2017年5月26日金曜日

旅 6日目


 























旅行記 ハローグッドバイ編

熱帯モンスーン気候のバリでは、植物は大きく育ち、また色が濃く眩しく見えた。花もいたるところに色濃く咲いた。
宿泊している部屋の扉の脇には、小さなテーブルセットが置かれていた。そこにはガラス瓶が置かれていて、毎日新しい花が飾られていた。部屋からレストランへと向かうアプローチには、高い木に咲いた花が落ちていて、それが実にいい香りを醸していた。現地の人が耳に花を飾っているのをよく見かけたので、僕もそんな白い花の一つを拾って理子の耳につけてあげた。花が生活に密接しているというのはやはり気分がよいものだった。

最後の朝食を食べる。最後はやはりミーゴレンだった。

部屋に戻って荷造りをする。トランクの一つは、ほぼ理子のオムツで埋まっていたのだけど、日が経つにつれて当然それらは減って、代わりにお土産がそこに収納された。
昨夜コンビニで買った瓶ビールは、栓抜きがなかったという致命的且つ、よくありがちな理由によって飲めなかったため、タオルに包んでスーツケースに仕舞った。
僕はサロンをすっかりと気に入ってしまったので、ズボンではなくそれを巻いた。そんな姿を見て花さんは「本当にそれで飛行機に乗るのかい?」と言って笑っていた。

すっかりと荷物が片付けられると、ホテルのフロントに電話をして荷物を運んでもらうことにした。それまでの間、カメラを適当なところに置いて3人で記念撮影をした。
理子は花さんの旅用のカリマーのリュックサックをすっかりと気に入ってしまい、その小さな体で背負っていてとてもかわいらしかった。親のすることを真似したくなるのだろう。
僕はポーターが来る前に、海を見に行くことにした。初めてここに来たときに見た、門の扉の向こうに広がったあの海をもう一度目に焼き付けたかった。小道には白い花が落ちていて、やはりいい匂いがしていた。

フロントで花さんはチェックアウト手続きをしていた。本当に素晴らしい経験だったとコンシェルジュに伝えると、「またオカネを貯めて来てくださいね」と流暢な日本語で話した。

施設が近代的なわけではないけれど、丁寧に手入れされ、また宿泊客もその部屋を大切にしたくなるような、そんな雰囲気がある。外に置かれた像には苔が生えていて、それもまた時間の経過を感じさせるものだったし、ただ宿泊するだけではないこの空間が素晴らしかった。また泊まりに来たいと思えるホテルに出会ったのはこれが初めてのことだ。

tandjung sari hotel
またいつかここに来たい。それをコンシェルジュに伝えると、彼は微笑んでそれに答えた。
配車してもらったタクシーで空港へと向かう。その道すがら、大きな通りの交差点に巨大な石像があるのが見えた。「大きな交差点には事故が起きないように魔除けとして石像が置かれているんだ」とマラートが教えてくれたのを思い出した。初めて訪れた国で思い出となったものたちが車窓を流れていく。



シンガポールはどんな国なんだろう?
シンガポール・チャンギ空港行きの飛行機は定刻に飛び立った。



16時近くになり、無事にシンガポールへと到着した。
空港からすでにバリとは違う趣がある。近代的である。ある一角には蝶々が飼育されている場所があり、理子は蝶々を追いかけて走り回っていた。
入国審査を済ませ、荷物を受け取ると、まずは空港内にある両替所で円をシンガポールドルに両替する。バリとは違って、安心してお金を受け取ることができた。そして予約してあるgoodwood hotelへとタクシーで向かった。
シンガポールはその歴史や地域性から様々な人種が居住しているらしかった。僕の認識としては、黄色人種が多いのかと思っていたのだけど、マレー人やらインド人などもいた。ある時僕はいったいどの国にいるんだろう?と思ったくらいだった。この異国感はトルコに行った時と似ていた。

シンガポールは電車内や歩きながらの飲食が禁止されていたり、つばを吐いてはならないなど、大人としては常識的なことから、少し気をつけないといけないことまで様々なことが禁止されている。逆に言えば、街は清潔そうに見えた。

ホテルに着くとチェックインをしポーターによって部屋まで案内された。ポーターは僕を見るなり、「その腰に巻いたものはなんだ?」ということを聞いてきた。
「サロンだ」と答えると、そのポーターはものすごく喜んだ。彼はマレー人であり、サロンにとても馴染みがあるから、ということらしい。どうやら意図せず掴みはばっちりだったようだった。
フロントとは別棟に部屋はあり、ゴルフ場にでもありそうな小型の4輪車で移動した。案内された部屋は5階でルームキーはカードだった。タンジュンサリとは全く異なる。あそこは南京錠だった。
部屋の構成はメゾネット式になっていて、まず上階にベッドがあり、下階にはソファセットや書物テーブル、キッチンスペースにトイレシャワールームがあった。床はヘリンボーンで好みの内装だった。
シンガポールではチップは不要だった。実にシンプルだ。


