2009年3月12日木曜日

003


その日、日本列島上空において、未確認飛行物体が確認された。

北は北海道、南は沖縄まで実に様々な地域でその存在を誇示するかのように

物体はゆっくりと飛行していた。

それはOLがカーディガンを肩にかけ、財布を小脇に抱えて

「今日何にする?」と対して仲もよくない同僚と昼食の話をする時刻のことであった。


サングラスをかけた唯一無二の司会者の番組は中止になり

その飛行物体を特集した特別番組が急遽放送された。

こういった時にしか需要がないどこそこ大学の教授は

とっておきのスーツに身を包み、それでも白衣を羽織って

得意げに、雄弁に語っていた。

「これは非常事態です。謎の飛行物体の目的は計り知ることもできませんが

これははるか昔に予言された未知の生物の襲来です、つまり人類の滅亡を表します。

逃げも隠れもできない。神に祈ってももはや仕方の無い事なのです。」

なんの解決にもならないことをどこそこの教授は言った。

全く場違いなのにも関わらず急遽招集されたコメンテーターは

それに対して、ギャランティに見合う分だけの返答をした。

「まだそうとは言い切れませんよ。謎の飛行物体がこちらになんのアクションも起こしていない、

なにか要求があるのか、この星を破壊しにきたのか。不確定要素の多い中で不安をあおるのは

いかがなものでしょうか」


中身がなく、ただの焼き直し的内容の情報が伝えられて行く。

過去にあった未確認飛行物体の映像から、ネッシーまで。

そしてこの非常事態に総理大臣は沖縄でゴルフをしているとまで伝えた。

こんな時でさえ、報道は総理大臣の支持率を下げる事しか考えられないらしい。

非常事態だと言うのに。



☆☆☆



「ったく、やってらんないよ」

銀河系の中でも1.2を争うほど汚染された地球を掃除する事を言い渡されたタコ星人は言った。

「いちいちそういうことを言うな。言葉にすると余計に嫌になる」

タコ星人とともに、宿題を3日連続で忘れた罰として地球を掃除する事を言い渡されたイカ星人は言った。

「でもさ、よりによって地球だぜ? この前掃除したのは

たったの6500万年前のことなのになんでもうこんなに汚いんだよ?」

タコ星人は吸盤で器用にハンドルを握り運転をしながら言った。

「下等な生物は、極限まで自分を追い込まないと自分の状況を判断できないんだ。

これは仕方の無い事なんだよ。その存在を認めないと話は進まないんだ」

イカ星人はうんざりした口調で言った。

「へっ、そんなに偉そうに言うけど、お前だって宿題忘れたんだろ?」

タコ星人は少しむっとした口調で言った。

「君と一緒にするなよ、僕の場合はそれを宿題としてやる意味が理解できなかったからだ。

分かりきっている事を、宿題として教師に提出しなくてはならないのは僕にとって実に摩耗する作業なんだ」

こんなやりとりがずっと続いている。


タコ星人は、ふれくされたように横を向き、特に汚染された日本を見て言った。

「こいつらなんでこんな中で暮らす事が出来るんだ? 俺には理解できないよ」

イカ星人はその発言を無視して「さっさと始めよう。こんな所にいるとこっちの気分まで悪くなりそうだ」と言って

掃除に取りかかるための準備をした。



続く

(オリジナルはたしか星しんいちあたりがかいているきがします)


002

鞄の中に入れてあったiPodを取り出すと、 
イヤホンを耳に装着した。 
「シャッフル」機能を選択し、しばらくすると 
crown city rockersの「what you wanna do?」とディスプレイに表示された。 
悪くない。 
さぁ、仕事に行くぞという気持ちのときに、「君がいないと何にもできないわけじゃない」と 
曲がりくねった表現の歌を聴きたくない。 
誰だってそう思う。 

駅に通じる商店街を歩いていくと、こじんまりとした八百屋がある。 
40歳くらいの夫婦と、そのどちらかの母親らしき女性と、 
3人が店頭に並んでいる。3人がいるとその店はとても窮屈そうに見える。 
僕が店の前を通り過ぎると、店員の男性が電話でだれかと話しをしている声が聞こえた。 
「あと一年がんばれよ、こっちもがんばるから」 
大きな音量で音楽を聴いてないにしても、イヤホン越しに聞こえる声だった。 
どこか地方に進学した息子だか娘が留年してしまい、 
親に連絡を取ったのだろうと僕は推測した。 
それでも、と思う。 
昼の12時に言うことなのであろうか。 
まだ始まったばかりの1日は、その電話によって影を落とされたに違いない。 
せめて夕飯を食べて、食後のお茶を飲んでいる午後8時に 
してあげるべきだったのだ。 

