2017年6月7日水曜日

旅行記 life is journey

旅先ということで気が昂ぶっているからなのか、早朝に目が覚める。花さんも理子もまだぐっすりと眠っている。僕はホテルのWiFiにつなげてネットサーフィンをする。
それに飽きるとそっとベッドを離れて階段を降りる。
備え付けの洗濯機を確認する。昨夜タイマー機能を使って洗濯乾燥していたのだけど、外国製のそれはかなり強烈な熱を帯びていた。日本製だと乾燥が終わってすぐは、危険防止のために扉が開かない仕組みになっているものだけど、外国製だとすんなり開いて、洋服たちはこれでもかと言わんばかりに熱い。
それに洗剤のせいなのか、洗濯機のせいなのか分からないけれど、洗濯物が全体的に黒ずんでいるように見えた。全てを日本での生活のように求めてはいけないとは思うのだけど。

僕たちがシンガポールで滞在しているホテルでは、バリの時のようにホテルから出て海を見に行くなどということは容易くない。ちょっと歩けばカルティエやプラダなどの高級ブティックが全て揃っているようなエリアなのだ。とりあえず洗濯物を畳み、3人分に仕分ける。これでもかと熱を帯びていた割に乾いてなかった服をハンガーにかけて干す。
そうこうしてるうちにどうやら二人が目を覚ましたらしい。楽しそうな声が上階から聞こえてきた。

理子は割と体が丈夫な方だと思ってはいたけれど、まだ2歳だ。当然環境が変われば体調を崩すだろうし、食事が合ないこともあるだろうと思っていた。しかし理子はピンピンしていた。寝ながらベッドから落ちても、熱帯地方で虫に刺されても、特に様子に変わりはない。iPhoneのトーマスアプリアディクトなだけだ。


この日は最後の観光日だった。昨夜のマルシェで食べきれなかったピザをテイクアウトして持ってきていたので、それを温めて食事を済ませた。
荷物の整理をして少し部屋の中でゆっくりと過ごし、支度をして出かけた。
もう花さんは何も言わなかったけれど、僕はまたサロンを巻いていた。逆に言えば、旅先でないとできない格好をしていたわけだ。シンガポールにいる人のおしゃれ、というものがどうやら金持ちストリートファッションのようで、カニエウエストの靴やらオフホワイトを着ていて、まるで総インスタグラマーみたいだった。
そういったわけで、ゴーイングマイウェイに、昨日買ったRVCAの白いTシャツを着て、真っ赤なサロンを巻いた。多民族国家だから問題ないだろう。

理子はおとなしくベビーカーに乗った。花さんが行きたいといっていたデパートで、子供服を見る。そのフロアではキッズコーナーがあり、ジャングルジムなどの遊具があった。
花さんが買い物をしている間に理子をそこで放牧することにした。月曜日ということもあり、あまり人はいなかった。ベビーシッターと思しき人やら、ものすごくお金持ちふうの人がいるくらいだ。
お金を入れると前後に動く、車を模した遊具にとても興味を持ってしまった理子は、それに乗りたいとぐずった。ありがたいことに、とでも言うべきか、両替機も近くにあったためお札をコインに変え、理子をそれに乗せお金を入れてみる。車の形をしたそれが前後に動き、なにかのメロディーが流れ始めた途端、「降りる」というリリックをドロップする。
「待て待て」と僕が言って降りようとする理子をなだめる。
なだめても、泣いて嫌がる子を乗せておくわけにもいかない。仕方がないので理子を下す。無人で前後運動を続ける遊具には、言葉では言い尽くせないほどの哀愁が漂っている。その周りで遊んでいた子供達は不思議そうにそれを見つめ、やがてそれに乗った。
求めていたものが手に入っても簡単に手放してしまうのが2歳児だと知る。

そのうち買い物を終えた花さんが戻ってきた。手には買い物袋を持っていて、どうやら戦利品があったようだ。


デパートから出ようとすると、外は雨が降っているようだった。突然天候が変わるのが熱帯という感じがする。仕方がないので昼食を摂りながら雨が止むのを待つことにした。
地下にある飲食店の連なりを何往復かした結果、「二子玉にもある」という小籠包が美味しいお店ディンタイフォンへと行った。少し並んだけど、すぐに入ることができた。
たまたま隣のテーブルには日本人が鎮座しており、日本語を聞きながらの昼食となった。
最後の昼食だからということで値は張るもののビールを発注する。ここもメニューリストにチェックして発注する方式だった。
青菜炒めや小籠包、チャーハンなどを発注する。こんなことを言ってしまっては本末転倒ではあるのだけど、チキンライスを始めてとして、シンガポール料理がいまいち不得手だったため、台湾料理であるこの店の料理はとても美味しく感じた。二子玉でも食べられるとはいえ、そこで食べてはとても値が張る。僕はこの店オリジナルのメニューの厚揚げも発注することにした。それは舌鼓を打つほど美味しかった。


