2009年12月12日土曜日
2009年12月11日金曜日
カメラ!カメラ!カメラ!
新宿に17時。
革ジャンに鋲を打ちまくった刈り上げ1号が、青いマフラーを巻き
白いレペットの靴を履いて現れた。
数分後、襟足刈り上げ2号がレイバンのサングラスをかけて改札を抜けてやってきた。
3人は仕事帰りの人並みを抜けて歌舞伎町の奥深くに進んでいく。
果たしてたどり着いた先は、一人がやっと通れるような狭い道で
ドラクエのパーティよろしく3人が1列に並んで進む。
入り口の横には、洗い物をする水場があった。
やけに声の小さい現地の方の案内で店の奥に進むと
60過ぎのおっさんたちがマニラだのドヴァイだのの話をして盛り上がっていた。
うちらはゆとりだからよー、と戦時中に生まれた生まれたであろうに
そんな話をしていた。
我々はチンタオビールで乾杯し、それからは場所に似合った話題に突入した。
女の子にはどんなパンツを履いて欲しいか。
詳しい内容は割愛する。性癖は個人を尊重されるべきなのである。
2時間飲んでも、まだ7時だ。
歌舞伎町を徘徊し、また別の店に入る。
1杯飲みきった頃に、仕事帰りのカメラマンがやってきた。
彼もまた革ジャンだった。
乾杯し直して飲み続ける。
自然と彼らは各々のカメラを取り出してバシバシと取り出した。
僕の愛機GRDは、自宅の玄関先で眠っていた。
所在無さげな僕を尻目に、カメラマンによるプチ講義が始まっていた。
何時間か飲んだ頃になって、昼間筋トレしまくって疲弊しきっていた一人が
テーブルに頭をつけて眠り始めた。
時折顔を上げてにこっと微笑みピースをみんなに送るとまた机に突っ伏すというのを
少なくとも5回は繰り返していただろう。
12時前になって、そろそろ帰りますかとなり
革ジャン黒パンツな二人は闇に消えていき
僕と眠り人は京王新線に乗って帰った。
次こそはカメラを持っていこう。
革ジャンに鋲を打ちまくった刈り上げ1号が、青いマフラーを巻き
白いレペットの靴を履いて現れた。
数分後、襟足刈り上げ2号がレイバンのサングラスをかけて改札を抜けてやってきた。
3人は仕事帰りの人並みを抜けて歌舞伎町の奥深くに進んでいく。
果たしてたどり着いた先は、一人がやっと通れるような狭い道で
ドラクエのパーティよろしく3人が1列に並んで進む。
入り口の横には、洗い物をする水場があった。
やけに声の小さい現地の方の案内で店の奥に進むと
60過ぎのおっさんたちがマニラだのドヴァイだのの話をして盛り上がっていた。
うちらはゆとりだからよー、と戦時中に生まれた生まれたであろうに
そんな話をしていた。
我々はチンタオビールで乾杯し、それからは場所に似合った話題に突入した。
女の子にはどんなパンツを履いて欲しいか。
詳しい内容は割愛する。性癖は個人を尊重されるべきなのである。
2時間飲んでも、まだ7時だ。
歌舞伎町を徘徊し、また別の店に入る。
1杯飲みきった頃に、仕事帰りのカメラマンがやってきた。
彼もまた革ジャンだった。
乾杯し直して飲み続ける。
自然と彼らは各々のカメラを取り出してバシバシと取り出した。
僕の愛機GRDは、自宅の玄関先で眠っていた。
所在無さげな僕を尻目に、カメラマンによるプチ講義が始まっていた。
何時間か飲んだ頃になって、昼間筋トレしまくって疲弊しきっていた一人が
テーブルに頭をつけて眠り始めた。
時折顔を上げてにこっと微笑みピースをみんなに送るとまた机に突っ伏すというのを
少なくとも5回は繰り返していただろう。
12時前になって、そろそろ帰りますかとなり
革ジャン黒パンツな二人は闇に消えていき
僕と眠り人は京王新線に乗って帰った。
次こそはカメラを持っていこう。
2009年12月10日木曜日
プラス
たとえばなにか一つの事が生活のなかに入り込んで来て
それが普通になってしまうと、1+1のままなのかもしれない。
そうなるまえに、自分が1以上になれば、それは2以上になりうるのか