すこし休憩してから、街へと繰り出すことにした。ホテルを出ると数分で近代ビルが乱立するエリアだった。高級ブティックや高島屋などのデパートもあった。多くの人で溢れていて、そしてファッションに気を使っている人たちが多く見られる。
A・マックイーンのウィンドウディスプレーは日本では受けが悪そうなルックで飾られていた。どうやらとっても金持ち向けのイケイケなものだった。
歩きながらの飲食は禁止されているけれど、喫煙はグレーらしい。その辺に腰掛けてテイクアウトしたものを食べ、タバコを吸うという姿をよく見かけた。
テイクアウトしたコーヒーなどの飲料は、そのまま持っていると歩きながらの飲食とみなされてしまうからなのか、日本では見かけることのない、それ専用のビニール袋で仕舞われていた。


デパートの中華屋で食事をとることにした。メニューを見ると、リストにチェックして店員に渡す仕組みだった。色々な言語を有する国だからこのような仕組みを取っているのかもしれない。金曜日だったこともあって店はとても混んでいた。僕たちはチャーハンや空芯菜の炒め物などを選びリストをチェックした。ビールは恐ろしく高い値段が設定されていた。デパート価格なのかと思いきや、この後に訪れるどの店でもビールは総じて高額だった。そういったわけでコンビニで買ったものを部屋で飲むことが多かった。ちなみに夜10時以降はアルコール類を購入することはできない。


僕は久々の人の多さに酔ったのか、はたまたバリというゆるやかなタイムラインに慣れ過ぎてしまったのか、体調が思わしくなかった。どうやら理子も落ち着きがなく、全てを食べきる前に店を出てしまった。理子はお腹を下していて、トイレに駆け込むと便がオムツからはみだして大洪水を起こしていた。異国の地でトイレで格闘する羽目となった。


花さんが今回の旅をプランニングする際に、バリからシンガポールなのか、シンガポールからバリなのかを悩んでいた。バリから東京に戻った際に果たしてスムーズに気持ちを切り替えられるのか?ということを気にしていたわけだが、バリからシンガポールの時点ですでに現代社会にヤられてしまっていたようだ。
シンガポールはソフトバンクのCMでおなじみとなった、ビルの上に船を模した巨大プールを建設するような国である。
都会の洗礼を受けたことにうなだれる僕は、コンビニで買ったタイガービールを部屋で飲んで喉を潤すのだった。

2017年5月25日木曜日

旅 5日目


















旅行記 バリ最後の夜編

カメラを持ち歩くと、ただの日常の風景を見る目が、まるで絵を切り取るような眼に変わる。そういう意味では持っていない時よりは+aなにかを得られるような気がする。
iPhoneのカメラも良いけれど、それよりはもう少し視点を変えて物を見てみたいという気持ちもある。iPhoneは世界と共有するため。カメラは自分と対峙するために。

この日も5時台に目が覚めた。聞き慣れぬ鳥の鳴き声にも少しずつ慣れ始めていた。二人はまだ寝ている時間。こっそりと起きて、海に行く支度をした。ホテル側が用意してくれていたバティック(もしくはサロン)と呼ばれる腰巻の布を巻いてみる。しかしながらホテルマンやその辺を歩いている現地の人のように小慣れて巻くことはできず、とりあえず歩いている途中に結び目が解けてしまわないようにきつく縛った。

海に行く道も、途中で会う人も、少しずつ僕の日常になりつつある。英語を話せないからすれ違う人に「おはよう」に続く「気持ちの良い天気ですね」などの言葉も出てこないけれど。

辺りはまだ暗い。でもやはり海の水平線にはオレンジの光が帯び始めている。
老若男女。世界のどこかの国の人たちが同じ太陽を見るためにビーチに集まってくる。毎日登る太陽にそれぞれの人がなにかしら話しかけているかのように、身動きせずにじっと一方向を見ている。カップルたちは太陽とお互いの顔を見ながら話をしている。

僕も砂浜に座って、手のひらにバリの砂を感じながら太陽を見る。写真を撮る。波を見る。何もしないをする。

太陽の姿が水面から顔を出したので、僕はその場を離れ歩こうとすると「パパー!」と声が聞こえた。振り返るとそこには花さんと理子の姿があった。それはどういうわけか現実味がなく、幻でも見ているかのようだった。理子はまだパジャマ姿で、僕のところに駆け寄ってきて、その重みでようやく現実と同化した。
「部屋を出て行く時に目が覚めたの」と花さんは言った。部屋にいないということは海に行ったんだろうと予想をつけて、理子とともに来たようだった。
この日の朝日もとても綺麗だったので、3人で見ることができて嬉しかった。

しばらく3人で海辺を歩いた。理子が海に入りたがるのだけど、朝方は満潮だったので、浜辺に打ち上がるサンゴのかけらや貝を拾って歩いた。
一旦部屋に戻ってからレストランで朝食を食べることにした。
ウェイトレスは理子を可愛がってくれて、「リコー!」と気さくに話しかけてくれた。
理子の名前を考えた時に英語圏でも伝わるように言葉の響きも考慮したことが功を奏したのかもしれない。
宿泊している他のお客さんの顔もだんだんと馴染みとなり、初老の男性は「オハヨウゴザイマース」と僕たちに挨拶をしてくれたりもした。理子と同じ年頃の男の子と女の子を連れた家族がいたり、日本人の中年夫婦もいた。

