いわゆる1000円カットというところに理子は通って髪を切っていたわけなのだけど、
その金額だから仕方がないこととして、思うような髪型にならない、それはスタイルというよりはテクニカル的にちょっと納得がいかないということが続いていた。
そういうわけで僕が通っている近所の美容室に連れて行ったのだけど、つい先日も予約していくことになった。2度目の来訪である。
美容室まで行く道すがら、手を繋いで歩いている。
「美容師さんにどういう髪型にしたいか自分で言える?」と聞くと「お姉さん相手には口下手になっちゃう」と理子は言った。
「理子はなにか自分のなかでこうなりたい人とか、例えばニュージーンズのハニみたいになりたいとかそういう憧れみたいなのはあるの?そういうのがあると髪型ひとつとっても、決めやすくなるものだよ」、と理子にいうと「ハニは好きだけどそういうんじゃない」とのことだった。
僕なんて小学生の頃、床屋と美容室の中間のような店で切ってもらう時、「ドラゴンボールの悟飯の髪型にしてください(ナメック星に行ったところらへん)」なんて言って失笑されたものだったのだけど。
とにかくそういったロールモデルのようなものは理子には存在しないらしい。
でも自分では言えないからパパが言って〜などと話をしているとあっという間に美容室に着いてしまった。
受付を済ませて、担当してくれたお姉さんと対峙する。
また来てくれたんだね とお姉さんが言い、緊張した面持ちの理子は自分の口で希望を伝えることに成功した。
「前髪は眉毛より下だけど目にかからない感じで、全体の長さはあまり変えたくないです」
『なんだ、言えるじゃん』と僕は内心ホッとした。
そうして僕は椅子に誘導されてそこで文庫本を読みながら理子の行く末を見守った。
明るくて、午後より少し手前の時間の日差しが気持ち良い。
僕は来る途中に買った缶コーヒーを飲みながら、自分はいまちょっとした幸せの真っ只中にいるんだろうなって思った。
少し背伸びして大人が通う美容室にいる理子。
それを少し離れた席で見守っている自分。
子供と大人のはざまにいるのを見ているととても不思議な気持ちになった。
髪を切っているところを、こっそり写真に撮ってしまおうかとも思ったのだけど、こういった光景は自分の目に焼き付けたほうがいいかななんて思ってしばらくその姿を見続けた。
まだしばらくはそんな姿を見せ続けてほしいな、なんて思うのは親の道楽の一つなのかもしれない。
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