今日は、普段しないような掃除をしようと午前中から息まいていた。
ところがそんなにうまくいかない。
寝てれば寝てたで掃除機もかけられないし、
起きていれば起きていたで、ちょっかいをだしたくなる。
したがって、思うようにはまったく進まなかった。
どうしてもやっておきたかったのは、理子さん用にマットを敷くことで、
それだけはやり終えることができた。
すると、意外にも断熱効果があり、僕も寝そべっていたらいつのまにか寝ていた。
ベビーベッドの下に置いてあったバンボという赤ちゃん用の座椅子を使ってみる。
すると、首が据わったばかりだからか、酔っぱらいのように首をふりふりしていて
とてもかわいらしい。
今日は選挙だったので、18時頃に理子さんと花さんと3人で
近くの小学校へと行った。
投票を済ませると、スーパーの前で焼き鳥屋が出ていたので、
3本買って、歩きながら帰った。
なんてことないんだけれど、とても幸せな時間だった。
2014年12月14日日曜日
2014年12月6日土曜日
お食い初め
理子さんがこの世で産声を上げてから早くも100日が経った。
自身に子どもを授かってから知ることというのは山のようにあるのだけど、
生後100日で、「お食い初め」なる儀式があるという。
子どもの健やかな成長を願って、というのがざっくりとした目的であるが、
鯛や、筑前煮、赤飯などを用意し、お宮参りした神社の石を用い歯固めの石として使用する。
僕と花さんの親に聞いたところ、そういった風習はないらしいが
スタジオでの写真撮影というオプションをつけることによって両親を東京に集結させた。
前日、車でやってきた僕の両親は家に泊まっていた。
花さんはお食い初めに必要な料理を一人で作って用意してくれており、
僕はグリルで鯛を焼く係になっていた。
僕は魚屋のおじさんに聞いた通り、弱火でじっくり実行した。
赤飯も炊きあがり、鯛もおいしそうに焼くことができ、
着々と準備は整った。
正午前に、二子玉川へと電車で移動し、花さんの両親と落ち合う。
お義母さんは、産まれて間もなく2週間近く我が家でお世話をしてくれていたけれど
それ以来の対面である。
頬の筋肉はこれでもかというくらいに緩んでいた。
駅からすぐ近くのスタジオへと足を運ぶと、
そこはまるで戦場のようだった。そして、雄叫びともなんとも言い表せない言葉が飛び交っていた。
なんだかすごいところにきてしまった、とその時は思った。
受付を済ませると、写真撮影のための衣装を選んだ。
その間も、子どもたちはそこらじゅうを走り回り、親たち、はたまたじじばばたちによって制止されていた。
衣装を決め終えると、スタジオブースへと入る。
そこは実に簡易的なスペースだった。
カメラマンのお兄さん、子どもをあやすアシスタントのお姉さんのセット。
スタジオマン独特のゆるいスリッパを履いていた。
いくつかのパターンを撮ってもらったのだけど、
お姉さんのかけ声がすごかった。
「りこちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
「そうぅううううううううううううううううううううううう」
いったいどこから声が出ているんだろう、と不思議にそしてついつい笑ってしまうかけ声。
比較的理子さんは大人しく、ぐずることなく淡々とカット数をこなしていく。
隣のブースでは、「焼き肉と寿司どっちが好きーーーーーーーーーーーーーー?」
とここはどこなのだろうと思わせるかけ声が響いていた。
両親含めた集合写真、3人、1人と、撮影を無事に終えることができた。
その後、カメラマンが粗セレした写真を見て、花さんと2人で選んだ。
撮影を終えると、家へと帰り、ついに儀式のスタートである。
一番年長者から、鯛やら筑前煮やらを理子さんの口元にちょんちょんとつける。
立派に歯が生えるようにと願いを込める。
健やかな成長を願う。
ふと、この3ヶ月を振り返る。
意思と言えば、自分の欲求を伝えるだけだったのに、
ここ最近では、ものを見ることや、掴むことを覚え、首もほぼ座ってきていた。