花さんはメインにスモークサーモンを選んでいた。僕も前日に同じものを食べたのだけどこれが本当に美味だった。そして「新しいパンに挑戦したから食べてみてほしい、感想も教えてね」とウェイターはクロワッサンとともに新作のパンも用意してくれた。
ホテルの食事はどれを選んでも、一つ一つが記憶に残る味だった。
食事に満足するというには旅において重要なことの一つだと思う。

食事をしながら、今日はどのように過ごすか、というのを改めて話した。しおりには予定が書かれていたのだけど、最後の1日だし、昨日はずっと移動で疲れてるし、なにより理子がホテルのプールで遊びたがっているから、ホテル付近で過ごそう、ということになった。

理子と同じ年頃の男の子は、パパとママの元を離れて、ビーチにあるデッキチェアのところで遊んでいた。すると理子もその場に駆け寄って、男の子になにやら話かけていた。僕と花さんはびっくりしたし、とても微笑ましくもあった。花さんはその場にそっと寄り添って理子のアタックを優しくフォローしていた。僕のところからは理子がどのように男の子に話しかけたかは分からなかったけれど、理子のなかで外に向かう感情が伸びていく瞬間を見ることができて嬉しかった。


僕たちは部屋に戻って水着に着替えた。
バリとはいえ、まだお昼前の時間では水が冷たい。しかし理子にはその冷たさすら面白いようで「きゃー!つめたい!!」と言って笑っていた。
僕も次第にその冷たさに慣れていったのだけど、いきなり足の指に激痛が走った。なにかに刺されたような痛みだった。僕がいたところはプールの深いところだから、理子には危険はなかったのだけど、よくよく下の方を見てみると、カニがいた。しかもそれなりに大きい。プールはその日の水温やphなどが掲示されていて、消毒もなされているようだったのに、生きたカニがいることにびっくりした。

朝も早く起きて、プールでしっかりと遊んだからか、理子はそうそうに昼寝に入ってしまう。屋根つきのデッキチェアのところで理子を寝かせ、僕と花さんはビールを飲んだり本を読んだりして過ごした。昨日行ったあそこはどうだった、とか、翌日からのシンガポールに気持ちを高めたりしていた。
日差しは暑くても、その暑さでビールがぬるくなっても、居心地の良さは変わらなかった。なにより花さんは心からリラックスしているように見えた。


理子が起きると近くの食堂でイタリアンを食べた。花さんは夕方頃からスパを予約していたので、そのまま近所を散策することにした。バリでのお土産を買う最後のタイミングだったので、通りにある土産物屋の一角に入ってみると、カモがやってきたと言わんばかりに、サササっとおばあさんが寄ってきた。
子供用の服が可愛かったので、理子にあてがったりしていると、これはどうだあれはどうだと片言の英語で話しかけてくる。そして安くするからというお決まりの言葉を言う。当たり前のように値札は付いていないのだ。向こうが電卓に表示した値段は買う気をそがれるものだったので、もっとディスカウントを要求し電卓を叩いたら、怒ったような口調でこれ以上は無理だという値段を提示してきた。
花さんは姪っ子用にも全部で4着購入した。
僕に対してはバティックを勧めてくるのだけど、いらない、と言い続けたら諦めたようだった。向こうが提案してくるものが全ていかにも土産物の柄だったからだ。


地元民が普通に身につけているもののほうが可愛らしい柄だったりするので、こういう人たちが買い物をしている場所はないものだろうかと、その後もフラフラと街を散策していると、ハーディーズというスーパーを見つけた。
この場所が地元民の通うスーパーであることを花さんは思い出したようだった。
店に入ろうとすると、入り口でリュックを預かるという。少し不安もあったのだけど、僕以外の人たちも同じように預けていたので従った。

果たして店内には日本で言うところの「しまむら」のような場所であり、バティックが山積みにされ300円程度の値段から売られていた。
「なんだここは!」と僕はその宝の山のように見えるエリアで手に取り広げ、最良のものを探した。
花さんは「さっきまでとまるで顔つきが違う!」と僕の顔を見て笑ったけれど、さっき買った子供用の服は、4分の1程度の値段で売られているのを見つけると、とてもがっかりしていた。
土産物屋のおばあさんがこれ以上は値切れないと言った値段はなんだったのか。あの怒ったような顔は演技だったようだ。向こうも死活問題なのだろうけれど。

花さんはアウトレットコーナーでOLD NAVYの理子用の水着を買っていた。そしてスパの時間が迫っていたので、花さんとはその場でお別れし、僕は買い物を続行した。
このスーパーは2階にも売り場があった。そこにはバリ滞在中に土産物屋で見たものたちが所狭しと置かれ、そして当然のことながらそれぞれに値段がついていた。ある意味ようやくそこで適正値段らしきものを知ったわけである。

