ、とか
先週は家族みんなで少し早い花見に行ったんだ、と彼女は言った。
「『facebook』で見てるよ」と僕は答えた。

すると、突然「鯖には生姜を入れないとだめだよ」と彼女は言った。
「え?」と聞き返すと、どうやら先日の僕の日記を読んでの事らしい。
生姜を入れないと魚の臭みがとれないよ、と僕の懸念していた事を指摘された。
台所で一緒に料理していて、その場で指摘されるような、嫁と姑の会話のようだ。

ひとしきり、30分ほど話をしてから電話を切った。
僕はウッドデッキに座り、煙草を吸いながら電話をしていたのだけど、
気分は今日の天気のように風もなく朗らかで、温かだった。

2013年3月10日日曜日

自転車

目を覚ますと、hanaは既に仕事に出かけていた。
とある大学の施設を貸し切ってのイベントのための休日出勤だ。

僕は、1階に降りて顔を洗い、朝食とも昼食ともならない食事をとった。
ラジオをつける。パンを二つトースターに入れる。
オレンジジュースをコップに入れて飲む。

テレビを見なくなってからラジオでの生活が続いている。
聴覚だけの情報で、物足りないかとも思ったのだけど、
意外にも天気予報は聞き逃さなかったり、ニュースもちゃんと聞けて捗る。

溜まっていた食器の洗い物と、洗濯物を片付ける。
寒さも和らいできて、洗濯物も早く乾きそうだった。

新居にはベランダはないのだけど、ウッドデッキがある。
そこには蛇口がついていて、元々ホースがついていたので、
それを使って庭に水を撒くことができた。
子供の頃、玄関の前にある小さな庭に向かって水を撒いていた、あの頃と同じだ。
至福の時。
ホースの口をすぼませて、勢いをつけ、遠くにまで水を撒く。
プランターに植えたチューリップの球根からは順調に芽が生えてきた。
春を待ちわびる自然の印だ。

部屋の窓をすべて開け放って、掃除機をかける。
コードレスなので、階段の上り下りも楽にできる。

タバコを吸って休憩してから、自転車に乗って青山へと向かった。
家を出て、駒沢通りを突き進み、246を渋谷方向へ。
駅前のスクランブル交差点を突っ切り青山通りまで出る。
シャツを1枚とTシャツを着ていたのだけど、途中からはTシャツ一枚だった。
それでも汗をかく。

目的の大学につくと、初めて校内に入った。
そもそも大学という施設に入る事自体が稀だった。
hanaと連絡をとりあい、イベントスペースに入る。
数年前まで働いていた会社のイベントであるので、
中を歩いていると、知った顔がちらほらと見えた。
結婚式ぶりに会う知人とも話が出来た。

基本的に女性をターゲットとしたイベントで、
hanaに会う事だけが目的だったようなものなので、すぐに出た。
そもそも一人でうろつく男がそんなにいない会場だったのだ。

自転車に乗って、YANOBETTYの写真展へと行った。
一度行ったことのあるギャラリーだったので、迷わずに行くことができた。
ギャラリーにつくと、まじまじと彼の作品を見た。
彼自身のプロフィールが数行で書かれている。
そのうちそのプロフィールにもキャリアが追加されていくことだろう。

手作りのZINEがあったので見てみると、自分が写っていた。
hanaにも見てもらおうと思って一冊購入した。


ギャラリーを後にすると、牛丼屋で軽く腹ごしらえをして、代々木上原へ向かった。
初台に住んでいた頃によく通っていたKUMBAはお香のお店で、
店に近づくにつれてお香の香りが漂ってくる。
店に入って、ファイリングされたお香を眺める。
それぞれのお香にはキャッチーな名前が付けられていて、
気になった名前を見つけると、それをファイルから取り出して匂いをかいだ。
その昔友人は、自分の好きな人の名前をその中から見つけて購入していた。
僕は『take a break』という名前のお香と、セージを買った。

店を出ると、外は暗かった。
自転車を適当に走らせると、見慣れない道だった。
特に急ぐ必要もなかった僕はそのまま流れに任せて道を進んだ。
そのうち見覚えのある道へと出た。
そして、下北沢、三軒茶屋、駒沢を抜けて上野毛に帰った。

家に帰ると、セージを炊いた。予想以上の煙がもくもくと部屋に立ちこめた。

米をといでご飯を炊き、南瓜を煮付け、
じゃがいもとタマネギとベーコンを炒めたジャーマンポテトを作った。
hanaが仕事から戻ってきて、ご飯も炊けた。

hanaが買ってきたビールで乾杯し、ささやかにお疲れさま会が開かれた。



自転車に乗って今度はどこへ行こうか。

2013年3月6日水曜日

土曜日

土曜。
午前中から呼び鈴が鳴る。
僕がベッドから這い出ようとすると、それを制止してhanaが颯爽とベッドから飛び出した。
しばらくして寝室に戻ってきたが、その手にはmission work shopのリュックサックがあった。
「ハッピーバースデー」
それは僕に手渡された。

僕の誕生日はバレンタインデーであるから、2週間越しの誕生日プレゼントだった。
誕生日の前に、何が欲しいかと聞かれ、「あなたといる時間が欲しい」などと
臭い台詞を吐いた後に、実際的な話としてリュックサックが欲しいとリクエストしたのだった。
どんなものが欲しいのかという話をした際にさらっと言っていたものを
見事に購入してくれていた。
ただし、海外のブランドで、国内での取り扱いが限られているので取り寄せに時間がかかったようだった。

僕もベッドを出て、それを背負いニンマリとした。
「ありがとう」
低血圧で寝起きは機能しない僕であるけれど、元気のよい声でお礼を言った。

14時から友人と出かける予定があったhanaに合わせて、僕も家を出た。
日差しが暖かく、どこか春の匂いを感じさせた。
渋谷で別れると、僕は久々に一人で街を徘徊した。

基本的に移動手段として徒歩か自転車を選ぶ僕であるので、
渋谷から原宿方面へと歩いた。
古着屋を見たり、インテリアショップに入った。
昼食を食べていなかったので、ラーメン屋へ入り、食べた。

ラフォーレ前の交差点にあるシカゴでプレーンなセーター、チェックのシャツ、
迷彩柄のシャツを試着した。
どれもこれも怒り肩の僕には似合わなかったが、迷彩柄のものだけは許容範囲で
1000円という値段にも惹かれ、それだけ購入した。
原宿駅まで歩いて行き、電車に乗って新宿へと向かった。

hanaと伊勢丹の前で待ち合わせ、バルト9へ行った。
映画『TED』を観るためだった。
ほぼ満員だった。
上映中、過剰な下ネタに反応する場内。
15歳以上閲覧不可の理由を知った。

映画館を出ると、外は暗く、昼間の暖かさは風とともに吹き飛んでいた。
マフラーを口元まで上げて足を速めた。
伊勢丹の地下でhanaはコスメを買い、
日曜日に会う友人の新居祝いにと、洒落たラベルのワインを買った。

家に帰ると、途中でスーパーに寄って夕飯の買い物をした。
味付けご飯と魚の煮付け、それとマカロニサラダが夕飯のメニューだ。
二人でキッチンに立ち、準備をした。
二人でテキパキと準備をするのは気持ちがいい。
ただの素材だったものが、調理され料理へと変貌していく。
テーブルに出来上がったものが並び、お茶を淹れた。
「いただきます」

「ごちそうさま」

洗い物をささっと済ませ、ラジオを聞きながら時間を過ごす。
そうして二人の一日が終わった。