2022年1月3日月曜日

新しい一年の始まり。

 2022年は沼津で迎えることができた。2年分の成長を遂げた姪っ子たちに会うのはとても嬉しいことだった。コロナでの2年は今まで以上に動画での通話をして、会えない空白を補っていたような気がする。

よく晴れた元旦。混んだ浅間神社。賽銭を投げ入れた花さんは、後ろから投げた人の小銭が当たっていた。是非運気も上がって欲しい。

1月2日。どれだけ長く滞在したとしても満足しない帰省を終えて東京に戻った。

1月3日。桜新町にある行ったことのない公園へ足を運ぶ。理子は最初、雲梯を怖がっていたのだけど、そのうちスルスルと猿のように器用に往復することができていた。玲は相変わらずママから離れない。


昼食はいつかの正月にも来た『わいがや』というパスタの店で済ませた。玲は一人前のキッズセットをぺろりと食べていた。また一人でも来ようと思う。美味しかった。

その後、混んでいた桜神宮を諦めて、用賀神社へ。家族の健康を祈願する。

そのまま2丁目公園で遊ぶ。公園で遊ぶのは玲には丁度いいけれど、理子はいつまで付いてきてくれるだろう?すっかり実家でハマってしまったニンテンドースイッチの影が頭をちらついてしまうが、理子は高く高く漕ぐブランコを楽しんでいた。

夕飯の後、今年の目標を立てようということでそれぞれ4人が紙に書き起こした。

そのうちの一つがこの日記である。少しでも多く続けられるようにしたいものである。

明日から仕事が始まる。




2021年7月22日木曜日

備忘録

 自転車に乗って駅前を通る。

ふと、目に入ったのはオリンピックの五輪マークがプリントされたユニフォームのようなものを着た外国人。ホテルの前で何かを待っているような雰囲気だ。平時であったなら「いったいどこの国の人だろう、競技は?」とポジティブに見えるであろうそれが、どこか見てはいけないものを見てしまったかのように感じる。

2021年にも関わらず2020とプリントされた旗も、2年目の夏の風に吹かれて仕方がなくはためいている。


1年生の1学期という、今までの6年の人生のなかではとてつもなく濃かったであろう期間を終えて、理子が学校から持ち帰ってきたもののなかには、オリンピック観戦にむけて用意されたタオルや、入場パスケースのようなものがあった。平時であったなら、人生に一度しかないであろう自国でのオリンピックを生で体験できる最高の出来事であろうし、この後の人生にも多少影響を及ぼすであろう。しかし今ではそれは狂気の沙汰にしか見えない。オリンピックで感染することをどうしても考えざるを得ない。結果として学校行事としての観戦はもちろん中止された。


明日オリンピックが開催されるという。決まっているからやらなくてはならないらしいそれを楽しむには、どういう気持ちを持ち合わせればいいのか。


2021年6月28日月曜日

もう大丈夫だよ

 小学生の時間は大人に比べて実に濃くて、意味を持っていると思うわけである。

理子が小学校へ行くためには僕が付き添い、同じマンションに住む年上のお兄さんと待ち合わせて学校まで行っている。

そして道中にある同級生の家の前で待ち合わせしていくことが多い。そしてその数人のクルーが学校に着く途中で空中分解したとしても僕が正門まで見送るというルーティンには変わりなかった。