木彫りの置物や食器。お香や石鹸。ルアックコーヒーまで、なんでも揃った。僕はベビーカーを押しながら、財布に残ったルピアを使い切るべくあれこれと手にとって買い物かごに入れていった。
花さんがいたらもっと楽しめたのにな、とも思ったけど、花さんもきっとスパで楽しんでいるんだろう。

結局1時間近くそこで買い物をし、ほくほくした僕は、ベビーカー上で有り余った体力を示す理子を、海で放牧することにし部屋に一度戻った。
昼間に乾かしておいた水着はまだ湿っていたので、理子は着替えをせず半ズボンに肌着で海へと向かう。すっかりと波は引き、砂地が広がっていた。
子供の頃、一人でボートに乗って沖に流されたことから海はトラウマ的に苦手だったのだけど、理子を連れてだと平気だった。理子の喜ぶ顔を見れたからだろう。
次第に暮れ行く夕日は、昨日までと違い、旅が半分終わったことを知らせているようだった。
しばらく海で遊んだ後、部屋に戻ると花さんも戻って来た。すっかりスパで癒されたらしく、トリートメントをしてもらったという髪もサラサラしていた。


バリ最後の夕飯は、地元民からツーリストも訪れるというナイトマーケットに行くことにした。僕はハーディーズで購入したバティックを早速巻いて出かけることにした。
原付で乗り付ける地元民に混じり、ベビーカーで入場する。入り口付近には、電飾がたくさんついた超小型のメリーゴーランド的遊具があった。子供が数人乗っていて理子は乗りたそうにしていたので、乗せようとするとギャン泣きして暴れた。そういうものなのである。


マーケット内は露天がいくつも並んでいて、どの店もおいしそうな匂いを漂わせている。一周してから入り口付近にあった店のテーブルに座る。
その店はガラスケースに並んだ20種類くらいのおかずから数種類を選んで白いご飯と食べるというスタイルだった。花さんは店員のおばさんと楽しそうに話をしていて、そんな姿をみると英語を話せることは、手にしたいことや、やりたいこと、楽しいことも増えていくことなんだろうなって改めて思った。
周りは小慣れたツーリストから地元民までさまざまな客で溢れていた。国も性別も年齢もまちまちな人たちが皆笑顔で食事をしている。
ここでは信仰も宗教もなにも関係ない。屋根もない野外の、決してきれいとは言えない場所ではあったけれど、確かな幸福感に満ちた空間だった。こんな場所があるのにな、と世界の情勢を思うと切なくなる。

理子にとってはここの食事は口に合わなかったようで、部屋に帰りたがった。昼間の疲れも、旅の疲れも出始めているようだった。理子はあまり食事を取れていなかったので、帰りにサークルKというコンビニに寄りパンなどを買ってから帰った。しかしその頃にはベビーカーに乗りながら理子は寝てしまった。


道を歩いていればタクシーはクラクションを鳴らして客引きをするし、両替えをすれば、まるでマジックのように金をくすめるし、ある種の警戒心はきちんと持っていなければならないけれど、バリはまた来たいと思える国だった。
なにより理子が体調を崩さずに過ごせたことが大きい。元気いっぱいで遊び走り回る姿をずっと見られたことにも成長を感じた。


月はまだ満月のような丸さを保ち、僕たちの最後の夜を静かに見守ってくれているようだった。

2017年5月23日火曜日

旅行記 旅の絶頂編

「日本語がペラペラで、陽気なバリ人が1日案内してくれるよ」と花さんは言った。
バリ3日目の朝である。
1日車をチャーターし、我々の行きたいところを案内してもらおうというわけである。しおりにも書かれている。バリでは電車がないため、移動手段は車となる。かといって、我々はペーパードライバーだし、とてもじゃないけれど、現地の乱暴な車の運転のなかを走れるわけがない。

朝の10時より少しまえに、部屋の電話が鳴った。どうやら陽気なバリ人が迎えに来てくれたようだ。
予定として、寺院に行くことになっていたから、暑かったけれど、長ズボンを履いた。花さんも足首まで隠れる長さのスカートを履いている。理子には、現地調達したイザベルマラン風の服を着させた。
ホテルの半野外受付ロビーに行くと、マラートと言う名の(マルアットかもしれないし、マロートかもしれないけれど)、褐色の肌をした長身の男が待っていた。
「今日はオネガイしまーす」と日本語で挨拶をしてくる。早速車に乗り込むと、チャイルドシートを用意してくれていたので、理子をそこに座らせた。
道中、ごく一般的な自己紹介をしたり、バリは最高かどうか、という話をした。今の所僕にとっては最高だ。
彼は独学で日本語を学んでいて、日本にも訪れたことがあるらしい。そのとき日本人にかなり懇意にしてもらった経験を、嬉しそうに話してくれた。
ところで、日本語を話す外国人は、どうして早口になりがちなのだろうか。


まず向かったのは、ASHITABAというところで、アタという植物を使った民芸品を制作、販売しているところだった。車内には、アタでつくられた小さなカゴが置かれていて、こういうものを売っているところだと教えてくれた。車を走らせること数十分。その場所につくと、マラートは、「子供の面倒は私が見ているから、二人で見てきてください」と言った。人見知りがちな理子は、マラートに抱っこされても嫌がるそぶりを見せず、むしろ懐いているようにすら見えた。

