土曜日に予定がある金曜日の夜って、どうしてこんなにも心が高揚するのだろう。
日が落ちても暑さが弱まる事なく、かえって湿度が高く感じられ不快にも関わらず、家に帰る足取りは、どこか軽い気がした。
家に着くと、理子はまだ起きていたけど、もう眠る時間だった。
理子との、ほんのつかの間を、僕は体いっぱいで吸収する。
気持ちが満ち足りる事なんてないのだけれど、志半ばだけれど、理子は眠るべき時間になる。僕は花さんに理子を託して一人夕食を食べ、お風呂に入る。
そして僕は翌日の支度をする。
1泊2日で沼津に帰るのだった。
8月は二人の姪が誕生日だった。花さんは事前にプレゼントを買ってくれていたので、
それらをスーツケースに大事に仕舞った。そして、理子の着替えと、おむつと、外食セットを用意した。
以前は花さんと二人分の荷物しか入れることはなかったけれど、今回は3人分の荷物だ。
ある程度の準備ができたところで、2階から理子が大きな声で泣いているのが聞こえる。
夜泣きだ。怖い夢でも見たのか、はたまた寝返りを打って壁にぶつかったか。
いずれにしても一人暗い部屋で大きな声で泣いている。ママー。マンマー。
きっとママという言葉は、お母さんを呼ぶ声だから、一番最初に発する言葉だから、
お母さんの事をママって言うんだと思う。
花さんは優しく理子に語りかける。
『大丈夫だよ、ママはここにいるよ』
しばらく激しく泣いていたけど、その声はだんだんと弱まって、いつしか寝息に変わった。
翌朝、理子はご機嫌だ。後頭部にいっぱいの汗をかき、力強くマグに入った水を飲む。
理子が産まれる前とは比べ物にならないくらい増えた洗濯物を、片付ける。
これから留守にするから、室内干しだ。
購入してよかったものランキングベスト5に入る、乾燥機を出動させる。
これで室内干しの嫌なにおいを防ぐ。僕は生乾きの匂いが大嫌いなのだ。
花さんが理子の朝食を作り、食べさせている間、僕は支度の続きをする。
そして10時過ぎには家を出る。すっかり午前中の行動が苦ではなくなった。
大井町線で終点の大井町まで。土曜の朝だけど、車内は座れない程に混んでいた。
自由が丘で一斉に客が降りたので、ようやく座る事ができた。
窓の向こうの風景が流れて行くのを見るともなく眺めていると、
電車はあっという間に目的地へと連れて行ってくれた。
電車を乗り継ぎ品川まで行くと、お土産を買った。
今年大学を卒業する僕の従妹も8月生まれなのだけど、
花さんはプレゼントを買ってあげたいと言って、コスメショップに行くと、
CHANELのヘアフレグランスを購入てくれたのだった。
22歳はもう十分に大人だった。
新幹線は思っていたよりも混んでいなくて、3人席に座る事ができた。
理子に昼食を食べさせ、大人たちは沼津でご飯を食べる事にした。
子持ちは出口付近に座るべし、と花さんの教えがあり、実行していたのだけど
ぐする理子を抱いてあやすには、それは本当に重要な事だった。
三島で降り、在来線で沼津駅へ。久々に駅周辺を歩いた。
僕が東京に出ている間にどうやら『イーラ』という商業施設ができていた。
『イーラでいいら?』という会話が聞こえてきそうだ。
どこもかしこも店は混んでいだけど、そこで昼食を食べた。
ご飯を食べ終えると、電車で原まで行った。
駅のロータリーでは、兄が待ってくれていた。
車に乗り込むと、僕と顔のよく似た兄を見て、理子は不思議そうな顔をした。
『パパによく似た人だな』
車はまっすぐと実家へと向かって走り出した。
僕の短い夏休みがそこには待っていた。
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