2022年1月5日水曜日

フォいくえん

 玲がパパと保育園に行かなくなって久しい。いつからかすっかり「ママがいい」子になってしまい、断固パパ拒否の日々なのであったが、今日仕事始めの花さんは出社ということもあり、久方ぶりに私が玲を保育園に連れて行った。

いつのまにか家を出て行った理子と花さん。家にはYouTube漬けの玲と私が残っていた。『保育園に行くよ』と呼びかけるとヤダと即答する玲。たったの2文字なのに明解な答えである。

そこで私は、昨日アンパンマンニュージアムで買ってきたネイルシールを貼ろうと玲に提案した。喜ぶ玲、順調である。そしてどれを貼るかを選ばせる。ここも重要である。意識が『ほいくえんヤダ」から遠ざかっていくのが分かる。

そしてスムーズに靴下を履かせることに成功する。よしよし。

上着を着させようとすると、「どこにいくの?」との問いに「友達に会いに行くよ」とオブラートに包んで答える私。

間違ってはない答えにしぶしぶといった感じでついてくる。靴を履き、外に出る。冷たい風が強く吹いていて、ドアが少し押し戻される。やれやれ、まるで出かけるなと言っているようだ。

それでもそんな強風に負けずに家を出る。マンションを出て坂を下っていく。ここまで来ればこちらのものだ。

「どこにともだちにあいにいくの?」と質問する玲に「フォいくえんだよ」と突破ファイルの松蔭寺パイセンよろしく答える私。ここまで来ても尚濁す私に玲は答える。「ヤダ」と。

仕方なく抱きかかえて保育園まで行く。なじみのキャンディーショップのウィンドウディスプレイはクリスマスから正月へとシフトチェンジしており飴細工の虎が待ち構えていた。


結局保育園について、部屋に入るまでずっと抱っこしていた。なんなら上着を着させたまま先生にバトンタッチした。「大丈夫ですよ」の先生の声が優しくリフレインする。

下駄箱に入れられなかった玲のニューバランスの靴と、私のニューバランスの靴が仲悪そうに転がっていて、そっとそれを仕舞った。


家に着くと早々に仕事を開始する。まれに見る進行の遅さであるが、実に年始な感じである。明日も早朝から対応することになる。がんばろう。


2022年1月4日火曜日

仕事はじめ

 仕事が始まった、と言っても自宅勤務である。なんとなくzoomのモニターをオンにし、自分の顔が映っているのを見ながら上長の話を聞く。

YouTubeでナイツを聞きながら仕事をする。肝心な仕事が入らないまま、別の対応をして一日が終わる。


花理子玲は、横浜のアンパンマンミュージアムへ出かけていった。以前友達のパパからもらったチケットを使って、ロープウェイに乗ったようだった。

帰りは、玲が寝た状態で帰ってきた。

明日から保育園に行けるのかしら。


初めてふるさと納税をし、書類を作成した。

少し大人になったようだった。

2022年1月3日月曜日

新しい一年の始まり。

 2022年は沼津で迎えることができた。2年分の成長を遂げた姪っ子たちに会うのはとても嬉しいことだった。コロナでの2年は今まで以上に動画での通話をして、会えない空白を補っていたような気がする。

よく晴れた元旦。混んだ浅間神社。賽銭を投げ入れた花さんは、後ろから投げた人の小銭が当たっていた。是非運気も上がって欲しい。

1月2日。どれだけ長く滞在したとしても満足しない帰省を終えて東京に戻った。

1月3日。桜新町にある行ったことのない公園へ足を運ぶ。理子は最初、雲梯を怖がっていたのだけど、そのうちスルスルと猿のように器用に往復することができていた。玲は相変わらずママから離れない。


昼食はいつかの正月にも来た『わいがや』というパスタの店で済ませた。玲は一人前のキッズセットをぺろりと食べていた。また一人でも来ようと思う。美味しかった。

その後、混んでいた桜神宮を諦めて、用賀神社へ。家族の健康を祈願する。

そのまま2丁目公園で遊ぶ。公園で遊ぶのは玲には丁度いいけれど、理子はいつまで付いてきてくれるだろう?すっかり実家でハマってしまったニンテンドースイッチの影が頭をちらついてしまうが、理子は高く高く漕ぐブランコを楽しんでいた。

夕飯の後、今年の目標を立てようということでそれぞれ4人が紙に書き起こした。

そのうちの一つがこの日記である。少しでも多く続けられるようにしたいものである。

明日から仕事が始まる。




2021年7月22日木曜日

備忘録

 自転車に乗って駅前を通る。

ふと、目に入ったのはオリンピックの五輪マークがプリントされたユニフォームのようなものを着た外国人。ホテルの前で何かを待っているような雰囲気だ。平時であったなら「いったいどこの国の人だろう、競技は?」とポジティブに見えるであろうそれが、どこか見てはいけないものを見てしまったかのように感じる。