店の人は、どのように商品が作られているのかを、制作途中のものを我々に見せながら説明した。大人の社会科見学のようだった。
「こうしてできたものが、こちらにある。どうぞ見てください。購入もできます」と店の人は言って売り場へと自然に案内した。
よくよく考えれば、ツアー会社とツーカーの店だったわけだけど、他で買うより安いよ、という謳い文句をとりあえず信じることにして、じっくりと腰を据えて見てみることにした。
バリ様式の木工製品を見てみてもわかったのだけど、細かな作業を苦としない人種のようで、この店で見たカゴや、小物入れなどはたしかに目が細かく編まれていて、良い品のように見えた。値札もそれぞれにきちんとついており、そういう意味では良心的な店だったと言える。あとでわかったことだけど、通りに面したところにある土産物店の商品には、値札が付いてないことが多く、店員とのコミュニケーションで価格は変動すると言っても過言ではない。ツーリストには基本的には高い値段でふっかけられている。


僕と花さんは、それぞれ気に入ったものを幾つか購入した。
その間理子は、他に案内されていた日本人客のなかにいた同じ年頃の男の子と戯れていた。

買い物を終えると、車で移動し、違う銀細工の店に案内されたのだけど、なにも購入することなく終えた。日本語を話す店員がいるところを見ると、ツアー会社が観光客を連れていくルートのなかの一つなのだと思われる。


次の目的地はゴアガジャという遺跡だった。寺院であるから肌の露出は厳禁で、また生理中の女性も入場は規制される。そのあたり厳密に調べようがないし、自己判断だったり信仰によるところもあるとは思うのだけれど、注意事項として書かれている。
そんな注意書きは大きな看板に4ヶ国語で書かれていた。インドネシア語、英語、仏語、日本語である。
日本語以外のアルファベットで書かれたものは全てタイポグラフィによるものなのに、日本語だけ、どう見てもギャル文字だった。平仮名においては、もはや象形文字である。もしくは平仮名へと変遷をたどる過程の文字である。たまたま来ていた日本人観光客に依頼して書いてもらったのだろうか?
残念ながら、その文字面は厳かな雰囲気とはかけ離れたものだったが、ジャパニーズカルチャーの一つかもしれない。


遺跡をマラートに案内してもらいながら、宗教のことも教えてもらう。
インドネシアはヒンドゥー教の国であるので、多くの神様が存在しているらしい。そのあたりは八百万の神などという言葉がある日本とも近しい信仰なのかもしれない。
主だった神様として、ブラフマー、ビシュヌ、シヴァがあげられて、それぞれの神様が司るものが、創造、維持、破壊なのだという。
それぞれの単語Generate、Operate、Destroyの頭文字を合わせると、英語で言うところのGODになるんだと教えてくれた。思わずこれには花さんと二人で「おぉ!」と唸った。
こういうウンチクのようなものが日本人に受けるということを知っているようである。
多分ガイドブックなどを見れば掲載されているのかもしれないけれど、現地で、その像を見ながら説明をされると情報の深度が全くと言って良いほど異なる。


遺跡の説明を一通り受けた後、昼食をとることになった。
ウブドから少し離れたところにある美しいライステラスへと向かった。段々畑の絶景を見ながらバリ料理を食べようということである。
しかしながらこの場所に行くにあたっては、滅多に起こらないという渋滞に巻き込まれてしまった。
どうやら、この日は満月と重なっていたことが影響しているようだった。満月にはお祭りや儀式が行われるらしい。たしかに道を走っていると、すごくシンボリックで大きな飾りがそれぞれの家の前に建てられていたり、なにかの植物で作られた小さなかごには、お花やお菓子などの供物が入っていて、いたるところにそれが置かれていた。この供物は、マラートの車の中にもあった。
学校に通う子供たちの姿を見つけると、この日は儀式があるためなのか制服を着用していると教えてくれた。渋滞には巻き込まれたくはなかったけど、そういった特別な日に、マラートに案内してもらえてよかった。多分教えてもらえなければ、それは普通の景色に過ぎないものになっていたと思う。
ヒンドゥー教の人たちの信仰に関しての重要度を伺い知れることの一つだった。

数十分に及ぶ渋滞の末、無事にライステラスにある目的の店へと到着した。見渡す限り段々畑で、その向こうには熱帯地方特有の緑の濃い木々があった。屋根がついただけの実に清々しく開放的な空間で食事をとった。隣の席では欧米人がビールを美味そうに飲んでいたけれど、僕たちはアイスコーヒーで喉を潤した。
段々畑には降りられるようにもなっていたのだけど、我々は食事だけにとどまった。小さな子供を連れてはかなり難しい。土産物を物色してからその場を離れることとなった。


次の目的地へと向かう道中は、行きとは打って変わって実にスムーズだった。通りの両脇には土産物屋が連なっていて、車窓からそんな光景をずっと見ていたらバリのお土産の傾向をうかがい知ることができた。なかにはかなり巨大な石像などもあり、マラート曰く「海外に輸出する人向け」のものらしく、欧米の金持ちなどはコンテナひとつに詰め込んで運んだりするようだった。