食事を終えて外に出ると、小雨になっていた。完全に雨が止むのを待つのは諦め、電車に乗ってリトルインディアに行くことにした。その名の通り、インド人街である。
リトルインディア駅を降りてしばらく歩くと、街の雰囲気が一変して、なるほどここがインド人街か、と思わせる様相になる。建物がとてもカラフルだ。
青い壁に黄色い窓枠、赤い柱の建物があるかと思いきや、カトン地区で見たようなパステルカラーの家があったり、ゴシック様式の建物もあった。
とはいえ全体的にはかなりパンチの効いた色使いの街だった。曇り空で全体に沈んで見えていたけれど、晴れの日に歩いたら目がキンキンしてしまいそうだ。
ウィリアムエグルストンが写真を撮ったら、きっと綺麗にトリミングするんだろう。

結局のところ、作られた観光スポットに行くよりもこういった町を歩くのが楽しい。人が住んでいて、成り立った町。リアルな息遣いを感じる町。店の軒先で店員と馴染みの客らしき人が会話を楽しんでいるスローな雰囲気。

リトルインディアではスリ・ヴィラマカリアンという寺院を一つの目的地としていたのだけど、行ったタイミングでは中に入ることができなかった。そういったわけで建物の外側だけを見るにとどまったのだけど、やはり神を祀り崇めるところというのは技巧を凝らした装飾を多用するようだった。人が神に対して献身的であることを示すというのはこういったところにも表れるのかもしれない。

強烈な色彩を元々は持っていたであろうそれは、容赦のない太陽の光で色褪せてしまったように見える。そんな神々が凄まじい数、配された屋根というのか門というのか。厳かというのとは少し解釈が異なると思う。

閉ざされた門の向こう側で、椅子に座って誰かが眠っているのが見えたから、きっとシエスタ中だったんだろう。
しばらく通りを歩いていると、制服を着た小学生くらいの子供たちの集団がいた。30人ほどの4つくらいのグループが先生と思しき人に引率されていた。社会科見学だったのかもしれない。僕の社会科見学はみかん工場だったから彼らのそれはとってもディープだ。

歩いていると、ちょっとした空き地のようなところがあって、中央にカラフルな傘が飾られたモニュメントがあった。柵はあったけど中には入れるようになっていて、そのモニュメントのコメントが書かれた小さな看板があった。
理子はベビーカーでおとなしく寝ていたので、僕は花さんに「ちょっとあのモニュメントの下のところまで行ってみて」と言った。
つまり僕が写真を撮るから、ということなのだけど、花さんは雨で芝生が濡れているにも関わらずそこまで行ってくれた。優しいのである。いい壁があればそこに立ち止まって写真を撮らせてくれる。付き合ってた頃から変わらないのである。
モニュメント近くで振り返った彼女はすっかり不機嫌な表情。あとで聞いたら雨上がりの芝生は濡れているうえに、虫がいっぱいいたらしい。
そんな不機嫌な彼女を僕はしっかりと撮影する。「もういいでしょ?」と口でも目でもなく顔が言ってる。


そんな姿を撮影していたからバチが当たったのか、僕はその後ものすごく便意を催した。
それは旅始まって以来の腹痛である。次の目的地であるムスタファセンターというディスカウントショップに入ると、すぐさまトイレを探した。案内板に沿って見つけたにも関わらず、そこは鍵がかかっていて入ることができなかった。安心という名の扉を一度開きかけてしまったから、とても辛い。
ムスタファセンターはこの近くにもう1店舗あり、そこにすぐさま向かった。暑いし、腹痛だし、とても辛かったのだけど、その上、もう一つのムスタファセンターはものすごく混んでいた。ガイドブックには『ここでお土産を揃えよう!』と書かれている。人気店なのである。相当逼迫した表情で、僕はトイレを探していたのだけど、見つからず神に祈った。「異国の地で漏らしたくない」と。
すると花さんが「そこにあるじゃない」と冷静に教えてくれた。「理子とこの辺にいるから行って来なよ」というので、群れる人混みをかき分けトイレへと直行する。

果たして、トイレは衛生的とは言えない場所だったけど文句も言えない。個室は空いており、入ってみると紙がない。入り口のところに、ポケットティッシュが数セントで売られていた。財布はベビーカーのポケットに入れていて持っていない。トイレを出て花さんを探すも、「この辺にいる」と言っていた場所には当然おらず、「この辺」から離れたところで花さんを見つけることができた。
自分の財布なのにまるで盗人のようにポケットから抜き取り、トイレへ戻る。そうして求められている数セントを投入口に入れようとすると先ほどは気がつかなかった『SOLD OUT』の文字。
もう入り口は開かれている。もう出してから考えよう。
衛生的でない紙もないトイレでそれを済ませると、カバンの中から理子用のウェットティッシュを探し当てた。トイレに神様はいた。