太陽の光があたる道を抜けて駅へと入った。 
急行電車に乗ると、客が一人降りて端の座席が空いた。 
神経質そうな顔をした女性が反対の座席から、 
誰にもゆずらないぞという姿勢でその席に座った。 
僕はその向かいの席に(この席も一番端の席)に座った。ゆっくりと。 
そしてハードカバーの本を鞄から取り出して、つかの間の読書を楽しんだ。 
左手にコーヒーがあったら完璧だった。 

目的の駅に着くと、甲高い声をあげて話しをしている女子高生の集団とすれ違う。 
駅前でチラシを配っている人をかわして職場へと向かった。

001

仕事を終えて家に帰ると、郵便ポストに大きな包みが雑に入れられていた。 
その場で中身を確認することはせず、それを口にくわえると、 
鞄からカギを取り出した。 
マークジェイコブスのキーホルダーにつけられたカギを 
ドアノブに差し込みドアを開けると、 
仕事に行く前に炊いていたクンバのお香の香りが、 
主張しすぎない程度に部屋を包んでいた。 

狭い玄関で靴を脱ぎ、木製の丸い皿にカギを入れる。 
鞄を置いて、口にくわえ続けていた封筒をテーブルに乱暴に置く。 
差し出し人は母親だった。 
やれやれ、また見合い写真だ 


進学とともに上京し、既に7年が経った。 
服飾の専門学校を卒業してからずっと、同じデザイン事務所で働いている。 
実家には毎年、季節の変わり目に顔を出すようにしている。 
結婚について、とやかく言うような親ではなかったが、 
以前、友達夫婦が赤ちゃんを連れて実家を訪れたとき、 
母はその子を抱いてそっとつぶやいた。 
「かわいいねぇ」 
直接的な言葉ではなかったが、私の心にはひっかかるものがあった。 
孫が欲しいのだろうと。 
しかし結婚についての話題が食卓で並ぶようなことはなかった。 
私も、その事は日々の雑事に飲まれ記憶の片隅からも消えていた。 
そんな出来事から季節が一度変わった。 


夏のある日の夕暮れ、家の郵便ポストを見ると、 
A4サイズくらいの封筒が入っていた。 
少し厚みのあるその封筒の差出人の欄には母親の名前が書かれていた。 
先日電話をした時には、なにかを送るようなことは言ってなかったのだけど。 
部屋に戻ってそれを開けると中にはドラマなどで見たことのある体裁の 
見合い写真が入っていた。 
しばらくこの事態をうまく飲み込めないでいたが、 
きっちりと折られた便せんがそれには挟まれていた。 

「あなたは早いと思うかもしれないけれど、そろそろ真剣に 
考えてもいい頃かと思います。 
いつまでも自分に酔っている場合ではありませんよ」 

それだけ書かれた文章を、一度はさっと、二度目はじっくりと読んだ。 
三度目にそれを読んだ時、これは見合い写真であり、 
私は母親から結婚を勧められているのだということを理解した。 
理解したが自分にこういったものをなぜ送ってくるのか納得ができなかった。 
私はすぐに携帯電話のリダイヤルで母親に電話をかけた。 
5回目のコールで繋がった。 
「今日写真が送られてきたけど、あれはどういうこと?」 
「便せんを読まなかったの?久々にあんな文を書いたから疲れちゃったよ」 
相変わらず母親との電話は友達との会話のようだ。 
「私にはそんな気はないよ。」 
「だから、そろそろ、と書いたでしょ、今すぐにと言ってる訳じゃないよ」 
なんとなく母親のペースで話しが進められていることに気がついた私は 
適当に話しを終わらせて電話を切った。 

私は母親にあまり隠し事をしない。今までの恋愛の事もすべて把握している。 
私は感情が顔に出やすい。そして母親はそんな私の表情を 
読むのが非常にうまい。 
その結果、好むと好まざるとに関わらず、母親は私を把握しているのだった。 
しかし干渉はしなかった。それが私と母親の良好な関係を築けた理由である。 
それなのに、見合い写真を送ってきたのだ。 
母親は本気で孫を欲しがっていた。 


なかなか捨てることのできない見合い写真が、無印良品の本棚に4冊も入っている。 
4つとも、一度中身を見ただけでそこに押し込んだままだ。 
見ず知らずの人の写真を燃えるゴミとして捨てられるほど、私は礼儀知らずではなかった。 
しかし今日、5冊目がそこにいれられることになった。 
6冊目が送られてくる前に、新しい恋人を見つけよう、私はそう思った。 
私の本棚が知らない人の写真で埋め尽くされる前に。 
季節が変わる前に。