僕たち一家は布団を敷いて寝ている。上野毛の家に住んでいるときは、花さんが一人暮らししているときから使っていたセミダブルのベッドで寝ていたのだけど、それは新居に引っ越す際に処分していた。
ある休日、朝ごはんを済ませて一息ついた頃、僕は布団を畳むために寝室へと行った。寝室からリビングは廊下で繋がっていて、開け放たれたドアから、花さんと理子の姿が見えた。ドアという枠にトリミングされたその二人の姿は、なんていうことのない日常だったのだけど、何故か目が離せなくなってしばらく眺めていた。
赤い椅子に座った花さんの膝に、ちょことんと乗った理子。携帯電話を見ているのか、二人とも俯き加減なのに、すごく楽しそうな雰囲気が廊下を隔てても伝わって来る。
幸せというのはこういう瞬間に何気なく触れることができることを言うのかなってふと思った。
その幸せの構図の中に入れてもらうべく、僕はさっさと布団を畳んでリビングへと廊下を歩いた。二人の顔が、パッと前を見て僕を捉える。いい休日の始まりだった。
『理子、今日はどこへ行こうか?』
珈琲の匂いがかすかに残り、まだ暑さの残るある日。
2017年10月15日日曜日
2017年8月13日日曜日
2017年8月7日月曜日
家族
この夏はもう二度と来ない夏なんだなって強く思った。
実家を建て直していることが一番強い要因なのだけど、家族のうち二人が入院していて、子供たちがいくら騒いでも違う部分で不在という静けさをもたらしている気がする。
それも一つの要因だと思う。
僕が暮らした18年間の実家。途中改築もしているけれど。
それが今年取り壊される。そしてその真裏に新しい家を新築している。
ところどころ壊れているし、剥げているけれど、そのままでいてくれないかなって
心のどこかでは思っている。
けれど僕はそこでは生きていないからそんなことを思えるのであって、そこで暮らしている家族たちは、次のステップに進もうとしている。
じいちゃん、ばあちゃん、親父、おかん、兄夫婦、姪っ子3人。
絶滅危惧種のようなこの世帯人数は、今後はあの家ではとても暮らしていけないだろうと思う。
そんなセンチメンタルの中にいるので、ついつい家の近所を散歩してみたりする。どこも変わっていない景色みたいなものを家の近所に探してしまうのかもしれない。
そして家の写真を撮ったりしている。それは今までよりも顕著に。
強烈なノスタルジー。
毎年、毎月、毎日、この瞬間はいつか過去になるのだけど、
もう二度と同じ日はないんだなって思うと、今日も理子が笑顔で過ごせるように、精一杯頑張ろうと思う。
二人の快復を祈る。


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