とは言うものの、心当たりはあった。
「もしもし」と、さも寝起きではないふうを装って電話にでる。
この日、かくかくしかじかで、家に取材に来る人たちがいた。
その担当ADからの電話だった。
「12時に伺います」という内容で、「分かりました」と返事をして電話を切った。
二人暮らしの部屋紹介。
人ごとのように見ていた雑誌の特集とかにある、それだったのだけど、
自分たちがそれに載ると言う。
取材を受ける前に、「なにも特別な収納術とかないんですけど…」などと言っていて
なにを見せればいいのか分からなかったが
実際に担当のかたと連絡を取り合っていても、どうしたらいいのか悶々としていた。
前夜、こそこそと部屋を整理し、こぎれいにし、
普段見えている物を見えないところへ押しやって掃除をしていたのだった。
その続きを、目を覚ましてからも行なった。
基本的に掃除が好きな私なので、なにも苦にはならないが
今回はもう少しそこから発展させて、見栄えをよくすることに重点を置いた。
かくして、12時に呼び鈴がなった。玄関をあけると初めて会う人がそこにはいた。
「今日はよろしくお願いします」
と言って中に迎え入れ、麦茶を出して、ソファへと促した。
客観的に自分たちのことを語るというのは、
どこか結婚式の準備をプランナーとしているときのような感覚だった。
「そもそも二人の出会いはですね…」
ふむ。
話も一段落したところで、実際に撮影が始まった。
自分たちのお気に入りの場所
言わずもがなソファだ。
自分たちのお気に入りの物
HANAは旅先で買ったもの、私は本棚か。
そういったところをシューティングしていく。
カメラマンによってトリミングされた私たちの部屋は
肉眼で見ているよりもなんだかいい雰囲気に見えた。
まるでマジックのようだ。
インテリアを特集する人たちが興味を持つものが不思議だった。
そして、少しセットアップするだけで、
いつもとは違った雰囲気を見せる部屋もなんだか面白かった。
いろいろと話をしながら撮影をしていたのだけど、
スタッフの人とは共通の知人がいて、
「世間は本当に狭いですね」などとお決まりの台詞を吐くのであった。
初対面であるはずなのに、最もプライベートである自宅に招き入れるということに
抵抗がなかったわけではないのだけれど、
スタッフの方とは和気あいあいと話が出来て楽しかった。
取材は2時間程度で終わった。
その後、HANAは休日出勤で、出かけて行った。
私は友人と飲むことになり、三茶へと行った。
髪を切ってきたという彼は、髪もさっぱりし、
めずらしく短パンを履いていて、実にさわやかだった。
久々にいそげんに行き、カウンターで乾杯した。
付き合いもそれなりに長い彼であるが、おそらく初めてサシで飲んだ。
二人だと話せることがある、というのも不思議なものである。
別に秘密を打ち明けるわけでもないのに、ぽろっとこぼれ落ちる。
しばらくすると、仕事を終えたHANAがやってきた。
我々はテーブル席へと移動した。
周りのテーブルには多種多様な人たちが飲んでいたのだけど、
隣のテーブルにはやけにファッショナブルな3人組がいた。
時折私たちが洋服の会話などをしていたのが聞こえたのかどうか知らないが、
一人の女の人が話しかけてきた。
「あなたイケメンだね」というようなことを友人に言っていた。
なんだ、これが逆ナンというやつか。
あまり具体的な言葉は聞き取れなかったのだけど、
要は友人の事がタイプであったらしい。
その後、ファッショナブルな男二人もこちらに加わり、一緒に飲む事になった。
どうやら3人ともそれぞれが某セレクトショップに勤めているらしかった。
一人は、マルジェラのシャツにドリスバンノッテンのネクタイ、と来たので
まさかパンツはアンドゥルメステールか?アントワープ6か?と聞いたのだけど
パンツはアクネで、ジョンスメドレーの薄手のニットを腰に巻き、
足下はオールデンで、眼鏡はクロムハーツというスタイルであった。
HANAはその彼のマルジェラのシャツのタグの仕付け糸?を伸ばして遊んでいて、
そんな無邪気な嫁の姿を肴に、私は日本酒に手を出していた。
限りなく酩酊していく意識の中で、
友人は、その女性から自分の店で働いてくれないかと勧誘されているのを見て、
HANAは眠りの勧誘に負け、壁にもたれかかってるのを見た。
久々に、三茶で飲んでるなぁと実感する夜であった。
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