2012年7月24日火曜日

1st day




仕事から家に帰ると、部屋の明かりが点いていなかった。
日付が13日から14日に変わる。深夜12時だ。
突然降り出した大雨で、服や鞄がびしょ濡れになっている。
やれやれ。明日も着ていくつもりの服だったのに。

部屋の中には、HANAが旅支度を完璧に終わらせたスーツケースが、
しつけの良い犬のように鎮座している。
僕のボストンバッグには、おさめられるべきものがまだおさまっていない。

トルコの気温を調べると、30度を越す日々が続いていた。
僕はTシャツを7枚とショートパンツ、海水パンツを鞄に詰め込んだ。
それからしばらくクローゼットを睨む。
しばらく考えて、ヤマさんのチノパンを持っていく事にした。
トルコの景色をヤマさんにも見てもらおうと思った。

3時を回った頃、玄関のほうからドアを開ける音が聞こえた。
HANAが疲れきった顔で帰ってきた。
それでも顔はどこかほころんでいて、
数時間後に控えた旅立ちを心待ちにしているようだ。

HANAが買ってきたビールで乾杯をする。
少しアルコールの入った頭で、僕は準備を済ませていった。
飛行機の中で読むつもりで、村上春樹の「遠い太鼓」を鞄に入れた。
その他にも数冊小説を用意した。

休憩のつもりで横になったソファで寝てしまい、気づいたら起床する時間になっていた。
パスポートとチケットがあれば、あとはどうなっても問題ない。
まだ余裕のあるボストンバッグを片手に、HANAと家を出た。

駅まで歩く道が、普段とは違って見える。
空はいつもより高く感じられ、重い荷物を持っているはずなのに足取りは軽かった。
地下鉄で渋谷に出ると、HANAが予約していた成田エクスプレスで空港へと向かった。
車内の人たちは、みなそれぞれどこかに旅をする人たちなのだ、と思うとワクワクした。
空港につくと、一通り必要な手続きを済ませ軽く食事をとった。
通された席からは、長い滑走路から飛び立つ飛行機の姿が見えた。
数時間後には僕もその飛行機の中だ。
離陸する瞬間の体にかかる重みを想像しては心臓の鼓動が早まるのを感じた。

食事を終えると出国手続きをし、44番ゲートへと向かった。
出発の時間は遅れており、ベンチでは外国人が4人分の座席を陣取って居眠りをしていた。
僕とHANAはそれぞれ一人分の席に座り、じっと時がくるのを待っていた。

入場のアナウンスが鳴り、ゲートをくぐる。
飛行機に乗る瞬間の、どこか既に異国を感じるあの空間。
外国人のキャビンアテンダント。
優雅なビジネスクラスを横目に、僕たちの席へとつく。
手荷物は座席の下に置いておく、とHANAが言うので僕もそれに習った。
首が疲れないように、既に枕をスタンバイさせている。
旅慣れた彼女はとても生き生きしてみえる。

出発のアナウンスが英語、トルコ語、日本語と続いた。
僕らを乗せた飛行機が猛スピードで滑走路を走っていき、
そして青空へと飛んでいった。




11時間のフライトを終え、飛行機はイスタンブールへと到着した。
僕たちは国内で乗り換えがあるために、荷物は受け取らず手続きを済ませていった。
空港内にある食堂で、おいしそうなパンと、エフェスビールを買った。
トルコでの初の食事だ。

出発の時間まで余裕があったので、ふらふらと空港内を散歩した。
窓口に向かって大声で怒鳴り散らす人。
黒い衣装をまとった人。
家族で団らんを楽しむ人。
それぞれがそれぞれの時間を過ごしていた。

出発の時間になり、飛行機に乗った。
カッパドキアに向かうためのカイセリ空港を目指す。
隣の席に座ったおじいさんは、体がとても大きく、小さな窓を塞いでしまい
外の様子はまったく見る事ができなかった。


1時間と少しで目的の空港へついた。
入国審査を通って外に出ると、プラカードを持った人たちで溢れていた。
それぞれに名前が書いてある。ホテルまでの送迎をしてくれる人たちだった。
僕たちの名前をその中から見つけると、車へと案内された。
既に車には数人乗っていた。

空港のにぎやかな喧噪を車は猛スピードで抜けていく。
しばらくすると、ネオンは遠くへ消えていった。
夜の10時を過ぎていたので辺りは暗く、様子を伺う事はできなかったけれど、
だんだんと人里から離れていく気配はあった。
そして、舗装された道からでこぼこした道へと変わり、
外の景色は暗がりでもわかる程に一変した。
見た事のない荒野。
とんがった岩肌。
車はそんな所をスイスイと走り、坂道を上り、停車した。
外観は洞窟だ。でもそれがホテルだ。

車はそれぞれ、ホテルの前で止まっていく。

車から一人、また一人と降りていく。
最後に、僕たちの泊まるホテルに到着した。
カルバンサライ ケイブホテル。
チェックインを済ませると早速部屋に案内される。
洞窟に作られた部屋。
敷物にはキリムの絨毯。
小さなテーブルに、僕たちの新婚旅行を祝うために、
ホテルが用意してくれたワインがかわいらしい花とともに置かれていた。

二人は顔を見合わせると思わず抱きついた。
夢にまでみた新婚旅行。
顔の似た夫婦が、ここ一番の笑顔を見せていたに違いない。
窓の向こうには、壮大なカッパドキアの片鱗が顔をのぞかせている。



僕たちの旅は始まった。

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