僕の目を見て笑い、感情の表現の幅が広がってきたように感じる。
睡眠のサイクルも、花さんのおかげで一定し、9時には寝て、朝の6時くらいに起きるという安定ぶりである。
毎日、どれだけ「かわいい」という言葉を口にしているのか。
子どもへの愛情が深まっていくことを、毎日実感する。
儀式も一通り終わると、大人たちが食事を開始する。
大人たちは、赤子のにこやかな顔を肴に酒を飲んだ。
こういった節目に、自分の親たちと過ごせたことを幸せに思う。
2014年11月16日日曜日
嬉しい
抱っこをしていないと全身を使って泣き叫ぶ理子さん。
花さんが席を外していて、僕が理子さんを抱っこする。
最初は全く泣き止む気配を見せない。
僕は休日しか理子さんの世話をすることができないから、
普段の抱き心地と違って感じるのであろう。
しかしながら、しばらく声をかけながらゆらゆらと抱っこし続けていると
しだいに理子さんの体の力が抜けていくのが分かる。
そして、まばたきがだんだんとゆっくりとなって、
ついにはそのまぶたを完全に閉じた。
しかしすぐにベッドに置いたりはしない。
赤ちゃん共通に存在するという背中スイッチが発動してしまうのだ。
僕はゆらゆらとし続ける。
即興で作る歌をうたいながら理子さんの背中をとんとん叩いて
もっと深い眠りへと誘う。
固く握られていた手はほどかれ、手のひらを開いていた。
完全に僕の腕の中で眠りについた証拠である。
僕は小さくガッツボーズをする。
心の中で大きく喜ぶ。
ただただ純粋に嬉しい。
こういった積み重ねが親子の絆を深めていくんだと思う。
今日は久々の休みで、僕が理子さんをお風呂に入れた。
生まれたばかりとは違って、体が安定し始めているので幾分楽になってきた。
湯船に一緒に入って、膝の上に乗せて向き合う。
お湯の中で浮かぶ理子さんは、少し不思議そうな顔をして僕を見ている。
そして、ふいに笑う。何度も笑顔になる。
僕はたまらない気持ちになって笑顔を返す。
理子さんが生まれてから、嬉しい、と思う回数が増えた。
明日もきっと、そう思う。
花さんが席を外していて、僕が理子さんを抱っこする。
最初は全く泣き止む気配を見せない。
僕は休日しか理子さんの世話をすることができないから、
普段の抱き心地と違って感じるのであろう。
しかしながら、しばらく声をかけながらゆらゆらと抱っこし続けていると
しだいに理子さんの体の力が抜けていくのが分かる。
そして、まばたきがだんだんとゆっくりとなって、
ついにはそのまぶたを完全に閉じた。
しかしすぐにベッドに置いたりはしない。
赤ちゃん共通に存在するという背中スイッチが発動してしまうのだ。
僕はゆらゆらとし続ける。
即興で作る歌をうたいながら理子さんの背中をとんとん叩いて
もっと深い眠りへと誘う。
固く握られていた手はほどかれ、手のひらを開いていた。
完全に僕の腕の中で眠りについた証拠である。
僕は小さくガッツボーズをする。
心の中で大きく喜ぶ。
ただただ純粋に嬉しい。
こういった積み重ねが親子の絆を深めていくんだと思う。
今日は久々の休みで、僕が理子さんをお風呂に入れた。
生まれたばかりとは違って、体が安定し始めているので幾分楽になってきた。
湯船に一緒に入って、膝の上に乗せて向き合う。
お湯の中で浮かぶ理子さんは、少し不思議そうな顔をして僕を見ている。
そして、ふいに笑う。何度も笑顔になる。
僕はたまらない気持ちになって笑顔を返す。
理子さんが生まれてから、嬉しい、と思う回数が増えた。
明日もきっと、そう思う。
2014年10月22日水曜日
2ヶ月
理子さんが誕生して、今日で2ヶ月が経った。
2ヶ月前はこの時間帯に分娩台に乗っていたっけ。
などと感慨に耽っていた。
理子さんの成長は順調のように思われる。
睡眠のリズムが一定化し、昨日に至っては夜から朝までずっと寝ていた。
相変わらず、朝方のうなり声はすごいけれど、
腸の動きが活発ということで良しとしている。
花さんの報告によると、最近のお気に入りは