次の目的地は、ウブドにあるモンキーフォレストという場所だった。その名の通り森で、猿がいたるところにいた。猿の扱いに関しては日本と同様で、目を合わせないように気をつけてと注意された。餌場にはたくさん補充がされていて、それを食べているからか観光客の所持品を奪ったりなどというのはないようだった。
樹齢がいったいいくつなのか見当もつかない巨木が連なった場所だった。そういった巨木も信仰の対象であり、スピリチュアルな意味のあるもののようで、ブロックチェックの布が巻かれていて興味深かった。森の中は人がとても多かったのだけど、緑の中をあるくのはとても気持ちがよく、猿の親子などの姿を見つけると、理子も嬉しそうだった。

モンキーフォレストを出ると、その近くの土産物屋を物色した。しばらく歩くとジェラート屋があったので、そこでストロベリー味のものを買って、3人で分け合って食べた。
花さんの目的の店も見つかって、そこでスキンケア商品やお香などを買っていた。やはり買い物をすると気持ちがホクホクして楽しい。
ウブドにはいろんな観光スポットや店があるのだけど、他の地区からタクシーでくるというのが少し難しいようだった。詳しい事情までは聞けなかったけれど地域によってタクシー協会の決まりがあるらしい。だからウブドをがっつりと楽しみたいときはウブドで宿を探すのが良いようだった。

猿を見た後は、猫を見に行った。といっても普通の猫ではなくジャコウネコである。このジャコウネコの糞のなかに、コピルアックコーヒーの豆がふくまれているらしい。どういういうわけで猫の糞から取れるコーヒー豆を煎って飲もうとしたのか、勇気ある先祖たちは色々な道を切り開いて後世に残してくれているものである。
果たして連れて行ってもらった場所も、昼間のASHITABA同様に、大人の社会科見学だった。コーヒーを作る過程を案内してくれる人がいた。檻の中にはジャコウネコがいたり、10種類の味のコーヒーと紅茶を飲むことができた。そして追加で500円払うとルアックコーヒーが飲めるという。
ここまできて本場のものを飲まないわけにはいくまい、ということで飲んでみたのだけど、酸味があって、確かに独特で高級感あるものだった。花さんはとても気に入った様子だった。
ここで案内役の女性は「今飲んだものがこちらで買うことができます。円でも大丈夫」と言って売り場へと案内した。もうそういうものなのである。
我々はそれぞれにやはりいくつかのものを買った。


マラートが案内してくれるのは、そこが最後だった。とてもじゃないけれど、1日で観光地を網羅することなどできない。バリは広くて奥深い。
ホテルに戻ってお礼を言うと、「一度で全部回ることができないから、また来てね」とマラートは言った。実にその通りだった。
「レビューもヨロシクね」
実に商人なマラートのアテンドは終了した。


とはいえ、やはり現地の人のガイドを頼むのは面白いものであった。ちょっとした疑問に答えてくれるし、入場料や、食事代の支払いも済ませてくれる。そういった料金を含めて一人あたり5000円だった。


移動がずっと続いていたので、ホテルで食事をとることにした。朝食は食べていたけれど、ディナーは初めてだった。
夜のレストランは、月明かりと、ろうそくの灯りのみでライトアップされた上品な空間だった。そしてそこに彩りを添えるのはティンクリックと呼ばれる竹でできた楽器で奏でられる優しい音色と虫の音、そして波音だった。
このホテルにはミックジャガーをはじめ、世界の著名人が定宿として訪れるらしいのだけど、世間の雑踏から離れ、ホテルの外にある喧騒とも隔離され、丁寧で気さくな従業員の接客を受ければ、その事実も納得できるものだった。
ここで過ごす時間は日常とは懸け離れているにもかかわらず、まるで家で過ごしているかのようだった。住むようにして旅をしている感覚は初めてのことだった。

そしてここで食べたシーフードの串焼きは、かなり美味しかった。今までに経験ないほど美味しかった。鼻を抜けていく上品な磯の香りは今でもありありと思い出すことができる。その後はキリッとしたビンタンビールで喉を潤した。

まさに旅の絶頂であった。







2017年5月21日日曜日

旅行記 静かの海編

携帯のディスプレイには5:00と表示がされている。どうやら夜明け前のようだ。まだ鳥たちも活動を本格的に始める前の時間。うっすらと虫の鳴き声がだけが聞こえる。夜と朝の境目だ。こんな時間に起きているのはどうやら奇特な僕だけだ。見るともなくネットサーフィンをするも30分ほどで飽きてしまう。バリまで来て日本の何を知れというのか。それなりのロングフライトで疲れているはずなのに、どういったわけかもう一度睡魔が訪れることはなかった。そういったわけで海を見に行くことにした。

親に内緒で深夜にこっそりとでかけるように、物音を立てず着替えをし、カメラと携帯電話だけを持って、部屋をでた。超アナログな鍵は、扉についた凹のような形のところに棒をかけるだけというもので、外側からの鍵も南京錠ひとつだった。
部屋を出ると少しだけ虫の音が大きく聞こえた。空はやや青みを帯び始めているけれど、まだ星が煌々と光っている。部屋から海に行くには、屋外レストランを抜けていく必要がある。昼間に見た石壁についた扉は閉まっていた。レストランでは、従業員が掃き掃除をしていた。「good mornig」とお互い声をかけあう。

