2017年7月30日日曜日

ワンデイ













初島ショートトリップ3日目

朝、やはり散歩に行くことにする。もはやこれは日常だ。平日であろうが休日であろうが、僕は朝早く目を覚ます体質に変化してしまった。なんならこの日記を書いているのも朝の5時半だ。
旅先でも早朝に目が覚めるというのは、もしかしたら神様からのプレゼントなのかもしれない。「時間を有意義に使いなさい」というわけだ。

早速着替えをして、ホテルを出る。昨日とは違う道を歩くことにした。なんとなく整備されているかな?くらいの藪のなかの道を通る。とてもじゃないけれど理子を連れては歩けないような道だ。虫除けをもっと入念に使って出てくるべきだったな、と思うけれどもう遅い。

サンダルの隙間には砂が入り込み、蜘蛛の巣が引っかかったりする。太陽の光は藪の中までは侵入してこないから暑さは感じない。そういった意味ではこの散歩も心地よい。
僕が歩いているところは傾斜があって、藪のむこうは崖のようになっていた。木々の隙間から見える海はそれでも雄大に見えた。歩みを進めていくと多少なりとも整備されているはずの道は、もはやどこが道なのかわからなくなっていた。なんとなく人によって踏み固められた道があるように見える、くらいな様相である。
そしてここでもまた悲劇的な便意が僕を襲う。Sの悲劇である。昨日の散歩から学習し、きちんと済ませてきたのだけど。歩いたことによって整腸作用が働いたのかもしれない。
来た道を戻ればよかったが、振り返った道も、もはや道ではなかった。先ほどまでは友好的に見えた道も、ただの鬱蒼とした暗がりの道だ。こうも状況によって景色の見え方が変わるものなのだなと思った。今回は前に進んでホテルに戻ることにした。上に登れば道に出るはずだ。
歩みを進めると、少し開けた場所があって、海を一望することができた。不意にこのような出会いがあるのが散歩の醍醐味なのかもしれない。その時ばかりは便意を忘れカメラを構えて写真を何枚も撮っていた。
勘だけを頼りに歩いた結果、コンクリートの道が見えた。藪を抜けると、自分はかなりの距離を歩いたことがわかった。それからホテルに戻った。

時計を見ると、まだまだ二人は起きそうにない時間だった。ふと考えて、汗もかいてるから、大浴場に行くことにした。僕はお風呂に長時間入ることをあまり好まないのだけど、そういうことをしてみようと思うのは、ここが旅先だからであろう。
エレベーターで最上階に行く。早朝にもかかわらず、当たり前のように大浴場の前にはホテルスタッフがいた。名前とルームナンバーを名簿に記入すると、大小のタオルを受け取った。
中に入ると、かなり人がいて驚いた。子供からお年寄りまで15人くらいはいたのではないかと思う。お風呂が好きな人種なんだなと改めて思った。

まずシャワーを浴び、体を洗った。室内と露天風呂があったのだけど、先に室内のほうへと入った。
どこか少しまったりとしたお湯だった。体になじむようだ。ガラス張りの向こうには海が広がっていた。朝もやと湯気で陸の方はぼんやりと輪郭を失って見えた。僕は一人、お湯のまどろみを愉しんだ。
せっかくだからと思い、露天にも入ってみる。そこには4人の中年男性が入っていた。3人はどうやら一緒にきた友人同士、らしい。
肌を付き合わせるような距離感なのに声がやたらでかく、どこそこの株がどうで、あの会社のことはよく知ってるけど云々カンヌン。他所でやってくれというような会話が続いていた。
そもそもこのホテルは会員制らしく、客層はそういった意味では小金持ちの人たちが含まれているようだった。。ホテルのレストランで食事をしていれば、店員に対して偉そうに文句を言っていたり、ロビーでもホテルマンを跪かせて説教をしているような光景を見た。サービスを享受する側がなんでそんなに偉そうになれるのか、僕には全くもって理解ができない。
そのような中年と同じお風呂に入っているかと思うと、露天の開放感も景色の雄大さも、まるで、もやのように霞んでしまった。先に入っていた他の中年男性もそそくさと出て行ってしまったし、僕もすぐに出た。