とか思ったりしている。
もしかしたら、それは+とか2乗という概念ではなく
もっと人生に彩りを添えるものになりえるのかもしれない。
自分が1ですらない状態では他の要素が入って来ても
なにも変わらないかもしれない。
逆にその要素が入って来た事で化学反応を起こして
自分は数字では表せない存在にもなりうるかもしれない。
それは結局結果論というやつなんだけど。
恐らく人と言うのは数字で言うとかなり振れ幅のあるものだと思う。
こんなことを書くとメンヘラちっくなんだけれども
絶えず自分を流動的にしている部分を作らないといけないなと。
これは当たり前なのかもしれない。流動的というのは。
なぜなら環境が人を変える事も多分にあるから。
だったら自分の力で環境を変えなくてはいけない。
停滞していては五感が鈍る。
環境で変わる部分と、変わらないコアな部分。
その両方を確かに持っていきたい。
外は静かな状態で、一人for mariaを聴きながら
夜中のこの時間にふと自分を見つめ直す。
1226が楽しみであるなー。
それが普通になってしまうと、1+1のままなのかもしれない。
そうなるまえに、自分が1以上になれば、それは2以上になりうるのか
とか思ったりしている。
もしかしたら、それは+とか2乗という概念ではなく
もっと人生に彩りを添えるものになりえるのかもしれない。
自分が1ですらない状態では他の要素が入って来ても
なにも変わらないかもしれない。
逆にその要素が入って来た事で化学反応を起こして
自分は数字では表せない存在にもなりうるかもしれない。
それは結局結果論というやつなんだけど。
恐らく人と言うのは数字で言うとかなり振れ幅のあるものだと思う。
こんなことを書くとメンヘラちっくなんだけれども
絶えず自分を流動的にしている部分を作らないといけないなと。
これは当たり前なのかもしれない。流動的というのは。
なぜなら環境が人を変える事も多分にあるから。
だったら自分の力で環境を変えなくてはいけない。
停滞していては五感が鈍る。
環境で変わる部分と、変わらないコアな部分。
その両方を確かに持っていきたい。
外は静かな状態で、一人for mariaを聴きながら
夜中のこの時間にふと自分を見つめ直す。
1226が楽しみであるなー。
2009年12月4日金曜日
2009年11月18日水曜日
六本木ヒルズクリニックとか大竹伸朗とかシューゴアーツとか清澄白河
私の頭、具体的に言うと右頭頂部には1円玉くらいの大きさのしこりがある。
これは私が上京して1年が経過したころに出来た。
何の前触れも無くそれは私の頭に出来た。
壁に寄りかかると、丁度そのしこりの部分があたるのだった。
髪が短い時、目のいい人は僕のそれに気がついて「それはどうしたんだ?」と言ったが
合わせ鏡でもしないと確認ができない位置なのでなんとも返事ができなかった。
それから6年が経った。
いい加減邪魔だということで六本木ヒルズクリニックの皮膚科に行った。
皮膚科の先生はとても奇麗な女性でまつげが僕の4倍くらいあった。
診断書を書いてる時間も診察時間の4倍くらいだった。
結果的にここでは処置をできないと言われ(手術をする設備がない)紹介状を書くから
ということで違う病院へと行く事になったが、その予約がよりによって彼女の誕生日の
早朝となった。
その場を後にすると東麻布まで歩いて大竹伸朗の展示を見に行った。
貼り絵である。
ぶっ飛んでる。
同じものは二つとできないものだろう。
どこまで意志で作ってるんだろう。
どこで筆を置くんだろう。
思考回路は不明だった
その後清澄白河へと行った。
シューゴアーツなどのギャラリーが入ってる倉庫へ。
あの建物全体には名前が無いのか。
普通の会社も入ってるからか。
亀の交尾を10分くらい見る。
その後MOTへと行く。
相変わらず雨が降ってる。
MOTの前でバスが止まって、学生の集団が10人ほど降りた。
