カッパドキアの奇怪な岩を、上空から眺めるとどうなるのだろう?
古代の人たちもそのように思ったに違いない。
現代では、気球に乗るという方法でそれをクリアできる。
朝早く、6時頃に目を覚ました。辺りはまだぼんやり薄暗い。
唐突に部屋のドアを叩く音がする。
「気球ツアーの集合時間ですよ」
意外にも朝早くから働くトルコ人にたしなめられ、 いそいそと出かける準備をする。
受付場所まで車で行くと、世界各国から多くの人が集まっていた。
果たして今日の天候はどうなのか、気温は高いのか低いのか。
みなそれぞれが情報をかき集めた結果、 ノースリーブの人もいれば、 ウインドブレーカーを着込んだ人もいた。
僕は長袖のシャツを羽織りHANAはパーカーを着ていた。
受付のコテージのようなところでは、 モーニングが用意されており、
僕たちは果物とコーヒーを手に取り時間を待った。
しばらくすると、用意ができたようで、 決められた乗客数の気球に合わせて集合し
車に乗って高原へと向かった。
20分程走ると人家は消え、だだっ広いところへと出た。
そこでは今まさに、 巨大なガスバーナーのようなもので気球を膨らませているところだ った。
「ヴォー」
静かな大地に鳴り響く。
地面にべったりとついていたバルーンが次第に宙へと上がって、 イメージ通りの気球の形となった。
気球の操縦士は陽気な白人で、 どうやら自分の子供に、準備の手伝いをさせているらしい。
パフォーマンスなのか、SL機関車の汽笛のように、
その子供がバーナーのレバーを何度も引いて轟音を鳴らしていた。
気球のバスケット部分には、 4人程度が乗れるように区分けされていて
思っていたよりもかなりゆったりとした作りになっていた。
計15人程が乗り込むと、気球は静かに大地から離れていった。
それぞれの国の人たちが、それぞれに感嘆の声を上げた。
空から眺めるカッパドキア。
低い位置から静かに朝日が山々を照らす。
何千年と繰り返されているであろう光景の一日を体験する。
高度はどのくらいなのか分からないけれど、 人が豆粒に見えるくらいの高さになった。
時折、陽気な操縦士は英語でジョークを言っては、 英語圏の人たちを笑わせていた。
辺りを見渡すと、色とりどりの気球が至る所に浮かんでいる。
何十もの気球が浮かぶ姿は実に壮大で、どこかで「 amazing…」と聞こえた。
ドイツ人の親子がいたのだけれど、子供が終止泣いていた。
母親が抱きしめて慰め、 父親は高そうな一眼レフで何度も風景の写真を撮っていた。
台形の形をした山の向こうから、朝日が上る。
静寂が辺りを包む。
だれも言葉を発しない。
息をのむ。
圧倒的なものを見たときには、人はなにも言わなくなるようだ。
1時間程の空中遊覧も、体感的にはものすごく短かった。
陽気な操縦士はトランシーバーで地上のクルーと連絡をとり、着地ポイントを見定めていた。
気球は次第に地表に近づいていく。気球の影がくっきりと形作られる。
「しっかりとクッションにつかまるように」とアナウンスされ、乗客が一瞬緊張する。
器用な操縦によって車の荷台に気球のかごが乗っかると、地上にいたクルーがバルーンの回収にとりかかる。
誰からともなく拍手が起こり、みんなで感動を分かち合った。
着陸と同時にテーブルが用意され、どこからともなくシャンパンと人数分のグラスが持ち込まれる。
それぞれの手にグラスが行き渡り乾杯をした。
すがすがしい朝に、何もない高原のど真ん中で世界各地の人間たちが一つになっていた。
このときの高揚感はアルコールのせいだけじゃないはずだ。
車でホテルまで戻り、朝食をとった。
昨日話しかけてきたホテルのオーナーは、今日も話しかけてきた。
気球に乗ったことを話すと、満足したようで違うテーブルに移っていった。
時折、野良猫が足下にすり寄ってきた。トルコには猫がたくさんいた。
日本の猫と違い、すごく人懐っこい。トルコの国民性を表しているのかもしれない。
部屋に戻って身支度を整えると、レンタサイクル屋に行って自転車を2台借りた。