また静かな室内の湯に浸り、しばらくしてから出た。
湯冷しに屋上へと行った。夕方見た時のようにまだ若干の暗さのある空だった。
部屋に戻ると二人は起きていた。僕が散歩をしたうえにお風呂にまで入ってきたことに花さんは驚いていた。

朝食はバイキングだった。混んでいたけれど予約をしているので、席に案内された。理子用にフルーツをとり、クロワッサンをとった。バイキングは朝からかなり食欲をそそった。しばらく食事を進めていると、隣に父娘の二人がきて、「隣空いてますか?」と聞かれる。「空いてますよ」と言ったものの話はおかしい。すべて予約席だからである。そしてその料金は当然宿泊している部屋に請求される。
どういったわけでこのレストランに潜り込み、ちゃっかりただ飯を食べているんだろうと思った。その後どうやらその奥さんらしき人がきて、なにやら話をしている。別のレストランでその奥さんと両親が食事をしているらしい。その父娘は人数的にあぶれてしまってこのバイキングに潜り込んだようだった。
小学生低学年くらいの女の子はこの状況を理解しているのかは分からなそうだったけど、この無銭飲食の父は気が弱そうな割に、店員に皿を持ってこさせたり、バイキングを楽しんでいるようだった。すごく大胆不敵である。
子供を連れてそんなことできるものなんだろうか、と思う。理子を連れて無銭飲食だなんてちょっと想像がつかない。
そんな隣席を気にしながらの朝食となった。


僕と理子は部屋に戻った。その間に花さんはチェックアウトを済ませてくれ、支度をしてホテルを出た。僕が昨日散歩した通り道にあったプールへと向かった。理子はベビーカーに乗ってくれた。我々は荷物を持っているから非常に助かった。
歩いていくとやがて階段で降りなくてはならない場所があり、理子はベビーカーを降り、我々はベビーカーと荷物をそれぞれもって階段を下った。すでに汗だくであった。

事前に調べていなかったのだけど、プールは入園料が大人2300円もする。リゾート地とはいえ驚愕の値段である。その値段のせいか、はたまたまだ10時だからなのか、プールは閑散としている。ウォータースライダーや流れるプールがあるわけではない。ただのプールだ。
ここまで来て入らないわけにもいかないので、お金を支払い中に入る。
プールの更衣室特有のあの湿度と匂い。高額な入園料を払ってもそれは変わることはない。
着替えをし、二人を外で待つ。スピーカーから流れるのはFM放送のラジオだった。少し前のポップスがかかったり、自分にとってはあまり関係のない道路状況のアナウンスが流れる。この気怠い感じは妙に心地が良い。自分には関係のない、日常の情報を聞いていると、何故か休みなんだなと改めて感じる。

二人は水着に着替えてやってきた。シャワーはやはり冷たく、プールの水温も冷たいんだろうなと想像に難くない。
実際、プールの水は冷たい。2300円払っても冷たいものは冷たい。水から出ている体の部分は日差しが当たっていて暑い。うまくいかないものである。
理子にとってもやはり水は冷たいようだった。

しばらくプールで遊んでから、休憩することにした。売店で大人用にビールを二つと、理子用にオレンジジュースを買う。そしてそれを理子に手渡したら、ものの数秒でオレンジジュースをこぼした。そして瞬く間にそのオレンジジュースをめがけてアリが寄ってきた。「理子のジュースだよー」、彼女はアリに文句を言うのだけど、そんな言葉は彼らには当然届かなかった。

気を取り直してまたしばらくプールに入り、やはりその冷たさに閉口した。それでプールを出ることにした。着替えをして、浮き輪の空気を抜く。しぼんでしまった浮き輪はどこか物悲しい。
3人分の水着を脱水機に入れてみたら、その回転の勢いに自分の体を制御できないらしく、ガタガタと揺れてまるでダンスをしているみたいに進んできて面白かった。
理子にはまたプールに行こうねと言ってその場を後にした。

本当のところはもう少しプールに入る予定だったので、妙に時間が空いてしまった。階段を上がったところに、アジアンガーデンという場所があり、そこはプールに入った人が無料で入ることができた。中に入ると、ハンモックに揺られてゆらゆらと楽しげな人たちの姿があった。
ちょうどよく席があき、我々もヤシの木という天然の屋根付きハンモックスペースに腰を下ろす。
ハンモックというのを体験したことがないように思うのだけど、その揺れ具合は絶妙で、なかなかに良いものだった。花さんに至ってはもうシエスタに片足突っ込んでいるぐらいだった。