僕もその後を歩いていた。
バガボンドの井上雄彦氏のインスタレーションとでも言うのか。
7-8メートルくらいありそうな巨大な和紙に武蔵の絵が描かれていた。
印刷ではなく、直筆。リアルなそれだった。
それはnadiffに置かれていた映像で分かった。
恐ろしい程の忍耐とサポートが必要な作業である。
その後、ラグジュアリー展を見る。ギャルソンやマルジェラの服とともに
昔の西洋の服が展示されていた。
昔から違和感があるのだけど、服の展示はやはり好きになれない事がわかった。
オペラシティでやっていたアントワープ展も僕は好きではない。
というか立体の展示物がいまいちなのだと思われる。僕にとっては。
常設展も見る事が出来たので見る。
ロスコがあった。
川村記念美術館で見た事があったので、懐かしい気持になった。
やっぱあれはいい。
大竹伸朗に始まってかなりぶっとんだ作品に触れたので腹が減った、
ということで評判に聞く定食屋へと行く。
実用洋食七福さんである。
のれんに、とんかつと書いてあったので単品でそれと、チャーハンを食べる。
未だかつてそのような組み合わせで食べた事はなかったが。
めちゃうまであった。
ふたつで1070円。
コストパフォーマンスは最強である。
定食にするとみそ汁もつくようだった。
隣のテーブルの人のみそ汁ばかうまそうだった。
満腹になって帰った。
しかし帰りの千代田線はかなり異臭がした。
これからは雨の日の午後7時の千代田線なんぞに乗るものか。
これは私が上京して1年が経過したころに出来た。
何の前触れも無くそれは私の頭に出来た。
壁に寄りかかると、丁度そのしこりの部分があたるのだった。
髪が短い時、目のいい人は僕のそれに気がついて「それはどうしたんだ?」と言ったが
合わせ鏡でもしないと確認ができない位置なのでなんとも返事ができなかった。
それから6年が経った。
いい加減邪魔だということで六本木ヒルズクリニックの皮膚科に行った。
皮膚科の先生はとても奇麗な女性でまつげが僕の4倍くらいあった。
診断書を書いてる時間も診察時間の4倍くらいだった。
結果的にここでは処置をできないと言われ(手術をする設備がない)紹介状を書くから
ということで違う病院へと行く事になったが、その予約がよりによって彼女の誕生日の
早朝となった。
その場を後にすると東麻布まで歩いて大竹伸朗の展示を見に行った。
貼り絵である。
ぶっ飛んでる。
同じものは二つとできないものだろう。
どこまで意志で作ってるんだろう。
どこで筆を置くんだろう。
思考回路は不明だった
その後清澄白河へと行った。
シューゴアーツなどのギャラリーが入ってる倉庫へ。
あの建物全体には名前が無いのか。
普通の会社も入ってるからか。
亀の交尾を10分くらい見る。
その後MOTへと行く。
相変わらず雨が降ってる。
MOTの前でバスが止まって、学生の集団が10人ほど降りた。
僕もその後を歩いていた。
バガボンドの井上雄彦氏のインスタレーションとでも言うのか。
7-8メートルくらいありそうな巨大な和紙に武蔵の絵が描かれていた。
印刷ではなく、直筆。リアルなそれだった。
それはnadiffに置かれていた映像で分かった。
恐ろしい程の忍耐とサポートが必要な作業である。
その後、ラグジュアリー展を見る。ギャルソンやマルジェラの服とともに
昔の西洋の服が展示されていた。
昔から違和感があるのだけど、服の展示はやはり好きになれない事がわかった。
オペラシティでやっていたアントワープ展も僕は好きではない。
というか立体の展示物がいまいちなのだと思われる。僕にとっては。
常設展も見る事が出来たので見る。
ロスコがあった。
川村記念美術館で見た事があったので、懐かしい気持になった。
やっぱあれはいい。
大竹伸朗に始まってかなりぶっとんだ作品に触れたので腹が減った、
ということで評判に聞く定食屋へと行く。
実用洋食七福さんである。