外にでて分かったのは、意外と人々はこの時間から活動しているということだった。ランニングウェアを着て走っている人もいたし、犬の散歩をしている人もいた。
もう少し歩みを進めて浜辺の方に行くと、そこからは静かに波を立てる海と、ほんの少しオレンジ色を含み始めた空とが混じり合う光景があった。
僕はしばらくその場に立ちすくんでしまった。あまりに見とれてしまって手に持っていたカメラで写真を撮ることをしばらく忘れてしまったくらいだ。昼間に見た海は、干潮時だったこともあり遠浅の海でずっと向こうに波打際があった。暗闇ということもあり、景色が一変していることに驚いた。
遠浅の海というのを僕は知らなかった。僕になじみがあるのは、地元の海岸のように、手のひらよりも大きな石がゴツゴツと打ち上げられた浜辺で、大きな波しぶきをあげるような海だった。ただ静かな海がこの世界には存在しているのだな、と思った。
周りには、僕と同じように朝日を見に来ている人たちが少なからずいた。三脚を立ててカメラで撮影している人もいた。当たり前かもしれないけれど、みんな身動きすることなく、ただただ太陽が昇るであろう方角をずっと見ていた。

すると、しばらくしてから、水平線からじわじわとオレンジ色の濃度が濃くなっていった。それに比例して、オレンジ色の光の長さが波に揺れながら浜辺に向かってまっすぐ増していった。その光はまるで自分だけに向けられて伸びているかのような錯覚を覚えた。地球が誕生してからずっと繰返されている太陽が昇るという現象に、まるで初めてそれを見たかのように感動した。
一度太陽の姿が見え始めると、どういうわけか空へ昇っていくのはあっという間だ。時刻は7時半を過ぎていた。部屋に残る二人には黙って出てしまっていたから、すぐさま部屋に戻った。


二人はどうやらまだ夢の世界にいるようだった。しかし僕がドアを開ける音で目を覚ましたらしい。既に着替えを終えている僕の姿をみとめた花さんは、いぶかしげな顔で僕を見て「どうしたの?」と聞いた。
「朝日を見に行ってたんだ」と僕が言うと、「言ってなかったけれど、ここのビーチから見る朝日が素晴らしいって話だよ。言う前に実践するとはね」と花さんは言った。
そう、確かに素晴らしい景色で素晴らしい朝日だった。理子もむっくりと起きだしたので、支度をしてホテルのレストランで朝食を食べることにした。

このホテルではパンを焼いて提供しており、特にクロワッサンが美味しいらしい、というのを見聞きしていたので、それを頼むことにした。あと、フルーツのプレート。メインにミーゴレンを僕は選んだ。
まず、バリコーヒーが運ばれてきた。色調の落ついたエメラルドグリーンのカップや、コースターとして使っているホテルオリジナルと思しき布の柄も、とても可愛らしい。まったく野暮ったさがない。
それを飲みながら、海と、もう空高くのぼった太陽を見るともなく見た。なにもしないことをしているような、そういった時間が流れている。周りに他の客の姿はまだなかった。

しばらくして、料理が運ばれてきた。料理自体は大人二人分だけ頼むことになっていたので、理子には僕と花さんのものを少しずつ分けて与えた。
クロワッサンは前評判の良さの通り、美味しかった。このレシピで二子玉で提供したら550円は取れるのではないだろうか。
ミーゴレンというのを、僕はこの時初めて食べたのだけれど、びっくりするくらい美味しかった。ざっくりと言ってしまえば焼きそばみたいなものなのだけど、甘みと辛みの配分が絶妙だった。麺の上に乗せられた半熟の目玉焼きをくずしながら食べると、またマイルドな味わいになった。どうやら理子も気に入った様子で、もっとくれ、もっと!と要求してきた。自分の子供じゃなければ絶対にあげたくない!とケチなことを思ってしまうほど、本当に美味しかった。
食後、コーヒーを飲み尽くすと、カップの下の方には粉が沈殿していた。バリコーヒーというのはそういうものらしかった。


食事を終えると部屋に戻り花さんと理子は水着に着替えていた。レストランの真横にプールはあり、プールに行く頃には、レストランで食事をしている人の姿が見えた。
理子はプールで大はしゃぎだった。なにかエンターテイメント性のあるようなものではなかったのだけど、ただプールである、というだけで理子にとってはとても楽しいものらしい。花さんもプール自体が久々だったようで、理子との水中での戯れを楽しんでいるようだった。
僕はその時プールには入らなかったので、ベンチに座ってぼーっとして周りを眺めていた。このホテルの客層は、どうやら年齢層がやや高めのようだった。ミドルエイジのひとり客の女性や、現役を退いてしばらくたったであろう老夫婦。または子供を連れた4人家族などの姿が目についた。それぞれの人たちは、海の方をただただ見つめて食事をしていた。その動作はまるでこの海の波のように実にゆったりとしていた。

