2009年3月12日木曜日

001

仕事を終えて家に帰ると、郵便ポストに大きな包みが雑に入れられていた。 
その場で中身を確認することはせず、それを口にくわえると、 
鞄からカギを取り出した。 
マークジェイコブスのキーホルダーにつけられたカギを 
ドアノブに差し込みドアを開けると、 
仕事に行く前に炊いていたクンバのお香の香りが、 
主張しすぎない程度に部屋を包んでいた。 

狭い玄関で靴を脱ぎ、木製の丸い皿にカギを入れる。 
鞄を置いて、口にくわえ続けていた封筒をテーブルに乱暴に置く。 
差し出し人は母親だった。 
やれやれ、また見合い写真だ 


進学とともに上京し、既に7年が経った。 
服飾の専門学校を卒業してからずっと、同じデザイン事務所で働いている。 
実家には毎年、季節の変わり目に顔を出すようにしている。 
結婚について、とやかく言うような親ではなかったが、 
以前、友達夫婦が赤ちゃんを連れて実家を訪れたとき、 
母はその子を抱いてそっとつぶやいた。 
「かわいいねぇ」 
直接的な言葉ではなかったが、私の心にはひっかかるものがあった。 
孫が欲しいのだろうと。 
しかし結婚についての話題が食卓で並ぶようなことはなかった。 
私も、その事は日々の雑事に飲まれ記憶の片隅からも消えていた。 
そんな出来事から季節が一度変わった。 


夏のある日の夕暮れ、家の郵便ポストを見ると、 
A4サイズくらいの封筒が入っていた。 
少し厚みのあるその封筒の差出人の欄には母親の名前が書かれていた。 
先日電話をした時には、なにかを送るようなことは言ってなかったのだけど。 
部屋に戻ってそれを開けると中にはドラマなどで見たことのある体裁の 
見合い写真が入っていた。 
しばらくこの事態をうまく飲み込めないでいたが、 
きっちりと折られた便せんがそれには挟まれていた。 

「あなたは早いと思うかもしれないけれど、そろそろ真剣に 
考えてもいい頃かと思います。 
いつまでも自分に酔っている場合ではありませんよ」 

それだけ書かれた文章を、一度はさっと、二度目はじっくりと読んだ。 
三度目にそれを読んだ時、これは見合い写真であり、 
私は母親から結婚を勧められているのだということを理解した。 
理解したが自分にこういったものをなぜ送ってくるのか納得ができなかった。 
私はすぐに携帯電話のリダイヤルで母親に電話をかけた。 
5回目のコールで繋がった。 
「今日写真が送られてきたけど、あれはどういうこと?」 
「便せんを読まなかったの?久々にあんな文を書いたから疲れちゃったよ」 
相変わらず母親との電話は友達との会話のようだ。 
「私にはそんな気はないよ。」 
「だから、そろそろ、と書いたでしょ、今すぐにと言ってる訳じゃないよ」 
なんとなく母親のペースで話しが進められていることに気がついた私は 
適当に話しを終わらせて電話を切った。 

私は母親にあまり隠し事をしない。今までの恋愛の事もすべて把握している。 
私は感情が顔に出やすい。そして母親はそんな私の表情を 
読むのが非常にうまい。 
その結果、好むと好まざるとに関わらず、母親は私を把握しているのだった。 
しかし干渉はしなかった。それが私と母親の良好な関係を築けた理由である。 
それなのに、見合い写真を送ってきたのだ。 
母親は本気で孫を欲しがっていた。 


なかなか捨てることのできない見合い写真が、無印良品の本棚に4冊も入っている。 
4つとも、一度中身を見ただけでそこに押し込んだままだ。 
見ず知らずの人の写真を燃えるゴミとして捨てられるほど、私は礼儀知らずではなかった。 
しかし今日、5冊目がそこにいれられることになった。 
6冊目が送られてくる前に、新しい恋人を見つけよう、私はそう思った。 
私の本棚が知らない人の写真で埋め尽くされる前に。 
季節が変わる前に。 

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