2021年にも関わらず2020とプリントされた旗も、2年目の夏の風に吹かれて仕方がなくはためいている。


1年生の1学期という、今までの6年の人生のなかではとてつもなく濃かったであろう期間を終えて、理子が学校から持ち帰ってきたもののなかには、オリンピック観戦にむけて用意されたタオルや、入場パスケースのようなものがあった。平時であったなら、人生に一度しかないであろう自国でのオリンピックを生で体験できる最高の出来事であろうし、この後の人生にも多少影響を及ぼすであろう。しかし今ではそれは狂気の沙汰にしか見えない。オリンピックで感染することをどうしても考えざるを得ない。結果として学校行事としての観戦はもちろん中止された。


明日オリンピックが開催されるという。決まっているからやらなくてはならないらしいそれを楽しむには、どういう気持ちを持ち合わせればいいのか。


2021年6月28日月曜日

もう大丈夫だよ

 小学生の時間は大人に比べて実に濃くて、意味を持っていると思うわけである。

理子が小学校へ行くためには僕が付き添い、同じマンションに住む年上のお兄さんと待ち合わせて学校まで行っている。

そして道中にある同級生の家の前で待ち合わせしていくことが多い。そしてその数人のクルーが学校に着く途中で空中分解したとしても僕が正門まで見送るというルーティンには変わりなかった。

しかしである、一年生の1日1日というのは、大人が思っているよりも実に濃いものであるから、昨日までの対人関係とは全く違うわけである。

ある日の朝。大きな道路を渡る手前のT字路で、友達を見つける。

「!あ!○○ちゃん!!」

それまで僕が持っていた理子の保険バッグを彼女は奪う。さもいままでも自分が持っていたと言わんばかりである。

その女の子はどうやらよく会話に出てくる子で、そちらにも付き添いのママがいた。

大人同士は、「これは二人で行ってくれるやつだ」と心の中で小躍りする。単純に手間が省けるからというよりも、楽しんで学校に行ってくれるその表情が嬉しい。

もう僕が後ろにいることなんて忘れているかのように、振り返ることなどしない理子。

さっきまではランドセルが重いことを、ありったけの力でとんがらせていた唇で表現していたのだけど、もう口角が上がりまくりで会話を楽しんでいる。

これからも理子から「もう大丈夫だよ」って言われることが増えるんだろう。それは成長の証ではあるのだけど、僕はちょっと寂しいと感じてしまうのかもしれない。

2021年6月15日火曜日

つないだ手

 朝、学校へ向かう道中。僕の左手にある細い骨もしくは腱を、理子はその小さな右手でコリコリと弄んでいる。むずがゆいからやめてくれというのだけど、本人は至って楽しそうにしている。手をつないで登校するようになってどれくらい経つのだろう。


入学して最初の1ヶ月くらいは、マンションを降りた坂まで理子を見送っていただけなのだけど、そのうちその距離がだんだんと伸びていって、いつのまにか学校の正門まで付き添っている。

4月以降ほぼ皆無となったズボンを履いての登校。スカートを履いていけるのが嬉しいらしく、僕はメルカリで3着ほどZARAのものを買い足した。


朝、大好きな男の子を見つけると、ランドセルをポンっと叩いてコミュニケーションを図る理子。そんな積極性を目の前で見るととても微笑ましい。「やってみないとわからないでしょー」が口癖の理子。

いつの日かつなぐ手が、僕ではなくその男の子になるといいなと思ったり、思わなかったりしながら、正門を抜けていく理子の後ろ姿をしばらく眺めていた。

2021年5月11日火曜日

ストック

「いちのかた」 次女が唐突に放った言葉である。なんの脈絡もなくそのようにはっきりと言ったのだが、どうやら聞き間違えではないようだった。これはよく、長女が真似をしている例のアレである。

それとは別に、長女が卒園間近の学芸会で歌っていた「エルマーの冒険」も、輪郭は不確かだけどそれだとわかるメロディで歌い出した。

つまり今までそれらを頭のなかにストックしていた2歳の次女は、ようやくそれを口から言葉として発声させる術を身につけてそれを披露したわけである。

先週、夜中に夜鷹症のごとく泣き叫び暴れるということがあったのだけど、それ以降親が言うことに対しての返事がとてもクリアになったのだった。

これは頭の中でなにやらスイッチの入れ替わりのようなものがあって、アップグレードしたようである。

これだから子供は面白い。

今まで以上に親がしてほしいことをはっきりと断るようになったが、その時にいう言葉はいつもと同じ「ヤダ」である。

他にも言葉を知ってるはずだけれど。