必要な寝床の数が確保されているにもかかわらず、僕が目を覚ました時はすごく窮屈な体勢だった。布団のなかで玲が大暴れしていた。四捨五入したら布団から出ているとジャッジされるぐらいなものだった。
僕が起きると、花さんが白湯を出してくれた。すでにひとっ風呂あびたあとのようですっかり整っていたらしい。みんなが目を覚ますと、コンビニで買った沖縄ならではの具材のおにぎりを食べた。
僕はロンTの上に薄手のシャツジャケットを羽織っただけの格好で支度を終えた。子供たちもカーティガンを着てる程度だった。
ホテルを出ると青空のもと、バスターミナルまで歩いて行った。ひとけはあまりなく、車の往来はあるもののクラクションが鳴り響くこともなく、喧騒というのとはほど遠い。
バスターミナルに着くと、沖縄ワールド行きのバスを確認した。どうやらパスモやスイカなどの、本州では使用できる交通カードは使えず、沖縄オリジナルカードか、現金のみ使用可能のようだった。そういえばタクシーの支払いも現金のみだった。
バスの料金をあらかじめきちんと調べ、あらかじめピッタリ用意することにした。ターミナルで待っているとバスがゆっくりと滑り込んできた。どうやらいわゆる路線バスで、各駅停車のようだ。整理券を受け取ってバスに乗るのも久しぶりな気がした。
バスに乗り込むと流れゆく景色を楽しんだ。しかしこの時季の日差しも強いもので、カーテンを閉めることとなった。
40分ほど乗っていると沖縄ワールドに到着した。
花さんが事前にチケットを購入しており、スムーズな入場となった。
まず最初に玉泉洞というところに入った。いわゆる鍾乳洞であり、いきなり大冒険感のある場所だった。ひんやりする場所かと思ったのだけど、不思議とその中は暖かく、僕がかけていたメガネが一瞬で曇るほどだった。最初は怖がっていた玲も歩をすすめるにつれて楽しくなってきた、と言って軽快な足取りになった。
3年で1mmしか伸びないという鍾乳石が何メートルも連なっている姿からは歴史の偉大さを感じたし、いまもなおその長さを更新し続けているというのも面白い。床に雫がたれており、そこにはうっすらとこれからの鍾乳石の塊ができ始めていた。
勢いよく水が流れるところがあったり、静かに水がたゆたう場所もあった。そこには生き物が生息しており、子供たちは見つけると大きな声を上げた。生命の神秘である。
鍾乳洞を抜け地上に出ると、さまざまなフルーツが茂るコーナーへと行った。
バナナやパイナップル。グアバなどもあった。そのエリアを抜けた先にあるのはそんなフルーツを使ったジュースやアイスで、商売への自然な誘導にまんまと財布を広げることとなった。
グアバジュースとスイカフロート。どれも美味だった。
休憩所にいる人たちを何気なく見渡すと日本人以外しかいないと言っても過言ではなかった。中国か韓国かそれ以外。距離的な部分も大きいとは思うがこんなに密度が濃く外国人だらけな空間にいるというのは心落ち着かないものだったが、店員のおじいさんなどは慣れた感じであしらいがうまかった。
そのすぐそばにあるシーサーへの絵付けを玲がやって、紅型染めというものを理子がやった。うすく地元のラジオがかかる空間で、中国人の家族とともに絵付けをする玲。世界に一つだけのシーサーが誕生した。
その後、施設内にある小さなレストランで食事をした。値段設定が強烈に観光地だった。
僕と花さんはハンバーガー、子供たちは5000円もするハンバーグステーキを2人で分けてもらった。そのような、考えてはいけない領域というのも旅にはつきものである。
この施設内で作っているらしいビールを注文し、それを飲んで溜飲を下げるのであった。
食事を済ませると、ガンガラーの谷という場所に行った。そこはツアーへの参加という形でしか入ることができないらしい。
入り口こそ鍾乳洞のような空間だったのだけど、その先はジュラシックパークのようで木々が生い茂り、巨大なガジュマルがそこかしこと生えており、背の高い場所から茶色の根っこを長く地面に向けて垂らしている。なかなかにすごい場所だった。「ガジュマルは歩くんです」とツアーガイドのお姉さんは言った。ホラー的なことではなく物理的に本当に移動するようだ。
剥き出しになった地層と鍾乳石。歴史の単位が何桁も飛び越えた世界に踏み入れていると、自分はここでなにをしているんだろうという気になる。そこでは日本最古の人類の骨が埋まっていたり、石器や装飾品なども出土しているらしい。ガイドをしてくれたお姉さんの軽妙な語り口で随分と楽しむことができた。
その後、ドクターフィッシュの水槽に足を突っ込むというイベントを経てから帰路に着いた。帰りのバスは満席で座ることができずみんな立っていたけれどこういう時にも耐える忍耐力が子供達に備わっていてよかった。
バスターミナルにつくと10分ほどの距離でホテルには着くのだけど疲れ切っていたのでタクシーに乗ることにした。するとその運転手はものすごく丁寧で、一度Uターンしてからホテルに向かうということをすごく申し訳ないと言い、メーターをしばらく倒さずに運行してくれた。そして、どこに行ってきたのか?と質問され、場所を伝えるとバスなんか乗らなくてもタクシーで行ったら安くてすぐだったよ。と教えてくれた。
そしてタクシーすら乗らずともレンタカー借りたらもっといい、え?ペーパードライバーなの?大丈夫、沖縄の人はクラクション鳴らしたりしないよと言った。
僕らは疲れがどこかへ行ってしまうかのように笑った。
お礼をいってタクシーを降りると花さんが言った。「その土地のタクシーの運転手さんの感じでその土地のことがよくわかるよね。この前の京都で乗ったタクシー、アレだったもんね」。
そう京都で乗ったタクシーはすごく京都であった。
「え?私金閣寺から徒歩数分のところにすんでますが行ったことあらへん。え?京都なんて美味しい店ないですよ。何しにきはるんやろねぇ。」こんな感じだった。
沖縄は本当になんくるないんだろうと、人の穏やかさを知った。
夕飯はステーキを食べると決めており、それはホテルから歩いて10分強の場所だった。歩いていて思ったのだけど、道にはあまり街灯がなく暗い道だった。あまり歩いてどこかに行くというようなことが沖縄ではないのだろうか?
目的のプランAの店は、人だかりができており、待ち時間は70分だった。そこはスパっと諦めてプランBに向かう。ちょっと怪しげな雰囲気の立地にあるそこはスムーズに入店できた。
その店はオリジナルのステーキソースが数種類ある。以前テレビでも紹介されていてそれを見てから、そこに行ってみたかったのだった。店員さんはマレー系と見える人たちが多く、牛肉の店でちょっと不思議な感じがした
値は張るが、ステーキをそれぞれが注文した。すぐさま出てきたシチューも美味しいし、沖縄で飲むオリオンビールはやはり気分的にも最高だ。
いざ肉の塊が届くと色々なソースを取っ替え引っ替え楽しんだ。
にんにくしょうゆ味を理子も僕も気に入った。こんなに食べられるかな?と食べる前は圧倒されたけど、あっという間に平らげることができたし、お腹におもたさを感じることもなかった。不思議な感覚だ。
値段も4人で1万4千円ほど。牛角でみんなで食べても同じような値段だからものすごく贅沢をした、というわけでもないのかなと思った。
とても1日で沖縄を堪能するなど不可能だけど、その一端を味わうことができた。
帰り道は玲は寝た。まだ抱っこして帰ることができてよかった。