街灯のないこの島で、朝の5時に起きてランニングをするというのはちょっと難しい、ということを理解したので辺りが明るくなるまでベッドで過ごすことにした。
空は雲に覆われている。しかしうっすらと青空も顔を覗かせているので、なんとでもなるだろうと思った。それが島の天気というものなのだろう。
この日は花さんたっての希望で、朝からカヤックツアーに行くことになっていた。
汚れてもいい服装でということで各々が支度をし、朝ごはんを食べた。ビュッフェは気の利いたパンケーキや美味しい果物、ご当地のおかずがたくさんあり、満足感でいっぱいになった。しかしこれからしばらくの間はトイレに行くことはできないからと控えめにしておいた。
ホテルのロビーに集合し、ガイドというのかインストラクターというのか、その人と待ち合わせることになっていた。我々は汚れてもいい普段着、という感じだったのだけど、そこに集まった他の家族は「ガチ」だった。水遊び対策バッチリで、そのまま川にダイブできる、といった出立ちだった。
ツアーへの解像度が甘かったと僕は思ったが、そもそもそんな服は持ってきてないし、仕方がない。理子も着衣水泳を学校でやってきたことだし、甘んじて濡れてしまおうと腹をくくった。しかしながらそのガイドさんは「あぁあ」と言った表情をしていた。
我々はワゴン車に乗り込んだ。そのシートには防水シートが備え付けられており、これから全身がびしょびしょになることが容易に想像できる。
車を走らせながらガイドは端的に説明をし、すべき説明が終わると静かになった。機嫌が悪いのか、そもそも寡黙なタイプなのかはわからない。
目的地に着くと、まずは靴を履き替えた。濡れた岩場でも滑りにくくなるらしい。
それからオールの使い方、方向転換の方法などを軽くレクチャーを受けた。どうやらこのツアーの同行者の中に経験者も混じっているようで、その人たちが先頭に行くことになった。カヤックは二人乗りで、僕と理子がペアになった。理子は前、僕は後ろの席である。
茂みの中を進んでいくと海に出た。浅瀬とはいえ既に膝は水に浸かっている。僕は長ズボンを履いていたので、すでにびしょ濡れである。
まずカヤックに乗る方法から手ほどきを受けた。
西表島でカヤックなんて、「水曜どうでしょう」そのものじゃないか、マングローブの中を進んでいくヤスケンの姿が思い浮かんだ。
進行と旋回の練習をしてから、早速漕いで進んでいくことになったのだけど、僕と理子ペアはいつのまにか最後尾になっていた。
左に曲がりたいからこっちのオールを・・・と頭で考えていると違う方向に流されていってしまう。花さんと玲チームは順調にガイドの後ろをついて行っていた。
マングローブの枝が入り組んでいて、それを避けなら進んでいかなくてはならない。その生い茂る枝の中に突っ込んでいってしまったり、行きたくない方向に流されてしまったり。しまいにはガイドさんのカヤックにロープをくくりつけて誘導される始末だった。
なんとか集団に加わって目的地へ到着。下半身は下着までぐっしょり濡れながら、滑る岩場をなんとか進み、小さな滝壺に到着した。きちんと対策をした人たちはその滝壺にダイブしたり滝をバックに記念撮影をしていた。
花さんと理子も果敢に攻めて、滝をバックに撮影をしていた。うらやましい。
帰りの時間帯は潮の満ち引きと前日の雨の影響で水嵩が増していて行きよりも難易度が上がっているとのことだった。チーム編成を変更し、僕と玲チームで行くことになった。
このチームは僕にはマッチしているようだった。前の席に陣取った玲が指であっち、こっちと指図するのだけど、そんな単純な指示があるだけで意外とスムーズに舵をとることができるのだった。
逆に指示とは違うことをしてしまうと「違う違う、なんで~」と叱責を受けた。
しかし自分の力で進む感覚とコントロールできない具合が妙に楽しいものである。
あっという間に体験の時間は終わり、カヤックから降りてまた車に戻る。帰り道もガイドは静かだった。南国の島のガイドとはいえいろんな人がいるものである。
でもこの経験自体はとてもいいものだった。また機会があればぜひやってみたいなと思う。
その後ホテルに帰り、シャワーを浴びて着替えをした。一休みするともう昼食の時間だ。
ホテル近くの唐変木という店に行ってみたが、どうやら店員さんが一人で切り盛りしているらしい。店先の椅子に座って待っていると、「今11人を中に入れたばかりだから時間がかかるよ」と我々に伝えた。
その返事として「かまわないですよ~」と言ったが店員のお婆さんは悲しそうな顔をした。きっとしんどいのだろう。
しばらくするともう一組の家族がやってきた。僕は親切心を出して、「どうやら相当待つみたいですよ」と伝えたが彼らも待つことを選んだようだ。