いくらヤシの木の下に陣取って日差しを遮っているからとはいえ、気温はかなり高かった。水分というよりもかき氷を食べたいなと思って、そのエリアにある店を見て回ったのだけど、そういったものはなかった。おしゃれでカタカナの名称のついた飲み物で溢れている。
結局そこではなにも飲食することなく出た。そしてまた階段を降り、プールの脇を抜け海岸線を歩いて港へと向かうことにした。
理子はどういう風の吹き回しなのかベビーカーに乗ってくれている。実に親思いの子であった。いたるところに大きな岩があり、それは圧巻の絵だった。若い女の子は、厚底のサンダルを履いて、その巨大な岩によじ登って自撮りしていた。きっと『#初島#海きれい最高』みたいなハッシュタグがつけられてインスタグラムにアップされるにちがいない。

しばらく歩いていると、食堂街があった。今まで行き来していた島の反対側を歩いていたことをようやく理解した。
食堂街のどの店にも、「今日は14時まで」という張り紙がしてあった。翌日に控えているお祭りに備えてのことらしかった。
プールにも入り、お昼時であったこともあり、食堂街から少しだけ離れたところで食事休憩することにした。クーラーが効いた部屋というだけでとてもありがたかった。
生魚料理以外の普通のものが食べたい、という話し合いの末入った店だったのだけど、カレーとラーメンと瓶ビールを頼んだ。海の家のメニューのようだ。生ビールも良いけど、瓶ビールをお互いのグラスに注ぐというのもとっても良い。
カレーの普通さ、醤油ラーメンの素朴さはどこかほっとさせるものがあった。
時間がたっぷり残っているかと思っていたのだけど、そうでもなかった。フェリーの出航時間は実は迫ってきていて、僕はグラスに残ったビールをぐっと飲み干し勘定をして店を出た。
フェリーの係員は「あと5分で出発します、お急ぎください」とスピーカーを使ってアナウンスした。少し小走りで我々はそれに乗った。


ヴォー
フェリーが大きな音を立てて岸から離れていく。
デッキから岸を見てみると、まだ水着を着て海で泳いでいる人たちの姿があった。まだ休みを終わらせない人たち。フェリーに乗った我々はそれぞれの日常へと戻っていく。
日常という名の岸に向かう人たちの数は、フェリーの広さに対してかなり多く、座席は全て埋まっていた。僕は離れていく休みの島と、近づいていく現実の熱海の町を交互に見ていた。理子はしばらくすると眠りについた。


港に着くと、さらに現実が待っていた。タクシーで駅に行くと、新幹線の販売機には長蛇の列ができていた。列に並んでいると、踊り子号に空きがあるらしかった。それを購入しようとしていると、寸前で売り切れてしまった。
当初の通り、新幹線自由席のチケットを買う。そして、ホームへと行く。休日を熱海よりも西で過ごしていた人たちは多かったらしい。自由席の座席は全て埋まっていた。
品川に着くと、電車を乗り継いで家に帰った。家で鏡をみると、3人揃って、とても日焼けをしていた。それがこの旅のお土産だ。


次はどこへ?
新しい土地のガイドブックはいつ本棚に追加されるのだろう。

2017年7月25日火曜日

初島 ショートトリップ 2日目

4時半に目を覚ますというのは、もはや珍しい事ではなくなった。22時には寝てしまうわけだから、十分寝ているといえばその通りなのだ。
しばらくベッドで、もぞもぞしながらネットサーフィンをした後、着替えをし部屋を出た。当然花さんと理子の1日はまだ始まっていない。

朝5時台のホテルのロビーには誰もいなかった。しかし昨夜食事をしたレストランでは、すでに準備を進めているようで、高い天井に食器が重なる音が響く。朝の始まりの音だ。
ロビーを過ぎて外に出ると、僕と同じように朝早くに目を覚ました人というのは少なからずいた。すれ違うと会釈をする。そういう意味では早朝というのは他人とも親密になる。昼間だったらただの知らない人だけど、早朝にはどこかプライベート感が漂っている。