しかしである、一年生の1日1日というのは、大人が思っているよりも実に濃いものであるから、昨日までの対人関係とは全く違うわけである。

ある日の朝。大きな道路を渡る手前のT字路で、友達を見つける。

「!あ!○○ちゃん!!」

それまで僕が持っていた理子の保険バッグを彼女は奪う。さもいままでも自分が持っていたと言わんばかりである。

その女の子はどうやらよく会話に出てくる子で、そちらにも付き添いのママがいた。

大人同士は、「これは二人で行ってくれるやつだ」と心の中で小躍りする。単純に手間が省けるからというよりも、楽しんで学校に行ってくれるその表情が嬉しい。

もう僕が後ろにいることなんて忘れているかのように、振り返ることなどしない理子。

さっきまではランドセルが重いことを、ありったけの力でとんがらせていた唇で表現していたのだけど、もう口角が上がりまくりで会話を楽しんでいる。

これからも理子から「もう大丈夫だよ」って言われることが増えるんだろう。それは成長の証ではあるのだけど、僕はちょっと寂しいと感じてしまうのかもしれない。

2021年6月15日火曜日

つないだ手

 朝、学校へ向かう道中。僕の左手にある細い骨もしくは腱を、理子はその小さな右手でコリコリと弄んでいる。むずがゆいからやめてくれというのだけど、本人は至って楽しそうにしている。手をつないで登校するようになってどれくらい経つのだろう。


入学して最初の1ヶ月くらいは、マンションを降りた坂まで理子を見送っていただけなのだけど、そのうちその距離がだんだんと伸びていって、いつのまにか学校の正門まで付き添っている。

4月以降ほぼ皆無となったズボンを履いての登校。スカートを履いていけるのが嬉しいらしく、僕はメルカリで3着ほどZARAのものを買い足した。


朝、大好きな男の子を見つけると、ランドセルをポンっと叩いてコミュニケーションを図る理子。そんな積極性を目の前で見るととても微笑ましい。「やってみないとわからないでしょー」が口癖の理子。

いつの日かつなぐ手が、僕ではなくその男の子になるといいなと思ったり、思わなかったりしながら、正門を抜けていく理子の後ろ姿をしばらく眺めていた。

2021年5月11日火曜日

ストック

「いちのかた」 次女が唐突に放った言葉である。なんの脈絡もなくそのようにはっきりと言ったのだが、どうやら聞き間違えではないようだった。これはよく、長女が真似をしている例のアレである。

それとは別に、長女が卒園間近の学芸会で歌っていた「エルマーの冒険」も、輪郭は不確かだけどそれだとわかるメロディで歌い出した。

つまり今までそれらを頭のなかにストックしていた2歳の次女は、ようやくそれを口から言葉として発声させる術を身につけてそれを披露したわけである。

先週、夜中に夜鷹症のごとく泣き叫び暴れるということがあったのだけど、それ以降親が言うことに対しての返事がとてもクリアになったのだった。

これは頭の中でなにやらスイッチの入れ替わりのようなものがあって、アップグレードしたようである。

これだから子供は面白い。

今まで以上に親がしてほしいことをはっきりと断るようになったが、その時にいう言葉はいつもと同じ「ヤダ」である。

他にも言葉を知ってるはずだけれど。

2020年10月18日日曜日

パズル

パズルが見事にカチカチと音を立てて組み合わさっていった一日だった。

朝、僕は久々に朝風呂に入った。朝の5時のことである。ネットフリックスを立ち上げ、適当な映画をチョイスしそれを見始めた。外は暗く、まだ夜と朝の狭間のような時間であった。映画を見始めると次第に空は明るくなってきた。それはすりガラス越しにも晴れていることが分かる空だった。

前日の土曜日、延期になった運動会の開催日だったけれど、願いを込めて作ったテルテル坊主の涙が降り注ぐが如くの冷たい雨の一日だった。そんな虚しい時を過ごしていた理子は、この気持ちを発散したがっていた。そういったわけで、日曜日はどこかへでかけようと思った。

風呂から出ると、すでに花さんと玲は起きてリビングにいた。うっすらとホットコーヒーの香りが漂う。まだ理子は起きていなかった。

「今日、どうする?」と僕は花さんに意見を求める。すると、すでにいくつか見当をつけていた。さすがである。

花さんが調べたところ、動物園や水族館などはすでに入場券が完売していた。きょうび、当日に思い立って上野動物園に行くことなどできないのである。候補としては、横浜に行って中華を食べる。後楽園遊園地にいく。こどもの国へ行く。などのアイディアが挙げられた。そして僕はこどもの国がいいんじゃないかと賛同した。晴れているし、理子はとにかく走り回りたいだろうと思ったのだ。そして最近練習しているなわとびもやりたいだろう、と。