花さんの胸の上でうつぶせで寝ることのようだ。
また、最近では宇宙語をよく話しているらしい。
解読は不可能なので、親目線で解釈するに、
ママとパパの間に生まれてきて嬉しいということを言っているようだ。
多分。
出産のお祝いでいただいたプレイマットで理子さんを寝かせ、
しばらくすると活発に動いて移動しているようだ。
うつぶせにしても首を高いところまで持ち上げることができ始めたりと
筋力もついているご様子。
しかしながら成長するということは、動きが立体的になっていくことであるから
目を離せないのも事実。
ニュースによると、1歳の子供が転落死するということもあったらしい。
誤飲なども心配である。
これからも注意していきたいものである。
2014年10月20日月曜日
お宮参り
子供を授かると、いろいろな行事が次から次へとやってくる。
毎日、洗濯やら沐浴などをさせていればいいわけではなく
変な話であるけど、節目と言うのがたくさんあるようである。
今回はお宮参りだ。
本来は生後1ヶ月程度で行なわれるもののようであるけれど
ほぼ2ヶ月目の今日、近所の神社で済ませてきた。
親と同居していたら、そろそろお宮参りだ、そろそろお食い初めだと
キッチンタイマーよろしく知らせてくれるのだろう。多分。
しかし核家族では自分たちで気づき、実行しなくてはならない。
花さんが神社と、着物の手配をしてくれた。
僕は次男坊B型の精神に則って、それにおんぶに抱っこ、ついていく。
僕は自身の結婚式のときに買ったロングジャケットとハットをかぶった。
花さんは黒いドレスシャツに、黒いスラックスにマルジェラのシューズ。
記録媒体として、デジカメ、フィルムカメラ、デジタルビデオ、チェキ、三脚を持った。
予約した神社は徒歩で20分程度の場所ではあるが、1時間前に家を出た。
先週買ったベビーカーを初めて使う。
僕らには珍しいピンク色のフレームをチョイスしたそれに、理子さんを乗せる。
最初は少しだけぐずったけれど、
そのうち小刻みな揺れが心地よかったのか眠りについた。
僕は少し汗をかきながら、車通りの激しい環八を離れ、
路地に入って目的の神社へと向かう。
通りには提灯がぶら下がっていて、お祭りの様相だった。
ハッピを着た若者が、コンビニの駐車場に座り込んで酒盛りをしていた。
そう、18、19日は、まさに今向かっている神社でお祭りが行われているのだった。
「人がいて、少々うるさいかもしれませんよ」と
花さんは電話で神社の人に言われたらしい。
行った事のない神社だったのだけど、祈祷するような場所の近くは静かだろうと
たかをくくり、「問題ないですよ」と答えた我々だった。
いつもは道をナビする花さんがベビーカーを押しているため、
地図の読めない僕が道を先導する。
つまりはiPhoneのマップ機能に住所を打ち込み、
それに従って向かっていただけなのだけど、
所詮は人工知能を持たない普通のコンピューターである。
僕らを導いたのは、長い階段がある神社の正面入り口であった。
慣れない道をベビーカーで歩いていたせいで約束の時間まで10分を切っていた。
愕然としつつも、階段を登らなくてはならない。
「お宮参りを受け付けている神社がこんな階段登らせるのかよ」
僕たち夫婦の間には共通の感情が涌いていたのだけど、
それは口には出さず、目で語り合った。
僕はベビーカーをぎこちなく畳み、両腕で鞄を、両手でベビーカーを持ち、
花さんは理子さんをエルゴで抱っこして階段を登った。
階段を登りきった先には、屋台が並び、こどもたちが奇声をあげてかけまわってる。
そして大音量で北島三郎が「祭りだ祭りだ」と歌っている。
言われなくても分かる、まさに祭りの最中である。
赤い旗が振られた闘牛のように突進するこどもたちの間を、
ロングジャケットにハットをかぶった、祭りの会場に相応しくない赤子連れが通る。
神社の事務局のようなところに入って「こんにちはー」と声をかけるも
さぶちゃんの歌声によってかき消される。
何度か大声で呼びかけたらようやく係の人が現れた。