散歩というのは最終的に出発点に戻ることなので、掲示された地図を見るともなく見て、なんとなく歩き始める。
空はうっすらと曇っていて、散歩するには丁度良いけれど、蝉がこれからの暑さを予言するかのように力強く鳴いている。ホテルの敷地内にある自販機で甘いコーヒーを買って、歩きながら飲んだ。

道なりに進むと、NHKと書かれた建物があり、灯台があった。もちろんこの時間帯には入ることはできない。木々のトンネルを歩き、虫の音を聞き、なんとなくカメラで写真を撮る。ランニングしている人とすれ違うがここでは会釈しなかった。
しばらく歩くとコテージがあったり、南国を思わせる植物の群れを見た。どこかバリのような雰囲気を感じて懐かしく思った。
傾斜があり、階段があった。道なりに進んで行くと、プールがあった。その脇を抜けると海がすぐ近くにあったので、大きな岩を踏み進んでいった。
海岸というのはその地域でだいぶ印象が異なった。僕の地元では海は砂浜であり、波打ち際には少し大きな石が連なっているけれど、ここの海岸は、とても大きな岩が浜を作っていた。そして様々なものが打ち上げられ、日に照らされて色を失っていた。
絶妙なバランスで組み合わされた大きな岩達は微動だにしない。そこにしばらく立って海の向こうに見える漁船を目で追い、空高く飛ぶトンビの姿に目を細めた。

飲み干した缶コーヒーは僕の手に収まっていた。そして唐突に、無性にトイレに行きたくなった。僕は自然の摂理に基づき、来た道を引き返していった。本当はまだ散歩を続けたかったのだけど、抗えない便意というものが存在するのである。

。 。 。


部屋に戻ると、小さな音量でテレビを見る事にした。まだ二人は眠りについていた。時刻はまだ6時半なのだ。

−。−。−。

しばらくすると、ベッドルームから二人の声が聞こえ始めた。どうやら彼女たちの朝が始まったらしい。
支度をして、ホテル内にあるレストランへ行った。これも花さんによって予約済みである。逆を言えば、予約しないと朝飯にありつけないのだ。
高級な和食料理という趣のお店で、仲居さんは着物で対応していた。レストラン内は子供連れが多く、凛とした店内と子供の叫び声のギャップを感じた。とはいえ初島で朝食をとるには選択肢が限られてしまうのだから仕方がない。
理子には白いご飯をもらい、大人二人の料理を理子に取り分けて食事とした。美味しい食事に、僕はご飯をおかわりした。

食事を終えると、部屋に戻り少し休憩して、ホテル内の野外プールに行く事にした。暑さは時間ごとに増していく。少し雲は出ているものの肌に突き刺すくらいには暑さを感じた。理子はプールに行くことをすごく喜んでいた。こういう時の着替えはスムーズではあるのだけど、水着を着るとそのまま出かけようとしてしまう。幼児とはいえホテルのロビーを水着で走り抜けるわけにはいかない。二人がかりでなんとか洋服を着させると我々も着替えてプールへと向かった。

プールにはすでに家族連れなどがそれなりの人数いた。パラソルつきのビーチチェアはもうすでに残っていなかった。仕方がないのでその辺にとりあえず荷物を置いて、エキサイトする理子をシャワーに浴びせ、プールへと入った。
暑いとはいえまだ朝の10時である。水はとても冷たかった。小学生の頃の体育のプールを思い出させる冷たさだ。でもこの冷たさにもいずれは慣れる。そうは思っても大人になってしまうとそういった我慢はなかなかできないのであった。
その点理子は笑顔で楽しんでいる。冷たいという刺激は理子にとっては面白いわけだ。プールの構造は浅いところ深いところと別れていたのだけど、理子には浅いところも十分に深い。まわりの子供たちを見ると、当たり前のように浮き輪を持っている。我々はまったくそういった準備をしていなかったので、急遽売店で購入することにした。
浮き輪やボールなどに空気を入れるのはお父さんの仕事のようで、空気を入れる機械のところには列が出来ていた。
膨らんだ浮き輪を手にした理子は喜びを一層深め、深いエリアにもどんどん進んでいった。橋の下をくぐると「トンネルだー!」と言って興奮していた。楽しそうで何よりである。
とはいえそれなりの時間プールに入っていると、理子も寒さを感じるようで、隣接した室内プールにあるジャグジーのところを発見すると、そこでしばらく遊んでいた。
それにも飽きると部屋に戻った。僕の体もすっかりと冷え切っていた。