のれんに、とんかつと書いてあったので単品でそれと、チャーハンを食べる。
未だかつてそのような組み合わせで食べた事はなかったが。
めちゃうまであった。
ふたつで1070円。
コストパフォーマンスは最強である。
定食にするとみそ汁もつくようだった。
隣のテーブルの人のみそ汁ばかうまそうだった。
満腹になって帰った。
しかし帰りの千代田線はかなり異臭がした。
これからは雨の日の午後7時の千代田線なんぞに乗るものか。
2009年11月13日金曜日
2009年11月7日土曜日
大きな勘違いと自動車免許実技合格
そもそも私は勘違いをしていたらしい。
思い込んでいたらしい。
実技が合格すれば学科試験が行われると。
そして晴れて合格すれば卒業式となって免許が交付されるのだと。
んなことはなかった。
学科の試験があると勘違いしていたので。
朝の7時に起きて(そんな必要は無いのに)勉強して
10時に家をでて教習所へ行き勉強をし(そんな必要はやっぱりないのに)
13時まで教習所のサイトで勉強(95問の問題を5セット)
13時半から試験の説明
30分ぐらい説明を受けたが、仮免同様、僕は乗車一番だった。
自主経路というのが嫌だった。
順路を覚えるもの。前回の路上で失敗した事を踏まえて覚え方を変えた。
いざ試験。
最初は教官の指示に従うものだったけど
てんぱってしまった。
普通にやってた発進の手順が踏めず。
ドアロックもせず。
左折はやっぱり膨らんで。
でもそれ以外は普通にいけたか。
所内に戻って右方向転換はちょっときれいではなかったけど、まあ出来た。
結果は果たして合格であった。
すぐに学科が始まるのかと思いきや、そういえば以前情熱大陸で蒼井優がでたとき
試験場で免許交付されてたなって思い出し。
まさか今日はやらないのか!って当たり前の事をそのとき初めて知った。
というか自分が勝手に思ってただけ。
そしてアイフォンでネットして調べた結果平日しか試験を実施してないことも判明した。
僕はそのとき今日は飲みに行こうって決めた。
そして渋谷凹に行き、ビールを飲みピザを食べロングアイランドアイスティを2杯飲んで
爆音でブランキージェットシティを聴いて帰った。
痛いぜ。自分。
思い込んでいたらしい。
実技が合格すれば学科試験が行われると。
そして晴れて合格すれば卒業式となって免許が交付されるのだと。
んなことはなかった。
学科の試験があると勘違いしていたので。
朝の7時に起きて(そんな必要は無いのに)勉強して
10時に家をでて教習所へ行き勉強をし(そんな必要はやっぱりないのに)
13時まで教習所のサイトで勉強(95問の問題を5セット)
13時半から試験の説明
30分ぐらい説明を受けたが、仮免同様、僕は乗車一番だった。
自主経路というのが嫌だった。
順路を覚えるもの。前回の路上で失敗した事を踏まえて覚え方を変えた。
いざ試験。
最初は教官の指示に従うものだったけど
てんぱってしまった。
普通にやってた発進の手順が踏めず。
ドアロックもせず。
左折はやっぱり膨らんで。
でもそれ以外は普通にいけたか。
所内に戻って右方向転換はちょっときれいではなかったけど、まあ出来た。
結果は果たして合格であった。
すぐに学科が始まるのかと思いきや、そういえば以前情熱大陸で蒼井優がでたとき
試験場で免許交付されてたなって思い出し。
まさか今日はやらないのか!って当たり前の事をそのとき初めて知った。
というか自分が勝手に思ってただけ。
そしてアイフォンでネットして調べた結果平日しか試験を実施してないことも判明した。
僕はそのとき今日は飲みに行こうって決めた。
そして渋谷凹に行き、ビールを飲みピザを食べロングアイランドアイスティを2杯飲んで
爆音でブランキージェットシティを聴いて帰った。
痛いぜ。自分。
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