母の妹の子供、という位置付けの従姉妹である杏が、結婚式を静岡で執り行うとのことで、理子と二人で参加した。
僕はスーツのパンツを履き、白のオックスフォードシャツ。コードヴァンのチャッカブーツを履いた。そしてガーメントにジャケットを入れた。キャンバス地の大きめのバッグに、理子のお出かけセット一式。おやつ。家族へのお土産。
理子の衣装は実兄が用意してくれていたので、とりあえず沼津に帰るためだけのかわいい服を理子に着替えさせた。
スーツだけど、エルゴを着用し理子を抱っこする。手には中身がいっぱいのバッグ。なんとなく思い立って、たまたま近くにあった理子のうさぎのぬいぐるみをバッグに押し込む。
品川に行くために、嫌いな渋谷を経由する。理子はバッグからうさぎのぬいぐるみを取り出して、自分の手に持っている。朝の山手線は混んでいなかった。座席に座ってケータイを見る人、化粧直しをする人、会話をしている人、さまざまな人の姿が見える。全身でアニメオタクであるということを主張している若者がいる。着用している服にアニメのプリントがされ、カバンには大きなぬいぐるみが二つ垂れ下がっている。オタクとはその嗜好を隠したがる人と誇示する人と、極端だなと思う。
品川に着いて、まず新幹線のチケットを購入する。そして二人分の軽食を売店で買う。なんとなくビールも忍ばせる。なにがあるか分からないから、新幹線の発車時刻よりもだいぶ早く到着していた。僕は新幹線のホームでビールを開け、それを飲む。
電光掲示板に、僕が乗る予定の新幹線の情報が掲示される。自由席の号車を確認し、乗り口へ移動する。理子は他のホームに到着する新幹線の姿を認めると、「しんかんせんのりたい!」と明確に発音した。
「理子もこれから乗るんだよ」と教えると、うれしそうに大きく頷いた。
予定時刻にきちんと新幹線は指定のホームに滑り入ってくる。車内に進み、子連れ必須の出入り口付近の席を確保する。そしてすぐさま静かに新幹線は発車した。
車窓は街並みから緑あふれる自然の姿へと移行していく。そんな景色を見ながらおにぎりをほおばり、またそれを理子に分け与える。ペットボトルのお茶をこぼさず器用に飲み進める理子を見て、ちょっとしたことだけど成長しているな、と思う。
今回はいつも降りる三島駅ではなく、新富士駅で降りた。改札の向こうでは、母と姪が待ってくれていた。二言三言交わして、車に乗り込む。同じ衣装を着た3人の姪の姿はとても可愛らしい。車には両親と兄夫婦と姪たち。今回は花さんは残念ながら参加できなかったけど、この人数での結婚式の参加は初めてだ。
会場は駅から程近かった。僕たち以外にも、駐車場から降り立つ人たちがいて、おそらく式に参加する人たちなのだろうけど、知らない顔ぶれだった。結婚式とは不思議なものだなと思う。新郎新婦に縁がある人間たちが集まるのに、隣に座った人は知らない人だったなんてことは当たり前のことだ。
式場へと入ろうとすると、大きなガラス窓の向こうに、新婦の双子の息子たちの姿が見える。双子は同じ衣装を着て、変顔を決め込んでこちらに手を振っている。僕は、「久しぶり。お前はどっちだ?」といきなりアイデンティティを軽視した挨拶をする。年に1、2回しか会わない双子の見分けかたを、僕は持ち合わせていないのだった。
挙式までの時間がそんなに残されていたわけではないので、早々に理子の着替えをする。しかしながら当然のごとく簡単には着替えさせてくれない。大人数人で理子をなだめながら新しい服に袖を通させる。サイズはぴったりで、適度なフェミニンさが可愛らしい。これで髪の毛をセットさせてくれたら完璧だったのだけど、理子は髪の毛を触れられるのを極端に嫌がるのだった。
ウエルカムドリンクで当たり前のようにビールを飲む。品川駅で缶ビールを飲んでいたから、午前11時の時点で既に2杯目だった。滅多に会うことのない新婦の父親に酌をされ、今昔の話で盛り上がる。娘の結婚式に参加する父とはどんな気持ちなんだろう。そんな話を聞けばよかったなと今では思う。