昼食を摂りに、港の方へと行く事にした。いわゆる食堂街と言われる場所である。
ホテルのシャトルバスに乗って行った。三連休中日のお昼であるから、どの店の前にも人だかりができていた。花さんの下調べによると、めがね丸という店が良さそうとのことだった。その情報は確かのようで、その店は並ぶのを躊躇させるほどの人だかりだった。
「とりあえず一番奥のほうまで見てみようか。とりあえず。」と言って歩いてみる。容赦のない太陽の光は思考を鈍らせ、ビールを激しく所望した。当たり前のことなのだけど、どの店も魚料理であり、メニューにはどれも同じようなことが書かれていて、どこの店も人でいっぱいだった。それだったら初志貫徹、めがね丸に並ぼう、ということになった。
どの店も間口がそんなに広いわけではないので、列は当然店の外にできる。日陰もない中ただただ待つ。大人はまだしも理子にはこまめに水分を補給させた。
ガラス扉の向こうには、食事を済ませ、ビールをジョッキで美味しそうに飲む中年の姿があった。くつろいでいるような人たちの姿を見ると、「この列が見えないのか?さっさと出てくれ!」と思うし、前に並んでいる人たちはそれを口に出して言っていた。

ようやく我々も店内に案内されると、料理を頼む前にビールを二つ頼んだ。それが目の前に到着するや否やその黄金の液体を喉に流し込んだ。体全身が欲していたそれが身体中を駆け巡っった結果、ようやく旅だな、と感じた。トルコを旅行したときのことを思い出しても、暑さを乗り切った後に飲んだビールの印象がとても強く残っている。不思議なのだけど。
なめろう丼と、定食と、ラーメンを注文した。3つ注文して多いような気もしてしまうのだけど、それらはすっかりと3人の胃袋に収まった。特に気に入ったのはラーメンだった。さっぱりとした味なのだけど、丼一面に盛られたこの土地特産の海苔がとても美味しかった。ビールはお代わりした。先ほど列に並んでいるときに罵った中年の姿は、まさに自分だったわけである。
クーラーの効いた部屋で、漁村の美味しい食事をしてビールを飲む。実に旅である。
店を出ると隣の店でかき氷を食べた。理子は「青いよ〜」と言って舌を出して見せた。とっても嬉しそうだった。


バスでホテルへと戻ると、すっかりとくたびれてしまい、ベッドへと突っ伏してしまった。「5時前から起きてるからね、寝なさい」と花さんが僕に言ったようだった。多分。聞くともなしに僕はシエスタへと向かっていった。


僕が目を覚ましたとき、二人はソファにいた。どうやらホテル内にあるキッズエリアで遊んできたらしい。花さんは大浴場に行きたいと言っていたので、理子には内緒でこっそり行ってもらった。理子はまだオムツが外れないので入ることができないのだ。
理子は花さんの不在に気づいても、特に泣くことはなかった。しばらく室内で過ごしていたのだけど、ホテル内を散策する事にした。
最上階に行くと、屋上にも出ることができた。タバコの灰皿からはかすかに匂いがしていて、そこに誰かがいた気配を感じた。
遮るもののない屋上には心地よい風が吹いていた。その風にのってトンビは羽を広げて辺りを漂っていた。時折低空に飛んできて、その体の大きさに驚いた。
理子は手すりにつかまり身を乗り出して空に手を伸ばしたりしていた。とても危なっかしい。高いところにいるという感覚が、まだつかめていないようだった。

だんだんと太陽が傾き始め、空がオレンジ色に染まり始めると「お空オレンジになってきたね」と理子は言った。すっかりと言うことが一人前になってきた。そんなささいな会話も僕にとっては微笑ましく感じる。

一度部屋に戻ろうとして、ロビーに向かうと、どこかからか「りこー!」と聞こえた。理子はとっても嬉しそうに、その声の主のもとへ駆け寄った。もちろんそれは花さんだった。大浴場で満足したらしい花さんの表情はとても晴れやかだった。