お宮参りで来たのだ、と伝えると、本殿のほうへ行ってくださいと言われる。
果たして、本殿とは即ちお賽銭箱の奥であった。
僕たちが想像していた準備室みたいなものは存在していなかった。
既に本殿には、今すぐに祈祷を始めますというオーラの女性が立っていた。
しかしながら理子さんはまだ普段着であった。
準備をさせてくださいと言って許可をとり、
本殿の隅の方で着替えを始めたのだけど、
エルゴから床に下ろすやいなや、炸裂する「ブリブリッ」という理子さんによる排便である。
その時、サブちゃんの歌は止まっており、
本殿の前ではお参りに来た人が賽銭箱にお金を投げ入れていた。
なんというシュールな光景であろうか。
一瞬空間は凍り付いたのだけど、瞬間解凍して、
すぐさまシートを敷き、おむつを替えた。
昨日に至っては、ほぼ丸一日排便がなく便秘症ですな、などと言っていたにも関わらず、
おむつには実に大量の便であった。
笑ってごまかせるような空気ではなかったので、現実的にすぐ対応した。
そしてレンタルした着物を着させ、
本来祖母が着るべきところではあるのだろうけど、
花さんが理子さんを抱っこし、祈祷を受けた。
バックグラウンドミュージックは、さぶちゃんから長渕に変わった。
時折賽銭箱にお金が入る「カランコロン」という音がした。
理子さんは比較的大人しかった。少しは空気を読んだようだ。
10分程度で祈祷は終わった。
お礼を渡して本殿を後にし、記念撮影をした。
屋台は出てるし、こどもたちがかけまわっているため
隅の方でこそこそと撮っていたのだけど、人の往来は途切れる事がなかったので
撮影は早々に切り上げた。
昼食を摂っていなかったので、屋台で焼き鳥と焼きそばを買って食べた。
屋台の人のほとんどが歯のない人たちだったのは何故だろう。
祭りの雰囲気に全くそぐわない我々は、奇異の目でこどもたちに見られていたため
足早にその場を離れた。
果たして、きちんとこの神社には裏口というものが存在しており、
スロープがあり、きちんとバリアフリーであった。
出鼻をくじかれたあの階段は何だったのか。
iPhoneのマップには裏口を示す能力はなかったようである。
太陽はいつの間にか角度を大幅に変えていて、すっかり夕方になっていた。
汗ばんでいた昼間が嘘のように、少し肌寒かった。
家に帰ると、ろくに撮ることができなかった記念撮影を続行した。
白い壁を前に、三脚を使っての記念撮影。
そんな時、理子さんはいつもとは違う空気を察知してか大声で泣いた。
それはそれは、真っ赤な顔をして、着ている着物の紅にも負けないものだった。
振り返ってみれば、外ではろくにカメラを回す事もできずにいた。
理子さんが生まれる前、出かけていたらフィルム1本くらい撮っていそうなものなのだけれど。
少し前に「家族の記録は生半可な気持ちでは撮れないぞ」と
父親から言われた言葉を思い出した。
確かにそのようだよ、お父さん。
僕はあなたのようにはなれないかもしれない。
2014年10月11日土曜日
50days
理子さんが生まれて、今日で50日。
僕が仕事に行っている間のことは、
花さんからのメールによって補填される。
その報告によると、今日の理子さんはとても大人しかったようで
ほぼ寝ていたようである。
「ふむ、そんな平和なこともあるのだな」と思っていた。
今日は久々に日にちが変わった頃に帰宅したのだけど。
果たして理子さんは寝ていた。
その隣で、花さんも、理子さんと同じ格好で寝ていた。
この親子、なんだかとてもかわいい。
僕が仕事に行っている間のことは、
花さんからのメールによって補填される。
その報告によると、今日の理子さんはとても大人しかったようで
ほぼ寝ていたようである。
「ふむ、そんな平和なこともあるのだな」と思っていた。
今日は久々に日にちが変わった頃に帰宅したのだけど。
果たして理子さんは寝ていた。
その隣で、花さんも、理子さんと同じ格好で寝ていた。
この親子、なんだかとてもかわいい。
登録:
投稿 (Atom)





