2017年7月22日土曜日

初島ショートトリップ



花さんの会社の福利厚生として、提携している全国各地の保養施設の中に、初島のホテルがあった。それは熱海からフェリーに乗って行く小島である。
僕は今までその島の事を知らずにいたのだけど、これをきっかけに知る事となる。

抽選の末、その宿泊券を見事に手にした我々は、バリ旅行の興奮もすっかりと冷め切った7月15日、初島へと出かける事となった。

新幹線を使えば品川から熱海まで40分かからずに行く事ができるし、初島行きのフェリーも何本も出ているから、ということで我々は実にゆるく支度をした。出発当日の午前中に身支度をし、昼ご飯までも家で済ませた。
理子は相変わらずトーマス愛まっしぐらのため、「旅行だから可愛らしい服を」という我々の娘愛にはまったく意に介さず、トーマス柄の服を着る事だけを主張した。
「トーマス!トーマス!トーマースー!」
お前はデモ隊かなんかか。


花さんのiPhoneにはバッテリー要素をもつケースを使用しているのだけど、その充電コードを会社に置いてきてしまった、ということで、花さんはまず会社に行き、僕と理子は品川へ向かう事にした。
珍しくおとなしくベビーカーに乗った理子を僕が連れて、花さんはエルベシャプリエの旅行用のトートバッグを持った。
最寄駅に行くと、僕と花さんはそれぞれ反対方向の電車に乗った。
品川に向かうには渋谷を経由する方法と大井町を経由する方法があるが、僕はベビーカーで渋谷駅を通りたくない。あの駅はベビーカーを使用しての動線がすこぶる悪いのだ。

そういったわけで、二子玉川駅から大井町線に乗り換え、さながらローカル線のような趣の、僕好みの雰囲気の中、まずは大井町へと向かった。
車窓からはその時々の自然の緑を見る事ができるから好きなのだ。実にゆるい。

その道中、花さんからLINEが送られてきた。
「やばい!」

この旅行において、なにかまずい事が起きていることが、このたった4文字の字面から、バシバシと伝わってくる。
しかしながら当然のごとくなにが「やばい」のか分からないので「どうしたの?」と返事をする。
僕はその返信をする数秒の間に、いろんな「やばい」を想像する。
まずは、家のことである。戸締りを忘れた。どこかの水道を出しっ放しだった。
そして忘れ物である。旅に出るにつけ「秘境に行くわけじゃないのよ」という花さんのセリフが僕の頭の中をリフレインする。国内旅行だし、基本的には着替えだけでいいはずだけど、なんだろう。チケットは確かにカバンにつめた事を確認したのだけど。

数十秒後、花さんから「電車の上にバッグを置き忘れた。。。」と連絡が入った。冷静に考えたら、「電車の座席上の網棚にバッグを忘れた。」ということになるのだけど、彼女もかなり混乱していたのだろう。
僕は「バッグはきっと盗まれる事はないだろう、しかしよく網棚に乗せられたな」と思った。旅支度が入ったバッグはそれなりに重いし、女性が一人でそれを持ち上げるのは難しい。

彼女が乗った電車は田園都市線だから、荷物がそのまま誰にも盗られなかったら押上まで行ってしまう。
花さんは当初のミッションである神保町駅で降り、駅員に連絡。すると忘れ物は押上での引き取りになるという。荷物の有無を調べてもらっている間に、花さんは会社に行き電源コードをピックし、駅に戻った。そして網棚に置かれっぱなしの荷物はだれにも盗まれる事なくそこに鎮座していた、ということが分かった。

僕はそんなLINEのやりとりをしているうちに、品川に到着した。3連休をここではないどこかへ移動しようとしている人たちに混ざりながら、どうにか場所を見つけ、そこで理子にご飯を与えていた。
30分後には品川に着くという事だった。僕は同じ場所にいて人の往来を見るのが好きだけど、一箇所にじっとしていると、理子が飽きて暴れ出してしまうので、ジプシーのようにベビーカーを押しながらその辺をウロウロ歩いて気を紛らせた。

時刻は15時を過ぎていた。船の出航時間を考えると、あまり余裕もなくなっていた。花さんが到着するときには、新幹線に乗らなくてはまずいことになりそうな時間の5分前で、母との再会を喜ぶ理子をベビーカーから降ろして、エスカレーターを足早に降りた。それと同時に新幹線こだまはホームへと滑り込んできた。日本の電車は実に定刻である。

3連休初日の16時近くとは言え、座席はそれなりに埋まっていたのだけど、初老の女性が3人で座りたいでしょう?と声をかけてくれ、自分は席を移動して譲ってくれた。
花さんとの再会に加え、新幹線に乗っているためか理子の興奮はだだ上がりだったので、トーマスパスルを用意し、それで遊ばせた。彼女はすごい集中力で3種類のパズルをそれぞれ完成させていく。しかし完成した時は「やったー!」と大興奮だった。
トーマスの服を着て、トーマスのパズルを楽しそうにする2歳児。