部屋に戻ってしばらくしてから、朝食を食べた和食屋へと行った。夜は趣が異なり、とても高額だった。思わず注文を躊躇するような値段だった。しかし最後の夜だからなどと理由を探してビールを飲み、理子が食べられそうなうどんなどを注文し、食事を済ませた。
ビールを飲みながら1日を振り返ってみたのだけど、特になにもしていない1日だった。それなのに時間はどんどん過ぎていった。
旅行というのは訪れた土地のなかでも、どこかへ訪れたりするものだとは思うのだけど、この初島においては、ここで過ごすことだけで良いようである。もう少し理子が成長したら違った楽しみ方ができるのだと思う。けれど、今の僕たちにはこれで十分だった。3人で同じ時を過ごすという当たり前のようなことを。

部屋に戻る前に、ゲームセンターを見つけた。そこはレトロなコインゲームやパチンコゲームなどで溢れていた。一気に自分が子供だった20年以上前にタイムスリップしたようだった。僕は100円玉をコインの両替機に入れると、出てきた10枚のコインをプラスチックのカップに入れた。そしてあの頃と同じように真剣な眼差しでコインを投下していった。島は大人を子供にさせる魔法があった。あの頃と違うのは、隣に同じような顔をした子供がいることだった。「パパなにしてるの?」と理子は不思議そうに聞いてくる。「パパにも子供の頃があったんだよ」と僕は答えた。理子が生まれるずっとずっとずーっと前の事。


パパ33歳。夏。理子はもう少しで3歳だ。きっとこの日のことを、理子はそのうち忘れてしまうに違いない。それでも、日々は連続している。今日が明日に繋がって、明日もそのうち昨日になる。だから、今日この1日が理子にとって楽しかったのなら、その楽しさは明日にも繋がるはずだ。


理子にとっては、いつもよりちょっとだけ夜更かしをして、2日目の夜が終わる。






2017年7月22日土曜日

初島ショートトリップ



花さんの会社の福利厚生として、提携している全国各地の保養施設の中に、初島のホテルがあった。それは熱海からフェリーに乗って行く小島である。
僕は今までその島の事を知らずにいたのだけど、これをきっかけに知る事となる。

抽選の末、その宿泊券を見事に手にした我々は、バリ旅行の興奮もすっかりと冷め切った7月15日、初島へと出かける事となった。

新幹線を使えば品川から熱海まで40分かからずに行く事ができるし、初島行きのフェリーも何本も出ているから、ということで我々は実にゆるく支度をした。出発当日の午前中に身支度をし、昼ご飯までも家で済ませた。
理子は相変わらずトーマス愛まっしぐらのため、「旅行だから可愛らしい服を」という我々の娘愛にはまったく意に介さず、トーマス柄の服を着る事だけを主張した。
「トーマス!トーマス!トーマースー!」
お前はデモ隊かなんかか。


花さんのiPhoneにはバッテリー要素をもつケースを使用しているのだけど、その充電コードを会社に置いてきてしまった、ということで、花さんはまず会社に行き、僕と理子は品川へ向かう事にした。
珍しくおとなしくベビーカーに乗った理子を僕が連れて、花さんはエルベシャプリエの旅行用のトートバッグを持った。
最寄駅に行くと、僕と花さんはそれぞれ反対方向の電車に乗った。
品川に向かうには渋谷を経由する方法と大井町を経由する方法があるが、僕はベビーカーで渋谷駅を通りたくない。あの駅はベビーカーを使用しての動線がすこぶる悪いのだ。

そういったわけで、二子玉川駅から大井町線に乗り換え、さながらローカル線のような趣の、僕好みの雰囲気の中、まずは大井町へと向かった。
車窓からはその時々の自然の緑を見る事ができるから好きなのだ。実にゆるい。

その道中、花さんからLINEが送られてきた。
「やばい!」

この旅行において、なにかまずい事が起きていることが、このたった4文字の字面から、バシバシと伝わってくる。
しかしながら当然のごとくなにが「やばい」のか分からないので「どうしたの?」と返事をする。
僕はその返信をする数秒の間に、いろんな「やばい」を想像する。
まずは、家のことである。戸締りを忘れた。どこかの水道を出しっ放しだった。
そして忘れ物である。旅に出るにつけ「秘境に行くわけじゃないのよ」という花さんのセリフが僕の頭の中をリフレインする。国内旅行だし、基本的には着替えだけでいいはずだけど、なんだろう。チケットは確かにカバンにつめた事を確認したのだけど。