理子は久々に会う多くの親戚たちの前で、とまどい落ち着かなかった。僕のそばから離れようとせず、しがみついてくる。ちょっとでも離れると「パパー」と泣きそうになりながら寄ってくる。これからの数日間、母が東京でお世話をしてくれることになっていたのだけど、そんな姿を見るとすこし不安になった。式場のスタッフに促され、チャペルへと案内される。僕はカメラ係を仰せつかっていたので、控室からビデオを回していたのだけど、途中で兄に代わってもらった。
十字架を正面にして、左側、二列目に座った。理子にとっては初めての結婚式への参加だ。薄暗い室内で、「くらぁい」と意見を言った。
スタッフから、リングピローを運ぶ役の羽咲と、フラワーガール役の琴羽と理子に説明がある。分かったのか、分かっていないのか、不明ではあるけど「うん」と頷く理子。その手には、うさぎのぬいぐみが強く握られている。理子が緊張で固まって動けないちょっと先の未来の姿を僕は想像する。それはたやすいことだった。
スタッフの進行の元、挙式は静かに始まる。扉が開き、リングピローを持った羽咲が一礼をし、バージンロードを緊張の面持ちで歩く。神父にそれを渡すと役目を終えた羽咲が安堵の表情で席に戻る。そして新郎もゆっくりとした足取りで前へと進む。そして花嫁とその父が登場する。扉の向こうは光が強くて逆光になっている。花嫁の隣に立っている父は泣いているようにも見える。本当のところはわからない。扉が開いた瞬間に飛び込んでくる親戚友人たちの顔と、十字架、ろうそくの光のゆらめき。色々な過去の思い出たちが頭の中を駆け巡って必死にこの状況を理解しようとしているのかもしれない。娘を持った僕も、いつかは同じ思いをするのかもしれない。この状況の感情を理解することなんて、今の僕にはまだできない。
ベールダウンする母の姿。その目には確実に光るものがあった。この家族はいろんなことがあった。30年。一つの形態を、色々な形に変えながらこの日まできた。途中僕の知らない時期もあったけど、今この瞬間に、杏の父と母と、祖母と、僕たちが参加できている当たり前のようなことを奇跡として感じる。祖父が生きていたらどう思ってくれたろう?
神に誓う二人、列席者に誓う二人の口づけ。退場していく夫婦の後ろをフラワーガールとして付いていくはずの理子は、なんとその流れについていくことができず、席でその後ろ姿を見守るにとどまった。
列席者への退場も促され、外にでてようやく、理子は花を手に持つことができ、階段を降りる新郎新婦に向けて花を投げかけるのだった。
ブーケを手に持った杏は、それを祖母に渡すというサプライズを用意していた。進行役によって祖母の名前が呼ばれ、手を引かれながら、それでも自分の足で歩いて杏のもとへ行く。そこでどんな会話がなされたのか僕は知る由もないけれど、杏は泣いていた。
自身の結婚式の時を振り返ってみても、祖母に花束をプレゼントした時、僕もなぜだか涙を流していた。どういった涙なのか今でも説明がつかない。
祖父母という存在は、両親や兄弟とは違って、自分に対して俯瞰で見てくれているような温かい距離感があるように思う。祖母の家に遊びに行った時に、決まって好きなおやつを用意してくれていたり、好きなごはんを作ってくれていたり、家に遊びに来ることを心待ちにしてくれていて、温かい目で見てくれているのをとても感じた。
花束を渡す瞬間、昔よりも老いた祖母と対峙して、言葉では言い尽くせない感謝の気持ちが押し寄せるということなのかもしれない。
記念撮影が行われ、退場していく夫婦。朝方降っていたという雨が嘘のようにあがり、きれいな青空のもと挙式は終わった。
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