熱海は近かった。ホームに降りると既に海が見える。なんだか本格的に夏が始まったと思わせる景色だった。

新幹線の改札を降りて、在来線の改札を抜ける。外に出ると、多くの人で賑わっている。初島へ行くフェリーは当たり前だけど港から出ていた。移動はバスもありえたのだけど、時間を考えタクシーで移動した。
「港へ」と運転手に伝えると、「初島ですか?フェリーの時間あったかな」と言われ、ひやっとする。「大丈夫。何度も見直したから。だよね?」

タクシーの車窓からは、3連休を熱海で過ごす家族連れやカップルの姿が見て取れた。それにしても賑やかだったので、なにか行事でもあるのかな、などと花さんと話をしていると、「こがし祭りですよ」と運転手が我々に教えてくれた。どうやら各町内から山車が出て、それのコンクールが行われるとのことだった。「交通規制が敷かれるからこのあたりも車で走れなくなりますよ」と言われ、実に危ないところだったということを知る。
その他にも山の上に城が見えると「あれは観光用ですよ。新しいものです。」などいろいろと教えてくれる。僕は本当に静岡県人だったのだろうか。

水着姿で公道を歩く人を見るにつけ、改めて夏なんだなと思う。坂の多い熱海の道を安全運転で走ってくれたタクシーは無事に港に着いた。

フェリー乗り場には、ホテル専用の窓口があり、そこで手続きをした。別の窓口でフェリーのチケットを購入する。少し時間に余裕があったので、ベンチに座って待つ事にした。理子はアイスを食べている。
周りを見渡すと、家族連れがとても多い。それも何家族かで出かけるといった風だった。
それぞれの荷物には海水浴支度に加え、飲食物が多いように見えた。島に行くにはそれなりの支度が必要だという事だ。輸送費のかかる島では物価も高いわけである。

沖の方からフェリーがやってきて、着岸した。島でたっぷり遊んできたという人たちがいっぱい降りてくる。皆一様に日に焼けている。
その人たちと入れ替わるようにして我々が乗船する。

子供達は船の中を駆け回り、大人は席を陣取って談笑を始める。理子も船に乗っている事に興奮しているようだった。僕はベビーカーと荷物を持ち、花さんに理子を託した。
デッキから、離れていく熱海の街を見る。海から熱海を見る事は初めての事だった。そこは山だった。そして分厚い雲が山に覆い被さろうとしている。まさに這い上がってきた雲というようなそれは、アニメ『もののけ姫』にでてくるデイダラボッチのようだった。

熱海の方向とは反対、海の向こうに小さく見えていた島の姿が段々と近づいてきて、やがてそこに船は到着した。30分ほどの乗船だった。
我先にと降りていく人たちを見送り、我々はゆっくりと降りていく。
砂浜というのはなく、船が停泊しているような場所で人々は泳いでいるようだった。
少し歩くと、食堂街と呼ばれる通りがあり、10件近くの店が並んでいた。我々はホテル行きのシャトルバスに乗ると5分ほどでホテルに到着した。
そのリゾートはとてつもなく巨大だった。大きな庭園があり、大きなホテルがあった。
離れ小島に、これだけ巨大なものを作るのにいったいどれだけの労力がかかったのだろう。そしてきっと地元住民とも対立があったりしたのかな、などとも思った。
20年近く前に観た映画『僕らの七日間戦争2』は、島にリゾートホテルを作る大人たちと子供が対決する話だった。まさにバブルを象徴するような話である。

チェックインし、客室に入るとベッドルームが二つあったり、装飾の趣向にも時代を感じる。経年した籐の椅子。なぜか象徴的に置かれたアンモナイトの像。
海の近くにあるホテル独特の、どこか昔を引きずったようなノスタルジー。
巨大な窓を開けると、向こうには海が見える。そしてトンビが大きな羽を広げて旋回していた。どうやらホテルの部屋から餌付けをしている人がいるようだ。
餌やりは禁止事項として書かれているのだけど、客にしてみたらアトラクションの一つのようなものらしい。

荷物を鞄から取り出し、備え付けのクローゼットに服をかける花さんはとても楽しそうだ。しばらく室内で休んでから食事に行く事にした。ホテル内にあるバイキングである。あらかじめ花さんが予約をしてくれていた。そこは天井が高くとても開放的な場所だった。グランドピアノが置かれ、クラシックが流れていた。誰かが演奏しているかと思ったら、席に人影はなく自動演奏によるものだった。鍵盤が無機質に叩かれ音が奏でられる。

ビールのフリーチケットを買い、まずは乾杯し、理子の食べ物を選んだ。それから花さんと交代で食事を狩りに行く。海に囲まれた場所だけあって、寿司やら魚が多い。ステーキをその場で焼いていたり、どこか特別感がある。さすがはリゾートである。
どうしても取り過ぎてしまうがそれらを胃に流し込む。
理子が生まれてから、ビールの摂取量は激減した。それでも減らぬ体重は加齢による新陳代謝の衰えか。ビールは2杯も飲めばお腹いっぱいになってしまった。

デザートコーナーにアイスがあったので、「今日は特別だよ」と言って理子にもあげた。

食事を終えると、部屋に戻る前に庭を歩く事にした。イルミネーションで彩られ、虫の音と相まって心地よい。

本格的な旅は、明日始まる。

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