理子はすっかりプールを堪能していた。周りでは食事をしている人たちの姿が多くなっていたけれど、おかまいなしで奇声をあげ、楽しんでいた。木の実が空から落ちてきて、バシャっと音を立てるだけで「キャー!」と大興奮だった。
いくら楽しいとはいえ、プールにずっと入り続けているわけにもいかないので、嫌がる理子をなだめ、部屋に戻り休むことにした。


なにをするわけでもなく時間は過ぎていく。そのうちまた昼食の時間となった。ホテルの外にでて、食事をとることにした。
車が走る通りにはいくつもの飲食店が並んでいた。僕たちはなんとなく目についた店に入った。店員は理子の姿を見ると、まずベビーチェアはいるか?と聞いてきた。そういったホスピタリティ溢れる国なのである。メニューを見ると、またしてもミーゴレンが目に入ってしまった。店によって味がどのように違うのか知りたいということもあり、また注文することにした。僕はビンタンビールを、花さんはコーラを発注した。ホテルの食事の値段を考えれば、いくぶん格安ではあるのだけど、今振り返ってみると、食事代はいつも思っていたよりは割高になってしまった印象がある。そこにはいつもビール代が含まれているからだった。

僕たちの他に数組の老夫婦たちが一つのテーブルを囲んで楽しそうに食事をしていた。当たり前のようにビールを飲んでいる。実に陽気である。『新婚旅行には暖かい地域に行くべし』という格言があるらしいのだけど、歳をとったって夫婦は暖かい地域に旅行し、酒をくらい、陽気に過ごしたほうがいい。そんな姿を見て、僕は花さんに「お互い健康でいようね」と言うのであった。

僕の席からは、隣店の客の姿も見ることができたのだけど、一人のおじさんが、通り沿いのテーブルに、膝を折り曲げて椅子に座り、ただただちびちびとビールを飲んでいた。そして通りかかる人たちにときおり声をかけて、またビールをちびちびと飲む、ということを繰り返していた。その姿はさながら仙人のようでもあるし、ただの世捨て人のようにも見える。地元の人間なのか、はたまたツーリストなのか、知る由も無い。


食事を終えてから、ホテルに戻ってタクシーを呼び、クタという地区に向かった。ここは若者たちが集うような大きなショッピングモールがあったり、綺麗なビーチがあった。タクシーを降りた頃には、15時をまわっていたのだけど、各国からやってきたであろうサーファーや、海を楽しむ家族連れや若者たちで溢れていた。
僕たちはまずショッピングモールへと入った。入店する前にセキュリティチェックがあったけれど、物々しい雰囲気、というわけではなかった。
花さんは土産物屋風のところで理子用のワンピースを、ZARAで服を2着、コスメの店で3BUY 1FREEな買い物をしていた。
理子はこのタイミングでベビーカーへの乗車を拒否し、抱っこ虫になっていた。そういうこともあり、早々に海に行くことにした。
いざ浜辺に出ようとすると、「パラソルはいらないか?」「マリンスポーツはやらないか?」と色々な人が話しかけてきた。
「No Thank you」と花さんが言うと、「じゃあ何しにきたんだ?」と彼らは笑った。
「Just walking」と花さんも笑って答えていた。
じゃあ何しにきたんだ? ごもっともだ。

クタも遠浅の海のようで、浜辺は部分的に水分を帯びていた。理子は海の方へ向かって駆け出し、花さんもそれについていった。浜辺はサヌールとも違って、より砂が滑らかで、サンゴや貝などが波によって運ばれていた。理子も「これなあに?」と興味津々の様子だった。
泳いでる人や、デッキチェアに寝転がり体を焼いている人、男同士で騒ぎながらサッカーしている人。砂浜に穴を掘って体を沈めてその上に砂をかけ楽しんでいる親子。海の楽しみ方は人それぞれだった。
理子は海がとても気に入った様子で、その場から離れようとはしなかった。
日も暮れかけた頃、海を離れることにした。理子は買ったばかりのワンピースに、早速着替えた。ブルーバードと書かれたタクシーはきちんと料金メーターが付いているのだけど、運良くそのタクシーをすぐに捕まえることができた。


ホテルについてしばらく休んだ後、夕食を食べるために、また通りを歩くことにした。昼間に太陽を浴びすぎていたせいで疲れていたのか判断力が低下しており、昼食をとった隣の店に入ることにした。適当に注文してもハズレが無い、という恵まれた環境の中、ビールを飲み、気分良く過ごしていた。
ふと周りを見渡してみると、昼間にみかけた人が同じ席に座っていて、ビールを飲んでいた。一体いつからそこに座っているのか、昼間からずっと座っていたのか、わからないけれど、その姿はなにかを極めたような、なにかを捨ててきたような、なんともいえない雰囲気だった。やはりこの地の仙人なのかもしれない。リュックを持っているところをみると、どうやらツーリストのようにも見える。バリは様々な人を受け入れる実に寛容な場所のようであった。


バリの夜が静かに更けていく。


2017年5月20日土曜日