トイレから出ると、花さんに「すごい顔してたよ」と言われた。その時の僕は何を言われても無敵で清々しい気持ちであった。


リトルインディアを離れて、リバークルージングに行くためにクラークキーという場所へと電車で向かった。雨はまだ降っていて、それはなかなか止みそうになかった。
欧米人に人気のスポットなのか、飲食店が軒を連ねており、昼間から人々はビールを飲んでいた。メニューを見てみるといずれも一杯1000円以上だった。それでもグラスを重ねている人たちはとてもリッチなビジネスマンたちなのだろう。
リバークルージングも、やはり花さんがあらかじめ予約をしてくれていた。乗り場で受付を済ませると次の出航までそこで待つことにした。

おじいさんとその孫らしき小さな子が、僕たちが並んでいる列とは別に並び、係員とともに船に乗り込んでいった。どうやら船を貸し切っているらしい。20人くらいは乗ることのできる船に、運転手と2人だけ乗せて船は出航していった。
雨は止まなかったけれど、我々が乗る船も出航となった。もちろん他に10人くらいを乗せて。
川は雨が降ったこともあるのかもしれないけれど、茶色く濁っていた。
さっきまで歩いていた道を、川から眺めることができた。

だんだんと日が暮れ、暗くなっていった。船はきちんと撮影スポットへと我々を誘う。
マリーナベイサンズからは空に向かって光線が放たれているのが見える。なにかイベントが行なわれているようで、なにやら大きな音が聞こえた。

世界3大がっかり観光として名高いマーライオンを真正面から見ることができるのはクルーズだけらしいのだけど、真正面から見てもそれはやはりがっかりする、と言っていいかもしれない。単純にあまり大きくないのだ。

白い建物が連なり、また岸辺に船も連なってるのが見える。瀟洒な建物の向こうに、シンガポールの経済を支えているであろうビル群が見える。船は適度なスピードで周遊していく。僕らにとっては旅の終わりを噛み締めるように。
先ほどまでただ茶色く濁っているように見えていた川は、ネオンを反射させる鏡のようになっていた。


クルーズが終わると、夕飯を食べに行った。チリクラブの店だ。チリクラブというのはカニをトマトベースのスープで煮込んでいて、少しピリ辛のローカル料理とのこと。日本でも一度食べたことがあって、それをまさに本場で食べようというわけである。
花さんによってジャンボという店が予約されていた。とても人気店らしく、平日なのにとても混んでいる。予約のありなしで列が違っていて、我々は予約していたので、当たり前だけどすんなりと入ることができた。
屋根付きの屋外席に通されると、理子用にチャーハンを頼み、我々にビールを頼んだ。そして当然ながらチリクラブである。しかしカニは時価とのことで、値段をきちんと確認してから注文した。ここまで来て食べないわけにはいかない。

周りにはビジネスマンと思しき人たちがカニをがっついていた。肌の色は三者三様で、この国は不思議な場所だなと改めて思った。その他にも女性二人で来ていたり、皆さんなかなか食欲旺盛のようであった。

ここのチャーハンを理子はよく食べた。本当に頼もしい子である。
諸々の料理が片付いてから、いよいよチリクラブが登場した。カニが一匹、オレンジ色の濃厚そうなスープの中に鎮座している。
もう食べる前から脳が「おいしい」と教えてくれている。早く手を動かせと指令を出しているのがわかる。大きな右足を花さん、大きな左足を僕が食べる。甲羅を割るための器具をもらってはいるけれど、我々は素手でカニを持ち、歯で甲羅を打ち破り肉を喰らった。
カニの香ばしさと濃厚スープの旨味が口の中を占拠する。ピリッと辛さを感じるけれど、嫌なほどではない。
しかしながら僕は買ったばかりの白いTシャツを着てきたことを後悔せずにはいられなかった。早速肩口にオレンジ色の染みができていたからだ。とはいえ美味しいものは美味しい。また、揚げパンをスープにつけて食べてもこれがとてもうまい。揚げパンの汎用性たるや侮りがたしであった。

理子は残念ながらこれを食べることができなかったから、時間を弄んでおり、「トーマスアプリする!」と絶叫していた。アディクトしているのである。


食事をしながら、あっという間に過ぎていった旅の日々を二人で反芻していた。その会話で交わされるのは「また今度行くときは」ということを前提としていたことで、花さんと二人で笑った。
まだその場にいるのに、次はどうしよう?と考える旅というのは初めてのことだった。
これまで理子とは韓国と台湾に行っているけれど、これからまた成長していくにつれて、できることや気を付けなければいけないことも出てくるんだろうなと思うのだけど、
きっとどこに行っても楽しいんだろうという確信があった。


食事を終えて歩いた道は、雨が降ったことによってキラキラと光り、旅の余韻に浸るにはロマンチックなそれだった。
あの朝日、あの太陽の暑さ。3人でいる時間の尊さよ。
チリクラブのスープのように、濃厚で忘れることのできぬ日々よ。



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