そんな話をしていると低血圧ガールの理子が、眠い目をこすりながら起きてきた。我々の意見を彼女に伝えると、一気に目が覚めたようだった。

「9時半には家を出る」という宣言の元、我々は支度をした。

こういった時の姉妹の支度は早く、9時を過ぎた頃には支度が終わった。リビングの掃除はルンバにお願いした。「理子、ルンバさん出動だ!」そういうと、理子は「ほいきた!」と下に置きっぱなしになっていた小物たちをテーブルの上に避難させた。掃除の75%が終了したようなものだ。

大きな音を立てながら部屋を徘徊するルンバを不思議そうに眺める玲。玄関で靴を履こうとした時に突如グズリが始まった。スムーズに靴が履けなかったことが起因して玄関で大の字になってしまった。次女のぐすりは長引く、というのは定説なのだろうか。思いつく限りのことをしてみたがそれは収まらなかった。

このままでは理子もまずい、そう思い、花さんに玲を頼み僕は理子を外へ連れ出した。

外はいい天気だった。

しかし10分たっても二人は現れなかった。うっすらと外にも聞こえる泣き声。泣き止む方法を本人が忘れてしまったようである。理子は縄跳びの練習を始めてしまった。

結局、抱っこ紐に玲を詰め込んで家を出た。ずっしりと両肩に11キロがのしかかる。


電車に乗って溝の口に着いた時、ふと見上げたそこには友達一家の姿があった。コロナも相まって数ヶ月ぶりに会う友達の姿に、理子はとても喜んだ。久々に会った友達たちが交わす一通りの挨拶が済むと「で、今日はどちらへ?」というと、まさかのパズルのピースがはまったのであった。

「こどもの国だよ」

玲が泣き止むのがあと数分早かったら、または数分遅かったら。そおそもスムーズに靴が履けていて、玲が抱っこではなく歩きだったら。道端に咲く花に目を取られていなかったら。自動販売機で飲み物を買わなかったら。

いろんな可能性がある中で、こんなふうにパズルが組み合わさることがあるのだな、と思った。そして当然のことのように、このような過程を経てできたパズルはとても楽しく、新しい出会いもあり、彩り豊かなものになったのである。

2020年10月14日水曜日

納豆

 どういうふうにその傾向が形成されていったのか、日常のことであるのによくわからない。

理子はひきわりの納豆が好きで、玲はコンビニでも売っているような、いわゆる普通の納豆を好む。

そういったわけで、我が家の冷蔵庫には2種類の納豆がいつも鎮座しており、いつも同じ量減っていく。

理子は昔から納豆が好きだった。僕自身も好きだからそれも自然なことなのだと思われるが、ある時、ワンオペで夕飯の支度をし、理子と一緒に食べようとした時、「なっとう、ない!」と癇癪を起こした。納豆がない食事は私はいらない、といったふうで断固食事を摂ることを拒否した。僕は仕事終わりでおかずを作ったことでもう疲弊してしまっていた。しかし夕飯を食べさせないわけにもいかない、と思った。

僕は、「絶対にここから動いてはならない」と、理子に言い聞かせ椅子に座らせ、好きなテレビ番組を見せた。鍵をかけ、自分はコンビニまで全速力で走った。それはさながらスポーツテストに挑むように全速力だった。

行きは下りだったが、納豆を買って帰った帰り道は上り道である。そして自宅に到着するまでには階段を3階分上り、へとへとになりながら、テレビを見てご機嫌な理子嬢に納豆をうやうやしく献上したのであった。

我が家で納豆を語るだけでもこんな話もあるのである。


玲に至っては、それがチャーハンだとしても、納豆をかける。納豆は食事の入り口であり、食事そのものである。

今日は水曜日。冷蔵庫にはひきわり納豆が一つ。ノーマル納豆が一つ入っている。

幸せな金曜日を迎えるためには、明日にでもスーパーで2種類のそれを買わなくてはならない。