石垣島滞在3日目の朝、あることに気がつく。この街は陽の昇る時間が東京とは異なることだった。5時すぎに目を覚ましてもまだ窓の外の景色は暗かった。
なんとなく早朝にホテルの周りを走ることができたらいいなと思っていた。
しかし天気が悪いということとは違って、まだ純粋に外が暗い。陽が昇ってない暗さである。
朝のぼけっとした頭のなかでは、ブルーハーブのリリックの一節が流れていた。
「北から日が昇ることに慣れてないお前たちは~」
ちょっと意味合いは違うけど、その土地においての当たり前は、自然のサイクル自体が他の地とは異なるということだ。
ぼんやりとしたスマホの灯りが視界の片隅にあった。どうやら花さんも起きているらしい。そのうちお互いが起きていることが気配でわかり夫婦の会話が始まる、今日をどのように過ごすのかが議題だ。
この日は石垣島を離れて西表島に移動する日だった。
台風が接近している影響があったのはこの部分だったが、予定していた上原港行きは欠航してしまっていた。大原港行きは午後だったが運行しているとのこと。
行く手段がないという最悪の事態は免れたわけなので、時間はずれ込んでしまうけれど大原港から西表島に行くことにした。
それまでの間どうするか、中途半端に空いてしまった時間をどうやって過ごすかを話し合い、ホテルから出ないでプールで過ごそうということになった。子供たちもそれが喜ぶんじゃないか、と。
「話は聞かせてもらった」
不意に聞こえたこの台詞。え?と思ったら理子が起きていてずっと我々の話を聞いていたらしい。
会話に加わるべきタイミングがベストで面白かった。なかなか人生において「話はきかせてもらった」なんてワードをいう機会はないだろう。刑事ドラマでもみたことあったのか?花さんも僕も大爆笑だった。
後日談であるがこのことをスレッズに書いたところ232いいねがつくという僕の投稿の割にはプチバズりしたのだった。
なにはともあれ予定は決まった。
食事を済ませて移動の支度をする。部屋に備え付けられているメモ書きに理子と玲はそれぞれコメントを書いていた。いつからか我が家の伝統と化したそれにはそれぞれ感謝を述べている。
THANK YOU BERRY MUCH!
スペルミスもかわいいものである。言いたいことはわかる。
あーとほてるたのしかったです。またきます。ありがとうございます。
と玲は書いていた。
部屋を出ると荷物をフロントに預けてプールに移動した。
ただの四角いプールだけど楽しい時間を過ごさせてもらった。ありがたいことである。
もう十分、というところでプールからあがり、水着を脱水にかけ、浮き輪も空気を抜いて仕舞った。
タクシーでフェリー乗り場へ移動し、売店で食べ物を買う。
僕は小さめのお寿司セットを買った。薄い卵焼きでご飯が巻かれていて美味しかった。
花さんは袋に入ったご飯のうえに、鳥のささみ揚げが乗っているという食べ物を選んでいた。
いろんなご当地食べ物があるようだ。
定刻になりフェリーに乗り込む。なんとなく前の方に乗ってしまったのだけど、フェリーにおいては中央よりも後側、もっと言えば優先席付近が揺れにくいらしい。
大原港に到着すると雨は小降りだった。降りてすぐ近くのところに大型の星野リゾートの送迎バスが停まっていた。それに乗って1時間近くでホテルに到着するとのこと。
運転手は陽気そうな柄のシャツを着て、まぁポーズだけね、という感じで制帽を頭に乗せていた。
港から出てすぐのところに交差点があり、信号で停車した。すると運転手はこのように話をしてくれた。
「この島で唯一の信号機です。なぜ一つだけあるのかというと、この島で育った子供たちが都会に行ったときに信号機で戸惑わないようにするためです」
なるほど、当たり前に享受していたこういった部分も社会生活で必要な素養なのである。
西表島の緑の濃さは想像以上だった。思った以上に勾配もあり、大自然そのものだった。バリとかシンガポールに近い雰囲気だ。1時間のドライブもそんな景色を見ていたらあっという間に過ぎていった。
15時過ぎにホテルに到着する。星野リゾートにおきまりなのかウェルカムドリンクと果物が用意されていた。
チェックインして部屋に入ると、カーテンで仕切られた雰囲気の良い天蓋ベッドのようなものがあり、
窓の外はジャングル的な草木で覆われて、その隙間には海が見えた。
荷解きをし休憩をしてからホテルの周りを歩いてみた。生い茂った緑のなかに鮮やかな花ばな。時折さーっと雨が降り、すぐに止む。そんな感じだからか気温も高くないように感じられ快適に散歩できる。
その足で海に出てみた。細かな砂の質感と穏やかな波。そんなに水温も低くなく、足をつけても冷たいことはなかった。海岸線に沿ってあたりを見渡すと少し離れたところには断崖絶壁な場所もあったりして景色が圧巻だった。
夕飯はホテルから近くのINABAという店で食べた。沖縄料理ではないものを食べたいというときにパスタとかピザがうまいという店だった。
理子と玲はハンバーグをセパレートして食べたり、大人たちはイノシシのタタキやら豚バラの串焼き。ゴーヤチャンプルにタコライスなどいろいろ食べた。どれも美味しく、畳の席で食べるというのもなんだかよかった。
しかし若い店員の子がとても緊張しているようだった。リゾートバイトで本州から来たのかな、などと想像した。
お腹いっぱいになってホテルまで歩いて帰ると、あたりは街灯もなく本当に真っ暗だった。真っ暗ではあるけど生き物の気配は漂っている。理子はとても怖がっていたけれどそんな暗闇のなかでも、道端の草木のところで小さな光がいくつもあった。なんだろうと思ってスマホの光を当ててみると虫だった。でもいわゆる蛍のような見た目ではなく、どちらかと言えば毛虫のような出立だった。少し前に世田谷区の祭りで蛍の光を見た時は本当にうっすらとした光だったのだけど、この野生の虫の光はそれよりも強く感じた。
これが南国で生きる虫の強さか、などと思った。
西表島の持つポテンシャル恐るべしである。
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