玄関前に車が横付けされると、開け放たれたリビングの窓から
こどもたちの叫び声が聞こえた。
「すぐるだー!」
幼い声で、まだ輪郭が不明瞭なのだけど、確かにそのように聞こえた。
姪っ子たちに加え、今日は従妹の子ども(双子)も来ていた。
彼らとは一年に数回しか会う事がなかったので、
僕という存在はほぼ他人だったのだけど、
年末にちょっと妖怪のイラストを描いたら、たちまち人気者になってしまったのだ。
そしていつの間にか、僕のことを、『遊んでくれるおじさん』として見るようになったようだ。
兄は遊ぶ事を放棄した。実子が3人もいれば仕方のない事だった。
荷物を置くやいなや、仏壇にお供えをする前に
ゆずき「僕を振り回してくれー!」
みずき「僕の足を持ってくるくる回って!」
と、言った具合に具体的な発注をするツインズたち。
しかし僕という人間は一人であるし、ナメック星の神龍でもないので
一度に一人の願いしか叶える事はできないのである。
それに少し離れたところで、姪っ子のうさきも遊んで欲しそうにこっちを見ている。
『OK、順番に話を聞こうじゃないか』
僕はまずツインズを疲れさせるために足を持ち上げプロレスラーよろしく
ぶんぶんと振り回した。
一人が終わっても、同じ顔のもう一人が元気いっぱいである。
足を持って逆立ちの姿勢で遊んでみる。
どんな状況でもアグレッシブなプレイは子どもたちには楽しいものになってしまう。
倒されようが、振り回そうがキャッキャと笑うツインズ。
僕は水分を補給するためにビールを嗜んでいたのだけど、あっという間にそれらは汗となって体外へと出ていった。
彼らには『疲れる』という言葉は存在しなかったし、
遊べないおっさんはただのおっさんであり、ヒーローではなかった。
僕はヒーローになれなくとも、ちょっと遊んでくれるいいおっさんになるべく
2本目のビールを飲みながら子どもたちに振り回されていた。
その間、我が子は広い部屋の中で、いっぱいのおもちゃに目を輝かせながら
姪っ子たちに遊ばれていた。
手押し車を使って、見事に歩行し、そして転んだ。
高速ハイハイで、時折僕にしがみついてきた。
しかし僕は羅生門で髪の毛を抜かれる廃人がごとく、ずたぼろであった。
子どもたちと遊んでるつもりがすっかり遊ばれているのだ。
そして、ツインズは僕の事を破棄し、次なる遊んでくれるはずのおっさんのもとへ向かうのであった。
夕方頃になると、他の親戚もやってきて、総勢20人近くも集まった。
そしてホットプレートを使っての焼き肉を夕飯とした。
しかしながら、ホットプレート2台にエアコンフル稼働は、
容赦なくブレーカーを落とすことになった。
結局のところ、自然の風が一番涼しい、ということになり、
エアコンを止め、リビングの全面窓をフルオープンし、
コンロを使ってフライパンで肉を焼き、ホットプレートで保温するという
謎なスタイルを確立させた。
あまりの人の多さと暑さで理子は機嫌を悪くしていた。
僕は理子を抱っこして近所を散歩することにした。
18年過ごした土地である。
少しは建物も変わったりしているけれど、全体としてはなにも変わっていない。
お盆ということで、各家の前には、迎え火の跡が黒く残っていた。
僕も子どもの頃は、じいちゃんと一緒にやったものだ。
小さなやぐらのようなものを作って、新聞紙に火をつけて燃やしていた。
当時はどういった意味があるのか分からなかったけれど、
火を見ていると、神聖な気持ちになったものだった。
そんなことを思い出しながら歩いていると、ある家の前で足が止まった。
開けられた窓から、仏壇が見えた。
友達の家、お母さんが亡くなっていた。
灯りはついているのに、時が止まっているようだった。
家は新しいのに、どこか暗かった。
容赦なく不在を感じた。
なぜかおばさんの声は今も耳に残っている。
地元から少しずつ何かのかけらが欠けていくような、そんな気がした。
それでも、と僕は思う。
僕の腕の中にはもうすぐ、一歳になろうかという新しい世代の理子がいた。
僕は理子に話しかける。
『ここはお父さんが生まれて、育ったところなんだよ。理子も好きになってくれるといいな』
理解はしていないだろうけれど、いつの間にか機嫌をなおした理子は、ニコニコして聞いてくれているようだった。
家に戻ると、開け放たれた窓から、やっぱり子どもたちの声がして、
それに混じって大人たちの楽しそうな笑い声も聞こえてきた。
『肩車してー!』
ツインズは容赦ない。ノスタルジーで悦に入ってる場合ではないのだ。
実にお盆である。
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