蚊がブンブンと飛ぶし、もういいかという気持ちになってしまったのでその場を離れてホテルで食べることにした。先ほどの家族は待つことにしたらしい。
ホテルの昼食としては安めな1000円という値段だったけど、キーマカレーかタコライスという2種だった。実に潔い。
食事を終えると、自転車を借りて散策することにした。これは理子に借りたものも電動だったのだけど、スムーズに運転できた。
いつか聞いたことのある、星の形をした砂のあるところへー
そこは他の砂浜とは踏み心地が異なった。他の場所がすうっと沈み込むとしたら、こちらの砂浜は少しジャリッとしている。手についた砂を良くみてみるとヒトデみたいに、確かに星の形をしている砂だった。砂の一粒が見分けられるほどの大きさということでもある。これはすごい!と素直に思った。
近くにある店で花さんは海中を観察するためのグッズを借りてきてくれた。ライフジャケットと透明なプラスチックの虫カゴのようなもので、それを海に沈めて観察するわけだ。
4人は海に入れる格好になって早速入ってみた。しかしサンダルの中にその星の砂が入り込んでチクチクと痛い。しまいには裸足になったり、やっぱり履いたりといい塩梅を探しながら海に入った。
浅瀬で観察していると小さな綺麗な青色をした魚がたくさん見つけられた。そのほかにも白かったり透明のように見える魚だったり黒かったり。魚の宝庫だ。
僕は水中眼鏡をして潜ってみた。すると自分の目の前を魚群がサーっと横切っていった。これは素晴らしいものを見たと感動した。こうやって南国の海に魅せられてハマっていく人はたくさんいるだろうと容易に想像ができる。
テレビやガイドブック、メディアで取り上げられるリゾート地とかに、どこか偏見のようなものを持っていた時期もあったのだけど、世間的にいいと言われている場所には魅力が確かに存在するのだった。バリに行った時も同じことを思った。
この日はよく晴れれていた。照りつける太陽の存在を島に滞在中はすっかり忘れていた。容赦無く肌を焼いていた。
砂浜に小さなくぼみがあって、そこには小さな貝や珊瑚のかけらが詰まっていて、小さな宇宙を見ているようだった。そういえばこのビーチの名前は星砂の浜だった。
次の予定の時間もあり、名残おしいがビーチを後にした。疲れ切った体に電動自転車は素晴らしい働きをしていた。
ホテルに帰ると、各々が思うままに過ごしていた。花さんはマッサージへ、理子はYouTubeを、そして玲はなぜか学校の宿題をしていた。本当に面白い子である。
僕はベランダにでてぼーっと海を眺めていた。晴れ間を見ることが少なかったから青い空と海が繋がっている景色を目に焼き付けたかったのだ。それはやはりとても美しいものだった。
その後19時を大きく回った頃、ホテルのプールを抜けてビーチへにでて夕日を見ることにした。この時間でもまだ太陽は沈んでいなかった。
いろんな家族やカップルがいて、思い思いに過ごしていた。僕は適当な場所に腰を下ろし、夕陽に照らされてシルエットだけ見える人々の姿を眺めていた。
双子の女の子たちが仲良く手を繋ぎ寄せては返す波を楽しんでいる。男の子は砂の城を作っている。ワンピースを着た女性の裾が風でゆらゆらと揺れている。
世界が永遠と感じられるような時間だったが、徐々に沈んでいく太陽が時間は止まってないということを告げている。
やがて太陽は海面に道を作ってから雲に隠れてしまった。完全に陽が溶けて沈んでいくところは見ることはできなかったけど、完璧じゃないというのがいいよなと思った。
その後、夕飯を食べにいくのだけど、ホテルまで送迎の車が来ていた。素晴らしいシステムだ。店についてからわかったのだけど、ホテルに帰る定期便もしっかりとでていた。
旅の最後の夜である。サンダルを脱ぎ、畳の席に案内された。ビールを飲み、ビールを飲み、ビールを飲んだ。お通しにでてきたパイナップルはとても美味しく、ピザを食べ、刺身を食べ、もずくキムチというものを食べた。どれも美味しかった。いつも旅の終わりに振り返りをするのだけど、今回のハイライトはやはり「話はきかせてもらった」一択だ。
ふと自分の足を見てみると、綺麗にサンダル焼けしていた。履いていたサンダルは10数年前にトルコに行く時に買ったものだ。そしてトルコの容赦ない日差しで足元はサンダル焼けをしていたのだけど、それと同じ跡が今回の旅でも刻まれていた。それが妙におかしかった。
翌日天気が荒れることもなく無事に帰宅した。いい旅だった。いい経験をした。
花さんに次は何か考えているのか?と台湾を旅行し終えた時と同じ質問をした。
「来年はリフレッシュ休暇もあるしね、ヨーロッパかな?」だって。
テーブルの上にいくつかの都市のガイドブックが置かれる、そんな光景を想像した旅の終わりだった。
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