1月28日
空は雲に覆われていた。
絶好のレーシック日和だと思った。
病院に行き受けつけを済ませ、簡易的な検査を受ける。
手術代を支払い待合室で座っていると、
「58番ながはしさーん」と呼ばれ廊下に並んだ。
6人ほどの名前が読み上げられ一緒にエレベーターに乗った。
奇妙な一体感がエレベーターを包む。
フロアが変わりスリッパに履き替え、荷物をロッカーに入れる。
椅子に座って名前が呼ばれるのを待った。
その間、他の人が名前を呼ばれていったが
がんばってなーと心のなかでつぶやく。
果たして自分の名前が呼ばれ小部屋に通されると
数種類の目薬をさされた。
そしてぼんやりとする視界の中に映るナースの後ろ姿についていき
手術室前にある椅子に座って順番を待った。
「目を閉じていて下さいね」耳元で囁かれる。
しかし僕の耳はそんな声には反応せず、手術室から聞こえる
「キュイーーーーーン」という音に耳を奪われていた。
目の手術で聞こえていいのか!こんな音が。
僕の恐怖は金ちゃんの仮装大将のメーターの様に急上昇した。
10分ほどが経った頃だろうか、自分の名前が呼ばれ手術室に入った。
すると6人くらいの医者たちがいた。
「こんにちはー」と挨拶され、僕も自分自身をリラックスさせるために挨拶を返した。
手術台に乗り横になると、体にシートをかぶせられる。
なにを思ったのか、飼い主に腹を差し出す犬のように
腕を曲げてしまい拳を握ってしまった。
「あの、手を」とマスクをしたナースに飽きられながら言われた。
ナースはそれぞれの手に2つ目薬を持っていて、それらを僕に事務的に点眼した。
右目から処置が始まった。
パソコンの起動音のようなのが鳴ったり、ナースが意味不明な数字を読み上げたりした。
僕の目の上には近未来の世界に出てきそうな機械が覆いかぶさった。
「緑の光を見続けて下さい」催眠術師のように先生は言う。
しかしこの催眠術はまったくかからず、僕の目は落ち着きのない小学生のようだった。
ここから先はよく分からない。
イメージ的には「時計仕掛けのオレンジ」だ。
断片的に記すと、眼孔になにかの機械を装着させられ
あれよあれよという間に、視界がだんだんぼやけてくる。
それにともなって、かなりの圧力が目にかけられる。
緑の光なんてどこにも見当たらなくなる。
そして、匂いがし始める。
なにかがこげる匂いだ。
「うぉぉぉぉぉ×××」心のなかで悲鳴を上げる。
痛みではない恐怖。入れても仕方が無いのだけれど全身に思いっきり力が入る。
リラックスしてね〜と言われるがまったくリラックスできない。
なんじゃーと思ってるうちに機械が外された。
そして「次に左目やりますね」と言われるがこちらの方が難儀だった。
なまじ、順序を知っているものだから、次にこれくるー!と予測してしまって
緑色の光を凝視できない。
先生に何度も注意される。
ものを凝視するのってどうやるんだっけ?と僕の目は幼児と化していた。
10分もしなかっただろうか、処置は終了した。
僕の左目が幼児化してしまったためか、
処置が終わった後に右目には無い異物感が左目にはあった。
それどころか、目を開けられなかった。
ナースの後をなんとなくついていき、薄暗いゆったりとした椅子が置かれた部屋に入った。
僕より先に手術をした人たちもそこにいた。そして15分ほどそこで過ごした。
頬に涙が伝ったのであろう、「ティッシュを下さい」と時折患者の声が聞こえた。
しばらくして名前を呼ばれ検査を受けた。
その頃にはなんとか左目を開ける事も出来たが見開く事は出来なかった。
「異常なし」初老の先生が言った。
その後ナースに薬の使用方法の説明を受けたが涙でパンフレットは見えなかった。
保護用の眼鏡をして受付を抜け、ガラス張りになった廊下で外を見た。
すると裸眼で遠くの文字が見えるではないか。
「東京国際フォーラム」
み、見えるぞー!
僕は自販機でコーヒーを飲みながらしばらく薄暗い外を眺め続けていた。
そして、電車に乗って代々木公園へ行った。
しばらくベンチで遠くを見つめていた。
通りすがりの外国人が声をかけて来たり、学生のカップルが通り過ぎたりもした。
でも僕の目は遠くに見える人影を追っていて、「ああ、ここまで見えるんか」と
感動していた。
翌日彼女と会った。
「裸眼でここまで見えるんだぜー!へへへ」と言うと
もともと裸眼な彼女は僕以上に小さな文字を読む事が出来ていた。
くそったれー!
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