かなり適当に書かれた地図を片手に出発して、少し心配だったけれど、
基本的に直進しかないので、ひたすらにペダルをこいだ。
目的の場所、適当に進んだ道。ただひたすらに走り、時々立ち止まって水を飲んだ。
進んでも進んでも、奇怪な山たちは僕たちの目を楽しませた。
10キロ先の町にも行った。
汗だくになりながら、ひたすらに続く長い道を進んでいく。
腕まくりをした、普段日のあたらない箇所は、まるでやけどのように赤くなっていく。
やっと町にたどり着くと、すぐさまエアコンの効いたレストランに入った。
日本人に親切なトルコ人たちは、入れ替わり立ち代わり僕たちに質問をし、
また、日本製のバイクがいかに優れているかをプレゼンしていた。
食事を終えると、川にかかった吊り橋を渡り、緑道にあるベンチで休んだ。
通りかかる人たちが、僕たちを物珍しそうに見ている。
どこからきたの?コリアン?アニョハセヨ
アイムジャパニーズ。こんにちは。
僕は決まって答える。
僕の返事に彼らが満足したのかどうかはわからない。
そもそも彼らにとっては僕の答えなどどうでもいいのかもしれない。
目的がある10キロはがんばれても、帰るだけの10キロはただただ苦痛であった。
太陽光を遮るもののない直線の10キロ。
時刻は正午を過ぎ、太陽が一日の中で一番熱量を発する時間帯だ。
体の奥底から水分と休憩と、日陰を所望した。
あと3キロというところでようやく木陰を見つけて思わず腰を下ろした。
サンダルを脱ぎ捨てると、ストラップに沿って日に焼けているのがわかる。むしろ焦げている。
汗腺の穴という穴から汗が噴き出し、体の異常を感じる。
最後の力を振り絞り、ギョレメへと戻る。
当初自転車のレンタル時間はあと3時間程あったし、
夕焼けをローズバレーで見るというプランではあったけれど
今僕たちに必要なのは、きれいな景色ではなく、休憩とビールだった。
町をふらふらと歩いていると、クラクションを延々と鳴らし続ける車の列が向こうからやってきた。
トルコにも暴走族がいるのかと、意外に思っていると、どうやらそうではないらしい。
車の中から僕たちのほうへ笑顔で手をふる人の姿が見える。
いったいなんだろう?
一台の車に目がとまる。車全体にリボンが巻かれていて、車内にはドレスを着た人が見える。
結婚式のパレードだ!HANAが言った。
式を終えた夫婦が、車で町を回っているところだったのだ。
遠い異国の地で、一瞬しか見る事のない花嫁の姿に、とても温かいものを感じた。
トルコという国が好きになった。
この日、カッパドキアを離れる事になっていたので、土産物屋を物色し、キリム絨毯の店にも入った。
店の奥の方で、店員が手招きをしている。向かいには日本人とおぼしき女性二人が座っていた。
絨毯を買ったら、ワインを飲もうと誘われたので、飲んでいるところだ、と彼女たちは言った。
僕たちも便乗してワインをいただくことになった。
埼玉から来たという二人と
過去に華道家の娘と交際していたという絨毯屋のおじさんとの奇妙な宴会が始まった。
そのうち中国人のカップルも、店内で絨毯を見ていたはずなのにいつのまにかワインを飲んでいた。
サイクリングで疲れきった体においしいワインが染み渡ったということもあり
気に入った絨毯を見つけると値段交渉をして、だいぶ安い値段でキリム絨毯を手に入れることができた。
埼玉の二人は帰り際おじさんに口説かれていた。
僕たちもバスの時間があったので帰った。とくに口説かれなかった。
ホテルをチェックアウトすると、バスターミナルへと向かった。
パムッカレ行きのバスを待つ。
これから10時間のロングライドだ。
薄くアルコールが支配する頭の中で、カッパドキアに静かにお別れをする。
バイバイ カッパドキア
テシェッキュル カッパドキア
バスに乗り込むと座席に深く腰を下ろし、やがて深く眠りについた。
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