数十秒後、花さんから「電車の上にバッグを置き忘れた。。。」と連絡が入った。冷静に考えたら、「電車の座席上の網棚にバッグを忘れた。」ということになるのだけど、彼女もかなり混乱していたのだろう。
僕は「バッグはきっと盗まれる事はないだろう、しかしよく網棚に乗せられたな」と思った。旅支度が入ったバッグはそれなりに重いし、女性が一人でそれを持ち上げるのは難しい。

彼女が乗った電車は田園都市線だから、荷物がそのまま誰にも盗られなかったら押上まで行ってしまう。
花さんは当初のミッションである神保町駅で降り、駅員に連絡。すると忘れ物は押上での引き取りになるという。荷物の有無を調べてもらっている間に、花さんは会社に行き電源コードをピックし、駅に戻った。そして網棚に置かれっぱなしの荷物はだれにも盗まれる事なくそこに鎮座していた、ということが分かった。

僕はそんなLINEのやりとりをしているうちに、品川に到着した。3連休をここではないどこかへ移動しようとしている人たちに混ざりながら、どうにか場所を見つけ、そこで理子にご飯を与えていた。
30分後には品川に着くという事だった。僕は同じ場所にいて人の往来を見るのが好きだけど、一箇所にじっとしていると、理子が飽きて暴れ出してしまうので、ジプシーのようにベビーカーを押しながらその辺をウロウロ歩いて気を紛らせた。

時刻は15時を過ぎていた。船の出航時間を考えると、あまり余裕もなくなっていた。花さんが到着するときには、新幹線に乗らなくてはまずいことになりそうな時間の5分前で、母との再会を喜ぶ理子をベビーカーから降ろして、エスカレーターを足早に降りた。それと同時に新幹線こだまはホームへと滑り込んできた。日本の電車は実に定刻である。

3連休初日の16時近くとは言え、座席はそれなりに埋まっていたのだけど、初老の女性が3人で座りたいでしょう?と声をかけてくれ、自分は席を移動して譲ってくれた。
花さんとの再会に加え、新幹線に乗っているためか理子の興奮はだだ上がりだったので、トーマスパスルを用意し、それで遊ばせた。彼女はすごい集中力で3種類のパズルをそれぞれ完成させていく。しかし完成した時は「やったー!」と大興奮だった。
トーマスの服を着て、トーマスのパズルを楽しそうにする2歳児。


熱海は近かった。ホームに降りると既に海が見える。なんだか本格的に夏が始まったと思わせる景色だった。

新幹線の改札を降りて、在来線の改札を抜ける。外に出ると、多くの人で賑わっている。初島へ行くフェリーは当たり前だけど港から出ていた。移動はバスもありえたのだけど、時間を考えタクシーで移動した。
「港へ」と運転手に伝えると、「初島ですか?フェリーの時間あったかな」と言われ、ひやっとする。「大丈夫。何度も見直したから。だよね?」

タクシーの車窓からは、3連休を熱海で過ごす家族連れやカップルの姿が見て取れた。それにしても賑やかだったので、なにか行事でもあるのかな、などと花さんと話をしていると、「こがし祭りですよ」と運転手が我々に教えてくれた。どうやら各町内から山車が出て、それのコンクールが行われるとのことだった。「交通規制が敷かれるからこのあたりも車で走れなくなりますよ」と言われ、実に危ないところだったということを知る。
その他にも山の上に城が見えると「あれは観光用ですよ。新しいものです。」などいろいろと教えてくれる。僕は本当に静岡県人だったのだろうか。

水着姿で公道を歩く人を見るにつけ、改めて夏なんだなと思う。坂の多い熱海の道を安全運転で走ってくれたタクシーは無事に港に着いた。

フェリー乗り場には、ホテル専用の窓口があり、そこで手続きをした。別の窓口でフェリーのチケットを購入する。少し時間に余裕があったので、ベンチに座って待つ事にした。理子はアイスを食べている。
周りを見渡すと、家族連れがとても多い。それも何家族かで出かけるといった風だった。
それぞれの荷物には海水浴支度に加え、飲食物が多いように見えた。島に行くにはそれなりの支度が必要だという事だ。輸送費のかかる島では物価も高いわけである。

