月に数度、お一人様時間というものが僕にもたらされる。
そういうときは土曜日ならどこかのギャラリーへ、
日曜日なら映画や古本屋、古着屋などを巡る時間が主である。
どうやら翌日がそのお一人様時間がゲットできる、と分かったとき、映画を見ようと思った。インスタで絶賛されていたヴィムヴェンダース監督の『パーフェクトデイズ』がいいかなとサイトを見ると隣駅の映画館で上映していた。
しかし空いているのはスクリーンから最前列のみ。でもまあいいか、こいういった機会がないと観ることができないかもしれない、と思って予約した。
その映画を観終わったときは、もっとちゃんと全景が見える席でもう一度観たいと思わせるものだった。淡々としているのに退屈でない物語。抑揚がないようでメリハリがきちんとあるなんとも不思議な話だった。そして使用されている曲がとても印象に残るものだった。
しかもこういった感覚的なものを日本を舞台にヴィムヴェンダースという外国人が監督であるというのも不思議である。
ルーリードの「パーフェクトデイ」はトレインスポッティングの印象しかなかったが、今回の映画を見たことで塗り替えられた。
家に帰ると理子が「どんな映画を見てきたの」と聞いてきた。
僕はつらつらと話をした。「ある男の人が渋谷区の公衆トイレを淡々と掃除していく話だよ。」さらっと言ったこれだけのことに、理子は妙に興味を示したのだった。
せっかくだから映画のトレーラーをYoutubeで見せたり、ホームページも一緒に見たりしたところ、「えーなんか面白そう!」と言う。
「え?本当に?」
9歳の女の子がどうしてそれを面白いと思ったのかまったくわからなかったんだけど、もう一度僕も観たいと思っていたこともあり「一緒に観に行ってみる?」と誘ってみた。
僕が観た映画館ではもう公開が1枠しかなく、夜の時間帯だったので昼間上映している場所を探していくことにした。大人1枚子供1枚。今度は中央の席を予約することができた。
電車に乗っていく。おもむろに鞄から本を取り出して読む理子。図書室で借りてきた本。親から携帯を奪ってYoutubeを見ようとしないあたりに、成長を感じる。
映画が始まるまでは渋谷のアニメイトで推し活をしたり、僕がみたかったSAIギャラリーに行ったりした。ランチは宮下パークの1階の居酒屋でモダン焼きと唐揚げを食べた。僕は一杯ビールを飲んだ。なんだかまるでデートをしているかのようだ。
場所を新宿に移動して、伊勢丹でバリーマッギーの展示を見た。私は2回目である。
「あーこれうちに飾ってあるスケボーに描いてあるやつだ」
「その通り」僕は答えた。
映画館に着くとポスターの前で記念撮影をする。本当に理子とこの映画を見るんだなとリアリティーがようやく出てきた。
エントランスではパーフェクトデイズのスチール写真が飾られていた。そしてポスターの装丁を見たり、至近距離でポスターを見直したりした。そしてローマ字で書かれた名前を読み上げる。コウジ ヤクショ トキオ エモト・・・
この前一緒に映画館で見たのは鬼滅の刃だったんだけどな
それがいま役所広司主演の映画を見ようとしている。そしてエントランスには当然小学生の姿は皆無だった。
上映時間がくると席に座った。そして延々と続く予告編を見終わると、いよいよ竹箒で掃き掃除をする音がしはじめる。
セリフも極端に少ないし、主演はおじさんだし、キラキラした要素はない。なんなら銭湯のシーンではおじさんの裸も出てくる。来る日も来る日もトイレ掃除をする。そんな映像の中でも「ふっ」とか「あぁ」とか声にもならないような声で、理子がなにかを思っていることが隣にいる僕にも伝わってきた。喉が乾燥しているようで咳払いをしているのが気になったけれど、少なくとも途中で眠ってしまうようなそぶりはまるでなかった。大したものだなって思いながら最後まで観続けた。
ルーリードのパーフェクトデイが流れ、エンドロールも終わると席を立った。
「どうだった?」と感想を聞いてみると「面白かった」そうである。
「マジで?」
「うん」
「どんなところが?セリフも極端に少ないけど」
「いや、セリフが少ないから余計にいろいろ考えてさ」
などと言うではないか。本当に9歳か?
「印象に残ってるのはどこだった?」
「おじさんがにこちゃんとお昼ご飯食べているところ」
もう一度エントランスにあったパンフレットを見てみる。デザインはPERFECT DAYというタイポがスタンプのようにいくつも書かれているものだ。
「あれ?ここに書いてあるのは「PERFECT DAY」だね。映画のタイトルは「PERFECT DAYS」なのにね。ああそうか、PERFECT DAYがいっぱいだからか」ということに気がついた。映画の感想を共有すると、一人で見たときには感じなかったことに気が付くという、映画館に行く醍醐味を久々に味わった。
その後の帰り道、クイズを出題してみる。
お昼に食べてたのはなんだった?
サンドウィッチと牛乳
どこのコンビニだった?
ローソン!パッケージが見たことあるやつだった
コンビニでビールを何本買ってた?
3本!
マルバツゲームのやりとりの最後、書かれていた言葉は?
thank you
なんとまぁ細かなところまで見ているのかと感心せざるを得ない。
ママたちと待ち合わせしている場所までの道すがら、
「今度は今度、今はいまー!」と、劇中のセリフを二人でハミングしながら歩いた。
こんな日こそが僕にとって「パーフェクトデイ」そのものだった。