沖の方からフェリーがやってきて、着岸した。島でたっぷり遊んできたという人たちがいっぱい降りてくる。皆一様に日に焼けている。
その人たちと入れ替わるようにして我々が乗船する。

子供達は船の中を駆け回り、大人は席を陣取って談笑を始める。理子も船に乗っている事に興奮しているようだった。僕はベビーカーと荷物を持ち、花さんに理子を託した。
デッキから、離れていく熱海の街を見る。海から熱海を見る事は初めての事だった。そこは山だった。そして分厚い雲が山に覆い被さろうとしている。まさに這い上がってきた雲というようなそれは、アニメ『もののけ姫』にでてくるデイダラボッチのようだった。

熱海の方向とは反対、海の向こうに小さく見えていた島の姿が段々と近づいてきて、やがてそこに船は到着した。30分ほどの乗船だった。
我先にと降りていく人たちを見送り、我々はゆっくりと降りていく。
砂浜というのはなく、船が停泊しているような場所で人々は泳いでいるようだった。
少し歩くと、食堂街と呼ばれる通りがあり、10件近くの店が並んでいた。我々はホテル行きのシャトルバスに乗ると5分ほどでホテルに到着した。
そのリゾートはとてつもなく巨大だった。大きな庭園があり、大きなホテルがあった。
離れ小島に、これだけ巨大なものを作るのにいったいどれだけの労力がかかったのだろう。そしてきっと地元住民とも対立があったりしたのかな、などとも思った。
20年近く前に観た映画『僕らの七日間戦争2』は、島にリゾートホテルを作る大人たちと子供が対決する話だった。まさにバブルを象徴するような話である。

チェックインし、客室に入るとベッドルームが二つあったり、装飾の趣向にも時代を感じる。経年した籐の椅子。なぜか象徴的に置かれたアンモナイトの像。
海の近くにあるホテル独特の、どこか昔を引きずったようなノスタルジー。
巨大な窓を開けると、向こうには海が見える。そしてトンビが大きな羽を広げて旋回していた。どうやらホテルの部屋から餌付けをしている人がいるようだ。
餌やりは禁止事項として書かれているのだけど、客にしてみたらアトラクションの一つのようなものらしい。

荷物を鞄から取り出し、備え付けのクローゼットに服をかける花さんはとても楽しそうだ。しばらく室内で休んでから食事に行く事にした。ホテル内にあるバイキングである。あらかじめ花さんが予約をしてくれていた。そこは天井が高くとても開放的な場所だった。グランドピアノが置かれ、クラシックが流れていた。誰かが演奏しているかと思ったら、席に人影はなく自動演奏によるものだった。鍵盤が無機質に叩かれ音が奏でられる。

ビールのフリーチケットを買い、まずは乾杯し、理子の食べ物を選んだ。それから花さんと交代で食事を狩りに行く。海に囲まれた場所だけあって、寿司やら魚が多い。ステーキをその場で焼いていたり、どこか特別感がある。さすがはリゾートである。
どうしても取り過ぎてしまうがそれらを胃に流し込む。
理子が生まれてから、ビールの摂取量は激減した。それでも減らぬ体重は加齢による新陳代謝の衰えか。ビールは2杯も飲めばお腹いっぱいになってしまった。

デザートコーナーにアイスがあったので、「今日は特別だよ」と言って理子にもあげた。

食事を終えると、部屋に戻る前に庭を歩く事にした。イルミネーションで彩られ、虫の音と相まって心地よい。

本格的な旅は、明日始まる。

2017年7月17日月曜日

HATSUSHIMA

熱海から船に乗って初島という場所に行けるらしい。花さんの会社の保養所としてリゾートホテルがあり、抽選の結果そこに当選した。
そういったわけで、3連休に合わせてそこへ訪れた。
船に乗ってどこかの島へ行くなど、とっても楽しそうじゃないか。

灼熱の東京を離れ、熱海に降り立った瞬間から違う空気を体に感じる。熱海は決して涼しい場所ではないのだけど、東京と比べたらもはやそこは避暑地である。

比較的、雲が多い日々ではあったのだけど、その方がかえって日焼けをするようで、しっかりとこの夏の日差しを体に浴びた。

理子の思い出にも確かに刻まれたであろう2017年の夏の日差し。
少しは大人になったかしら。